第7話 路傍の石は金剛石

 彼は自己紹介を始めた。


佐久間祥太郎さくましょうたろう 24歳

佐久間グループ現社長の一人息子。

次期社長になるために現在は本社で普通にサラリーマンをしているそう。

こうゆう家柄だと結婚の話も早いらしくお見合いなどしていたらしい、相手に悩んでいたところ私に一目惚れをしたそうだ。


一通り彼が話し終わったところで、着替えが二組届いた。


 一組は白いブラウスに紺のリボンタイ、黒無地のミディスカート、白いハイソックスにローファーという一式コーデだ。

見た目はシンプルかつ上品でおしゃれ。


もう一組は黒のドレスワンピースに少しヒールの高いパンプス。こちらも一式コーデだ。

こちらもシンプルで上品だが、こちらの方がやや派手に見える。


「着替え終わったら声を掛けてくれ」

そう言い残し、彼は部屋を出る。

思考を巡らす。


出された服はどちらもシンプルだが、

多分これはテストだ。

この家の全ての人間に私は今試されている。

思わず生唾を飲み込む。


こうゆう時は観察だ。

両親が言っていた。

「物の良し悪しがわかる人間になりなさい」と。


まず私は、一見派手に見える方を手に取った。

作り自体はしっかりしていて、良さげには見える。襟元に付いているブランドロゴはZAROだ。

高級感がありつつも控えめな値段の人気ハイブランドだ。

このドレスは確かそこそこ高い物だった気がする。


続いてブラウスとスカートの方を見る。

ブランドロゴを見た瞬間絶句した。

用意されたすべての服がデュオールで統一されている。


ちょっと待ってほしい。

正直、デュオールのブラウス一着だけで20万は下らないと思う。

スカートのバックルだってよく見ればロゴマークのCDになっている。

この一式で約100万円オーバー。

目眩がした。


 冷静になれ、思考回路をフル稼働させる。

問われているのは何だ?その問いに対しての答えは何だ。


恐らく、答えは至ってシンプルだ。

『服の価値=自分の価値』だ。

私は100万オーバーの人間か、はたまた50万円の人間か。



今の私にその価値があるだろうか?



少なくとも私をここに連れてきた彼は

私のことを評価した。

私は、今だけは彼のことを信用しようと思った。

すると必然的にこっちの服になるだろう。


 着替えが終わると扉のそばに控えていたメイドさんが服を整えてくれた。

 私は意を決して扉を開ける。

私の姿を見た彼は目を見て、とても嬉しそうに微笑んで、

「とても似合っているよ。」

そう言った。


「それでは、食堂にて旦那様と奥様がお待ちです。」

側に付いていたメイドさんがそう言い廊下を歩いていく。

彼は左手を出してきた。

慣れないながらも彼の手に右手を添えメイドに着いていく。


食堂に着いたのか、案内をしてくれたメイドさんは扉の横に控えた。

彼が扉を開けて私を食堂に促す。

貴族が使うような長い食卓にお互い40代位に見える夫婦が座っていた。


「父上、母上。お待たせしてしまってごめんなさい。こちらの方が私の意中の人である、相川麻琴さんです。

麻琴さん、こちらが私の両親、父の総一朗そういちろうと母の美津子みつこです。」

彼が軽く紹介をする。

「始めまして。相川麻琴と申します、本日はお招き頂きありがとうございます。」

私はそう言って深々とお辞儀をした。

「あら?間違っていたらごめんなさい。もしかして貴方、真壁詩織まかべしおりさんのお子さん?」

思い出したというような顔で美津子さんは私に問いかけた。

真壁詩織、母の旧姓と名前だった。

「えぇ、真壁詩織は私の母ですが…」

「やっぱり!お顔が詩織さんソックリだったからもしかして、と思って!

詩織さんは今もお元気?」

「えっと…すみません、母は去年他界しまして…。」

「あら…そうだったの…こちらこそごめんなさい。辛い事を聞いてしまって」

「いえ、お気になさらないで下さい。私も母に親しい間柄のご友人がいるとは知らなかったものですから…」

「いいのよ、詩織さん秘密主義なところがあるから貴方が知らなくても無理は無いわ、それよりとても似合っているわ、気に入って貰えたかしら?」

「はい、ここまでの物を用意して頂いてるとは思ってもいなかったので流石に緊張しますね。」

「そうよね、ごめんなさい。私のちょっとした悪戯心で貴方を試させてもらったの。貴方の今着ている服は実は祥太郎からのプレゼントなの。貴方には祥太郎の気持ちが伝わったみたいね。」

婦人はそう言って私に微笑んだ。


私はデュオールの方を選んでいた。

なんの根拠もない。今の私にこの服と釣り合う価値なんてない、と思う。

けれど、私のような路傍の石を拾い上げ、価値を見出した彼を信用してみただけだ。

けれど、間違ってはなかったようだ。


「美津子、いい加減二人を座らせてやったらどうだ」

「あらやだ、私ったら。親友のお子さんだったものだからつい、話しちゃった。麻琴さん、どうぞお掛けになって」

美津子さんはそう言って私に席を促す。メイドさんが席を引いてくれたのでそこに掛ける。

「妻がすまない。佐久間総一朗だ。単刀直入だか、君は生涯、祥太郎を支える気があるのか、無いのか聞かせて貰おうか。」

いかにも社長やビジネスマンといったそんな雰囲気と高貴さをまとう総一朗氏はそう聞いてきた。

これは総力戦になるだろう。

私は持ちうる全てのカードを切った。


「今はまだ、分かりません。今日始めて祥太郎さんとお話させて頂いているので…。ただ、一つわかるのは、祥太郎さんは私の様な弱い人間に手を差し伸べられる人だと言うことです。

私は、それだけで救われました…だから私は、これから私に起こったすべてを包み隠さず話そうと思います。それで、祥太郎さんに釣り合わないと少しでも感じたのでしたら私の事を追い出して貰って構いません」



◆ ◇ ◆ ◇



「…以上が私に起きた全部です。」


 私は両親の離婚から今日までのこと全てを掻い摘んで話した。

三人はしっかりと私の話を聴いていた。

総一朗氏と祥太郎さんは言葉を失っていた。美津子さんは今にも泣きそうな凄く悲しそうな顔をしていた。

そりゃそうだろう、食事の前に気分が悪くなるような話をしたのだから。


 やっぱり私はこの場所には居てはいけない。

 こんなに綺羅びやかな空間に私は相応しくない。

 どんなに着飾ろうとも、元々持っている資質が違いすぎる。

 そんな気がした。


「やっぱり……ごめんなさい。私は祥太郎さんには釣り合わないと思うので、帰ります。お時間頂いてしまってごめんなさい。」

私は席を立ち、食堂の扉に手をかける。

「待って、麻琴さん!」

美津子さんが声をかけてくる。

「奥様、ありがとうございます、母と仲良くしてくださって。悲しんでいたこと母に伝えておきますね・・・・・・・・。」

そう言って扉開けて食堂を出る。

 

 その瞬間、後ろから抱きつかれた。

「麻琴さん、やっぱり僕には君が必要だ。君は自分の事をもっと大切にしていいんだよ。君が元男だとか、純潔が無いとかそんなのどうだっていい。

全部、君は悪くないじゃないか!

君が悲観的になることはない。君にとっての君は道端の取るに足らない石ころなのかもしれない。だけど、僕は君の事をこの世で一番美しいダイヤモンドだと思う。

だから、麻琴。ずっと僕のそばに居てほしい。それに、あの孤児院も閉鎖するのにどこに帰るって言うんだい?」


 祥太郎さんに強く抱きしめられる。

あれ、人ってこんなに温かい物だっけ…


 今まで散々泣いてきたからもう泣かない、泣けないと思っていたのに。


 頬に涙が伝う。

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