第29話 お誘い


  週末、学校が休みでもお家の仕事は通常通りだ。

 今時間は昼過ぎ、宿舎の食堂で休憩をしていると珍しく祥太郎さんが顔を出した。

 

「麻琴さん、少しいい?」

「あっ、祥太郎さん…どうかされたのですか?」

「うん、ちょっと麻琴さんに話したい事があって」

 少し歯切れの悪い回答を口にして彼は手招きして食堂を出て行く。

彼に着いていき食堂の前の廊下に出る。

昼休憩中のこの時間、廊下には私たちしか居ない。

意を決したかの様に彼は私の目をしっかり見てゆっくり話し始めた。

「麻琴さん…今度の休み一緒にどこか出掛けてみない?」

恥ずかしいのだろうか、耳の後ろを掻く彼は少し幼く見えて可愛いらしかった。

「えぇ、是非。じゃあ…楽しみにしてますね」

 こちらも断る理由も予定もなかったので了承する。 

後で洲崎さんに休暇と外出の報告に行こう。

「本当に?じ、じゃあ僕も楽しみにしておく。」

そう言って彼は本館の方へ帰って行った。

後ろ姿から見てかなり嬉しそうな様子が窺える。


 食堂に戻ると同じハウスメイドのみなさんに囲まれた。

「何何?もしかして祥太郎様からデートのお誘い?」

「えー?麻琴ちゃん本当に?流石、婚約者だね、隅におけないなぁ……」

「んなっ……そ、そこまで大袈裟じゃないですよ……」

「あっ、赤くなった!照れちゃって可愛いー」

「そのまんざらでもなさそうな顔いいなー私も恋したーい」

ハウスメイドのお姉様方に茶化されながらも内心今からドキドキしている自分がいる。


 夜、部屋に戻るといつの間にか美紀さんの耳にも入ったらしく、美紀さんにも茶化されていた。

「とびきりオシャレして、祥太郎様を驚かせないとね」

美紀さんはそう言って姿見の方に私を向けて耳元でそう囁く。

 そんなやりとりをしているとスマホが震えて、メッセージアプリの通知が来る。


『当日だけど、午前中少し予定が入ってしまったから待ち合わせしようと思うんだ。

 場所は桜木町駅のランドマーク側の広場、ロープウェイ乗り場の前に13時。

 楽しみにしてるよ』

 

『わかりました、私も楽しみにしてますね』


 夜も遅かったので手短な返事を返す。

「大丈夫、私がとびきり可愛くしてあげるから」

 美紀さんのやる気の満ちた顔と言葉に私は頷くしか出来なかった。


 それから当日までの1週間の美紀さんは私が思っているよりも本気らしく、夜お風呂に入る前や寝る前などに服装や化粧の打ち合わせをしていた。

 学校から帰って、課題やハウスメイドの仕事、打ち合わせ。

そんな忙しくしていたらあっという間に一週間は過ぎてついに明日は当日。

 高鳴る鼓動を抑えつつ今日は早めに寝る事にした。

 

 

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