第13話 アイデンティティの夢

 夢…

 昔の夢…

 自分が男だったときの夢…


 平凡で探せばどこにでもいるような男子だった。

平均より少し上の成績と、人並な運動神経と交友関係。そんな一般的な俺。

 家族仲も特に悪くはなく、むしろいい方。

父親は仕事が忙しくてもなんだかんだ気にかけてくれたし、母親も愛情深く接してくれていた。


 そんな幸せな状態の夢…。

 

 甘やかな感覚に微睡んでいると、そんな自分を見つめている人がいる。

それは、その当時の自分自身だった。

気がつくと自身の姿形は今の女の子の自分で、不安になるほどの浮遊感を覚えた。

彼はこちらを見つつも、うずくまっている。

「ねぇ、そんなところで何をしているの?」

思わず声をかけたが、彼は一言も喋らない。

もう一度声を掛けようとしたとき彼は口を開いた。

「もう…放っておいてくれよ…」

 今にも泣きそうな弱々しい声だった。

「何を…言っているの…?貴方は私でしょ?」

「いいや…違う…。別人だよ…お前と俺は。」

深いため息をして彼は続けた。

「たしかに、お前は俺だ。だけど

俺は逃げたんだよ…辛い現実から。

母さんが死んで、あの男に犯された現実から…。いや、もっと前。家族が壊れたときから俺は…現実から逃げたんだ。段々と表層意識をお前と変えていった。あの、クリスマスの夜から完全に俺はお前に人格を譲ったんだ。」

私は何も言えなかった。

私は私であって私ではない・・・・・・・・・・・・


 私はこの体のもう一つの人格。

彼の自我が壊れてしまったが故の私の存在。

「じゃあ…これからずっとこの体は私でいいの?元々は貴方のモノなのに…」

「心の性別と、体の性別。同じ方が幸せだとは思うよ…」

「だ、だけど…私より貴方のほうがこの体を知っているはず…「だから何?たしかに16年の蓄積が俺にはある、それはおれであっておまえじゃない。この体がおまえである以上、俺はお前に干渉はしない。…じゃぁな。お前ならこの体で上手くやっていけるだろうからさ。」


 彼はそう言って闇の深い方へ消えていった。


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