第31話 夕景を望む君は


 麻琴さんの手を引いて大さん橋の方に向かう。

もうすぐ日が落ちる。

周りの人達はそれぞれこの後の予定なんかを談笑しながらすれ違っていく。

本当は僕だって夜遅くまで2人で出掛けていたい。

そんな気持ちを抑えて僕らは帰路に着く。


 大さん橋に着くとちょうどデッキが夕日に照らされていた。

「夕焼け……綺麗ですね。今日はとっても晴れて良かったですね」

「……そうだね……」

 僕は半端な返事しか出来なかった。

 だって……

 夕日に照らされた街を見ている君の方が綺麗なんだから。

 彼女の結われた髪が風になびく。

 彼女が髪をかきあげ、耳に掛ける。

その光景は一種の宗教画や名だたる名画の様だった。


「やっぱり海だと風が強いですね」

 彼女はそう言ってこちらを向く。

「あぁ……」

 僕はまた曖昧な返事をする。


 その光景を見ていた僕はこの瞬間だったら死んでもいいとさえ思った。

僕はどうしようもなく麻琴さんが好きだ。

実際、僕は彼女が元男の時を知らない。

本当の麻琴さんを知らない。

だからこそ、僕にとって彼女は魅力的だった。

だからこそ、大切にしたいと思った。

 

「冷えてきたし帰ろうか」

「そうですね、帰りましょう。」


 再び手を繋いで近くの地下鉄の駅へ向かう。

家まで一緒に帰るというのにどうしようもなく物悲しい気分になる。

「また何処か一緒に行こうか」

「えぇ、是非。」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 大さん橋のデッキにはまばらだが私たちと同じようにカップルが多かった。

 夕焼けに照らされるランドマークや赤レンガはとても絵になる光景で綺麗だった。

「夕焼け……綺麗ですね。今日はとっても晴れて良かったですね」

彼に同意を求めた。

そうしたいくらい浮ついた気分だった。

「……そうだね……」

彼もまた夕焼けを眺めて、そう言った。

彼も今、私と同じ気持ちなのだろうか?

少し、言葉に詰まっていた。


 しばらく見ていたら少し強い風が吹いた。

私は思わず目をつぶって顔を逸らした。

乱れた髪を整える。

街の方はそれほど風が強くなかったから思わず祥太郎さんに問いかけた。

「やっぱり海だと風が強いですね」

 そう言って彼の方を見る。

整髪料で整えられた髪はほとんど崩れては居なかったが、風に吹かれても真っ直ぐに夕景を見る彼はこの上なくカッコよく見えた。

その凛とした佇まいはファッション雑誌の表紙にもなりそうだった。

「あぁ……」 

 心ここに在らずの様な返事をした彼。

 真っ直ぐに私を見つめる彼。


 そのまま抱きしめられて、口付けをしてもおかしく無い雰囲気をなんとなく感じ取る。

 けれど、彼は私の予想に反してまた、優しく手を差し出した。

「冷えてきたし帰ろうか」

そんな彼に芯の強さを感じた。

 元男だからわかる。

祥太郎さんはきっと凄く葛藤したのだろう。

だから私は讃える様に手を握り返してこう言った。

「そうですね、帰りましょう。」

大切にされてるなと感じつつも、少し予想が外れた事がモヤっとしつつも2人で駅に向かう。

 また、街の喧騒だけが私達を包む。

駅に近づき不意に彼はこう言った。

 「また、何処か一緒に行こうか」

 その一言だけで嬉しいかった。

 もちろんこう答えた。


「えぇ、是非。」


 

 

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