ある日突然TSしたら

志樹和実

第1話 急降下

 俺が高校生になってから一ヶ月位に経ったある日、両親が離婚した。

 理由は至極シンプルで父親が浮気をしていたのがバレたからだ。

そこから家庭環境が悪化するまではさほど時間は掛からなかった。

母は専業主婦で、大学を卒業してからすぐに父親と結婚したらしく、母は父親の事をとても愛していた。

 母は酷くショックを受けていたが、ようやく立ち直りそこから母と二人で俺もアルバイトを始め、なんとか生活していこうと歩み出した。

そこから数ヶ月、今日から夏休みに入る。そんな普通の朝。


 俺は女になった。

いつものように朝起きて洗面台で鏡を見る。

そこにはいつもの寝癖とくせっ毛のせいで髪型鳥の巣状態の俺の姿は無かった。

長いまつ毛、くりっとした目、通った鼻、ぷりっとしている唇。

髪型鳥の巣状態の母に似た女の子がそこに立っていた。

幻覚か、見間違いか、そう思い目を擦る。

いや、幻覚でも、見間違いでも無い。

この美人な女の子は俺自身だと。

頬をつねる仕草も、ひどい変顔も鏡の向こうの女の子はそれを真似する。

 

 愕然とした。まだ6時半だというのに元気に鳴いているセミの声がやけに煩く、遠く聞こえる。

恐怖でしかない、全身はもう冷や汗で不快だ。

現実をまだ脳が認識を拒む。「きっとまだ寝ぼけているだけ」そう思い、風呂に入ろうと思った。さっぱりすれば目も冴えるだろう。そんな安直なことを考えた。

寝間着を脱いだら己の体が「これは現実だ」と訴える。

 

 女性的な体のライン、母の様に大きめな胸、まるい線を描く臀部、昨日まであったバベルの塔は、今は姿形もなく、そこにあるのは龍泉洞だった。

 その事実に耐えきれず声を上げる。腰が抜け、この場にへたり込んだ。

思わず上げた悲鳴に母が起きて駆けつけた。

「麻琴、どうしたの?こんな時間から大声出して、ご近所さんに迷惑でしょ……」

俺の姿を見て母は硬直した。

それもそうだろう、自分によく似た女が脱衣所で裸でいたら誰だって絶句する。

「か、母さん…よくわからないけど、俺、女になっちゃったみたい…」

震える声で母に声をかけた。

「麻琴、なの…?」

「そうだよ、母さん。言っても証明出来るものなんて無いけど…」

俺の声は母さんより少し高く年相応なトーンだった。


 その声を聞いた母は怯えるような、そして化け物でも見ているような目で俺を見た。

「やめて…その声で、その姿で、私の前に出てこないでっ!!」

 あぁ、俺はどうやら母の地雷を踏み抜いたらしい。

離婚してからの母はある種の女性恐怖症を患っていて、自分に関わる女の人全てに怯えていた。離婚した直後こそ酷く、薬を飲んでいたが薬が効いていたらしくここ最近の母は以前と変わらない優しくて穏やかだった。

こうなったら母は止められない。

いや、昨日までの「男」の俺だったら止められただろう。

恐らくこの姿ではどうすることも出来ない。かえってエスカレートするばかりだろう。

「出てって。……早く服を着て出てって!!」

洗面台の蛇口から滴る水滴の音が大きく響く。

もう、この家には居られない、そう感じた。

「ごめん、母さん…」

そんなことしか言えなかった。

俺は母に従い、最低限の出かける準備をして家を出た。

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