第25話 ハッピーバースデー


 美紀さんに急に抱きしめられた。

「ごめん…上手く言えないからとりあえず、今はこうさせて。」

そう言って美紀さんは私の胸に顔を埋める。

やっぱり、今日の美紀さんはどこか様子がおかしい。

いつも元気で私にも元気を分けてくれる美紀さんがこんな状態になるなんて想像出来なかった。

なんて言葉をかけたらいいのか分からなかったから、背中をさすってあげた。

もし、いつか私にも子供が出来たらこんな風にあやしたり、慰めたりするのだろうか?

東先生曰く、一応子供が産める体にはなっているらしいからかなり先の話にはなるだろうけど…。


「あの…美紀さん?そろそろ着替えてもいいですか?」

抱きしめているには少々長めの時間が経過してそろそろ着替えたい気分になったので声を掛ける。

「あ…ごめん。今退くから」

美紀さんはなんだか名残惜しそうに私から離れる。

心なしか顔が赤い様な気もする。

 クローゼットから白のチュニックと紺のフレアスカートを出す。

「麻琴ちゃん着替えるのちょっと待って」

美紀さんから声が掛かる。

「今日はこれを着て欲しいの」

そう言って美紀さんは藤色のドレスワンピースを手渡してきた。

「あれ?今日って何かありましたっけ…」

華やかなそれは清楚で上品に見える。

よく見ると細やかな藤の花の刺繍がされていて綺麗だ。

「今日は特別な日だからこれを着てって祥太郎様が…」

「そうなんですか…」

 特別な日…なんだろうか、総一郎さんと美津子さんの結婚記念日?それとも会社の創立記念…?

少し考えてみたがピンと来るものが無かったので、ひとまず流れに身を任せる事にした。

もしかしたら来客が来るのかもしれないし、そう考えると腑に落ちた。


 美紀さんに着替えや化粧、ヘアメイクをして貰ってみるみるうちに自分が変化していく。

 藤色のドレスを着て、髪はドレスに合う様に纏めて貰って、少し大人びた化粧をして貰って、まるで別人の様だった。

小一時間経っただろうか?あっという間に『外行きの自分』になった。

「うん、上手く出来たんじゃないかな…素敵だよ麻琴ちゃん」

「ありがとうございます。美紀さん」

「どういたしまして。さ、そろそろ時間だから本館の食堂に行こうか。」

 美紀さんにエスコートされて食堂に向かう。

まだ、エスコートされるのには慣れないし、ぎこちないけど、いつか、美津子さんの様に上品で優雅な振る舞いが出来るのだろうか…?

そんな事を少し考えながら歩く。

 美紀さんが食堂の扉を開けて貰って中に入る。


『麻琴さん誕生日おめでとう!!』

 急に3人から声を掛けられてクラッカーが舞う。

 金や銀のテープがひらひらと落ちて特有の火薬のにおいが余韻を残す。

驚いて目を丸くしたのが自分でもわかる。


 すっかり忘れてた今日が自分の誕生日だという事を。


 胸の奥が熱くなる。

自分の意に反して涙が溢れる。

 久しぶりだった、こんなに暖かい気持ちになったのは…

 ただ、純粋に嬉しかった。

一年前、両親が離婚をする前に祝って貰った時以上に嬉しかった。

「えっ…あっ。ご、ごめん。何か気に障ってしまっただろうか…?!」

急に泣き出した私に驚いたのだろう祥太郎さんが取り乱す。

「いえ…。違うんです…本当に。とっても嬉しいんです。なのに…」

嬉しくて泣いた事なんて無かったから、自分でもどうすればいいかわからない。

美紀さんがハンカチを渡してくれて涙を拭く。

「ごめんなさい…本当に、嬉しいのに…」

「大丈夫、ゆっくりでいいよ。」

そう言って祥太郎さんは私を優しく抱きしめてくれた。


 落ち着きを取り戻し、夕食とともに私の誕生日パーティーが始まった。

 メニューも豪華で斉藤シェフ自慢のフルコースでどれも美味しいかった。

 特にメインのステーキは文庫本を三冊位重ねた様な厚さのものが出てきて食べ応えがあった。


 一通りの食事が終わり食後のお茶とデザートを食べてると祥太郎さんが真っ直ぐこちらに向く。

「麻琴さん、これ…誕生日プレゼント。気に入ってくれると嬉しい。」

 そう言って小さな紙袋を手渡された。

中には長方形の箱が入っていた。

「開けてみてもいいですか?」

「もちろん。」

そっとその箱を開けるとダイヤのネックレスが入っていた。

「これって…」

「前に言ったよね。君は僕のダイヤモンドだから。それと、4月の誕生石がダイヤモンドだから。これからの麻琴さんに良いことが沢山巡り合う様に…」

「良いんですか?こんな高価なもの…」

「僕は君のためならどんな事でも出来る気がするんだ。だから、それに対しての対価と思ってくれれば良い。」

「えっと…ありがとうございます。でも、なんだか貰いすぎてますね。この家に来てから皆さんに貰ってばかりで…」

「萎縮するのもわかるわ、でも祥太郎の言うとおり気にしないで欲しいの。貴女はもう家族なのだから」

 美津子さんが微笑んでそう言った。

「家族…」

 そう言って貰えてるだけでも嬉しい。

その、甘美な響きに泡立つ心を覚えつつ私の誕生日会は幕を閉じていく。


 これから先のことなんて分からないけど、今はただこの安らかな時間を享受しよう。そんな漠然とした思考回路で眠りについた。

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