第2話 奈落の縁
家を出た俺はひとまずの行く宛を探した。幸いにも昨日が給料日だったおかげでしばらく困ることは無いだろう。
頼れる場所……父親に事情を話せば泊めてくれるだろうか、以前面会したときに聞いておいた住所を頼りに父親が借りているアパートにたどり着いた。
元々持ち家だったが、離婚するときに売りに出した。
今日は土曜だし普段通りなら居るはずだが…
そう思いインターホンを鳴らす。
返事があり扉が空いたが、出たのは30代位の薄着の知らない女の人だった。
「どちら様ですか?」
「あっ、いえ、すみません間違えました。」
「あら、そうなの。次はちゃんと確認するんだよ」
「はい、すみません。」
俺はびっくりしてそう受け答えた。
やり取りをしている途中、丁度風呂から出たのかバスタオル姿の父親と目があったが、すぐにそらされてしまった。
ガチャリと扉が閉じる。
俺にはもう、もう一度インターホンを押す気力は無かった。
行く宛を無くした。
思えば、今この姿は男でなく女だから気づいて貰えるはずもない。
そしてすでに新しい女の人と暮らしているあの空間に俺の入る余地はない。
ひとまず駅前のネカフェにでも行くことにした。
娯楽はあるし、ご飯も食べられるし、シャワーだってある。未だに自身の体には馴れないが……。
滞在中、有名所の性転換モノのマンガやアニメを見た。
どれも主人公が男からかわいい女の子になり、周りの人から受け入れられ変化になれていく。そんな作品が多かった。
自分の現実と比較して段々としんどくなった。
ネカフェで過ごしてから3日があっという間に過ぎた。
高校生のバイトの給料で3日もネカフェで過ごしたのは結構な痛手だった。
この姿じゃバイトにだっていけない。
体調が悪いと伝えてあるが、そろそろそれも限界だろう。
バイト先の営業時間になってから一度顔を出すことにしよう。
優しい店長の事だから事情を説明すれば分かってくれるだろう。
バイト先のファミレスに顔を出した。シフト表通りなら店長は今日この時間に居るはずだ。
従業員用の出入り口から入店し事務所に向かう。
事務所に入ると予想通り店長がいた。
「店長、お疲れ様です。相川です。」
「ん?あれ、今日面接の予定でしたっけ?」
「いえ、そうじゃなくてお世話になってる相川です。」
「あーもしかして、相川麻琴くんですか?彼なら土曜日に数日休むって連絡があったと思ったら同じ日にお母さんから辞めると連絡があってそれきりなんですが…もしかしてお姉さんでしたか?何かしってるんですか?」
店長は困った顔をしていた。
話を聞く限り恐らく、この姿で俺自身が相川麻琴だと名乗っても埒が明かなさそうだった。
「え?あーそうなんですか?すみません私も何も知らなくて…ご迷惑おかけしました。」
つい、話を合わせてしまった。
どうやら俺はこの数日の間に帰る場所と職を失ったらしい。
店を出て歩きながら考えた。
あのヒステリックを起こした母さんを止める事をしないまま数日過ごした結果、母さんはやりたいようにやったのだろう。
俺はあの後の母さんの事が気になり一度家に帰ることにした。
3日も家を開けたことなんて家族旅行位しか無いくらいだった、そのくらい帰宅感が大きかった。
鍵で玄関を開け中に入る。母はパートの時間なんだろうか?部屋には
閉まってるドアをノックして開ける。
__そこには、母が首を吊っていた。__
目の前が暗くなる。
「は??……っ…うっ、う、嘘…だろ…。」
「か、母さん!?母さん!!」
俺は慌てて母に駆け寄った。
しかし、その体はもう…冷たかった。
「そんな…嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」
「母さん…嘘だと言ってよ…また笑ってよ…また飯作ってよ…なんで…なんで…どうしてっ…!!!!」
涙が溢れる
呼吸が早くなる
苦しい、辛い
◆ ◇ ◆ ◇
どのくらいの時間そうしていただろうか、母さんの亡骸の前でうずくまり気が済むまで泣いた。
いくらか正気に戻った。
そうだ、父さんに連絡しなくては。
前、訪ねたときは会えなかったが、電話なら出てくれるだろう。
そう思いスマホから電話をかけた。
何回かのコールの後。
『この電話番号は、現在使われていません。』
そう、アナウンスが流れた。
もう一度、今度はSNSの方で電話をする。
コール音はするが繋がらない。
それを3回繰り返した。3回とも繋がらない。
心底腹立たしかった。
何故、あの男は幸せな生活を今もなお続けられていると思うと実の親だが殺意が湧いてくる。
俺は諦めて警察に電話をした。
「はい、〇〇警察です。事件ですか?事故ですか?」
「えっと、帰宅したら母が自宅で死んでいて…」
警察は丁寧に対応してくれた。
事情聴取があり、喋れそうな事は喋った。
俺がまだ未成年だと言うことで後は警察の方でなんとかしてくれることになった。
警察署から出た頃には夜になっていた、体型に合わない服を着ていたことから虐待を疑われ時間がかかってしまった。
朝まで泊めてくれるとも言われたが、父親の所に行くと嘘をついて出てきた。
おぼつかない足取りで近くの公園に来ていた。
もう、俺にはなんにも残ってなかった。
家族も、家も、性別も。
ベンチに座って、しばらくうなだれていると声をかけてくる人がいた。
「君、どうしたの?こんな時間に。
一瞬、警察かと思い警戒したが顔を上げると、いかにもな神父の格好をした男がいた。
「行くあても、家も無いんです。」
精神的に限界だった。つい、本音が出てしまった。
「そうだったのか。なら、良ければ私の教会に来なさい。小さい所だけど孤児院もやっていてね。」
優しい笑顔を向けて男は俺の頭をなでた。
神父の男、五十嵐さんの言うとおり、彼は小さい教会と孤児院を運営していた。
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