第14話 遺伝子からの運命


 弾かれたように目が覚め飛び起きる。

寝ている間に流したのか頬に涙の感触がある…

あたりを見回すと、どうやらここは病院らしい。

 ふと、左手に温かい感覚がする。

視線を向けると祥太郎さんが私の手を握って眠っていた。


 私は途端にわからなくなった。


 昨日見た夢…

いや、あれは夢じゃなくて私の精神的な奥底だ。

私は私で良いのだろうか……?

靄がかっている思考回路で漠然と考えていると、急に抱きしめられた。

「良かった、目を覚まして…。ごめん…今回は全部僕が悪いんだ。」

祥太郎さんは震えながらそう言う。

理解が追いつかなかったが、ただ、なんとなく、抱きしめ返して頭を撫でた。


 暫くして、落ち着きを取り戻した祥太郎さんから気絶した後の話を聞いた。

 私はあれからまる2日間、眠っていたらしい。

 お医者さんいわく過労らしく、祥太郎さんはお医者さんに私のことを詳しく話したらしい。

そして、目覚めたら精密検査とメンタルカウンセリングをすることになったそう。

確かにこの半年間は目まぐるしかった。


「君のプライベートなことを勝手に話してしまって本当に申し訳ない。

僕がもう少し君に配慮が出来ていたら…」

「いえ……いいんです、気にしないで下さい。私もいずれは病院に罹ろうとは思ってたので…いいタイミングだったのかも知れません。それに私から説明する手間も省けた訳ですし…」

「そう言ってくれるだけでも助かるよ…そうだ、先生を呼んでくるよこの時間ならもういらっしゃるだろうし」

 そう言って祥太郎さんは病室を出た。


 暫くして祥太郎さんは、先生を連れて戻ってきた。

いかにもな白衣と眼鏡をかっこよく着用した医者が尋ねてきた。

「始めまして、僕は東昂輝あずまこうき。君に起きた変化のことを知ってるって言えば信用してくれるかな?」

 キザっぽい壮齢な医者は、さも当然かのように丸椅子に腰を掛け足を組む。

「さて、これから君に起きたことを説明して行こうかな。少し長くなるからそこは勘弁かな。」

そう言って東先生は話し始めた。


「まず、君が寝ている間に血液検査と遺伝子鑑定をさせてもらった。

その結果、君は非常に珍しい遺伝子疾患、TS症ということが分かった。

TS症、 Transトランス Sexualセクシュアル症候群をそのまま略してTS症。

性別の染色体が男なら通常、XとYの染色体を持っているのに対し、稀にXXYやXYYなど染色体異常で発症する『クラインフェルター症候群』、『ヤコブ症候群』という指定難病が何らかの影響で変異を起こし、Y染色体が喪失して、X染色体に置換されて起こる病気だ。

喪失、置換時期は不確定だが、おそらく2次成長期が大きく関わってくるだろうとされている。

要は性別を決める性染色体に異常があるが、他には異常がない。

そして、Y染色体に異常があるわけだから男性にしか発症しないし、発生条件はまだ解明していない。僕も研究途中だね。」

 情報量が多く混乱する。

「えっと…つまり私は元々そのなんとか症候群って病気で、それが変異してTS症っていうのになって、男から女になったって事であってますか?」

「そう、それであってる。しかし、TS症というのは一言で言うと病気であって、そうじゃない。噛み砕いて簡潔に例えるなら、元々壊れていたものが変異によって正常に戻った、と言うべきだろうか?なにせ症例も世界レベルで見ても少ない。第一『クラインフェルター症候群』と『ヤコブ症候群』は成人になってから不妊治療の受診で判明するのがほとんどで、こちらも発症条件が不明な点が多い。実際の患者さんでも他の疾病しっぺいの発症リスクが一般の人々より高いだけで特に私生活に影響がない。死ぬまで…いや…死後、遺族でさえも知らない人のほうが大多数だ、相川さんも同じだったようにね。ましてやそれら疾患の自浄作用的なTS症は発見するのがさらに困難になる…本当に人体は理解できない事象が沢山あるね。」

浅い笑みを浮かべながら東先生は淡々と説明をする。

「壊れたものが正常になる……つまり、麻琴はTS症になったことで遺伝子疾患が治ったって解釈でいいのでしょうか…」

「ええ、その解釈で間違いないですよ…肉体的にはね詳しくは明日の精密検査で調べますから。精神状態の方は追々手を付けて行きましょう。こればかりは時間を掛けることしか解決策がないですから。とりあえず、今日はこの辺にしておきましょうか。」

そう言って東先生は部屋をあとにした。

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