第9話 長い夜から目覚めて


 朝、自然に目が覚める。

ふかふかで、大きいベッドで寝たのは初めてだったけど、とても良く寝られた。テレビの通販とかでよく言っているベッドがいいと睡眠の質が良くなるっていうのは本当の事らしい。


 この部屋は時計がなく、昨日は着の身着のままこの家に来たため貴重品なんかも持ってきていない。

が、おそらく私の事だからいつも通り5時くらいなのだろう。

まだ外は明るくなっていない。

この時間誰か起きているだろうか?


 廊下に出ると朝の清掃をしていたメイドさんと目があった。

「!?…お、おはようございます。」

「あっ、えっと。おはようございます。」

メイドさんも私もこの時間に誰かと会うなんて想定してなかった。

何故かお互いにぎこちない挨拶をした。

「な、なにかご入用でしょうか?」

「い、いえ。いつも通りに起きてしまって」

「左様でございましたか。まだ、朝食には早いので時間までお部屋でおくつろぎ下さいませ。後程、身支度のため担当の者が伺いますので。」

はにかみながら彼女は言う。

「あ…はい。そうさせて貰います」

そう言って私は部屋に戻る。

 そっか、もうこんなに早く起きなくても良いのか。

改めて世界が違うことを感じる。


 どうやらこの家ではこの時間に起きている人間はメイドさん達だけらしい。

しかしながら一応まだ、客人という立場なので何もやることがない。

いつものように起きたが、前はみんなの朝ごはんを作ったり、お弁当を作ったりとやることがあった。

多分、私は五十嵐の都合のいいメイドだったのだろう。

子供達の世話も、面倒な家事も、自分の欲も満たせる都合のいい人間。

お給与が貰えて、不当な扱いを受けていないであろうここのメイドさんの方がよっぽどいい待遇を受けている気がする。

 前の私は、メイドどころか奴隷のほうがしっくりくる気がする。

 嫌な事を思い出して気分が悪くなった。


 何か…気が紛れること。

部屋を見渡しても、客間なので掃除用具の類は当然置いてない。

 そんなこんなでベッドの上でゴロゴロしていると扉がノックされた。

そして、こちらが声を掛ける前に扉が開いた。

「失礼致します…あら、もうご起床なさっていたのですね。おはようございます。」

「は、はい。おはようございます」

「お着替えをご用意致しましたので。お召し替えをおねがいします。」

「ありがとうございます。」


 渡された洋服は昨日の様なものではないが、やはり作りのいいブラウスとプリーツタイプのロングスカートだった。 

着替えが終わるとやはりメイドさんが衣服を整えてくれて、鏡台に促される。

 丸椅子に座るとメイドさんは慣れた手付きで私の髪を梳かす。

使っているブラシが良いものなのだろう、いつも時間がかかって仕方がないくせっ毛がスルスルと整っていく。

かし終わったら今度は薄く化粧を施してくれた。

 昨夜奥様に言われた「母に似ている」という言葉がそのとおりのように、そこにはかつて活躍していた女優「真壁詩織」の在りし日の姿の模倣品コピーがそこにあった。

「凄く素敵ですよ。もうすぐ朝食のお時間ですので参りましょう。」

そう言ってメイドさんは私を食堂に連れていった。


 食堂の扉を開けると奥様の美津子さんと祥太郎さんがもう席に着いていた。

「おはよう、麻琴さん。とても綺麗だね」

「ええ、本当に。詩織さんに似ていて素敵よ麻琴さん。」

「おはようございます。ありがとうございます。」そう言って私も案内された席につく。

当然の様に祥太郎さんの隣だ。


 私が席に着いたタイミングで総一朗さんが到着した。

「おはよう。」

総一朗さんがそう言うと控えていたメイドさん達は一斉に食事の準備を始めた。

朝食のメニューは焼きたてのロールパンとクロワッサン、野菜のスープに数種類のジャムとバターだった。


 厨房の方からシェフが出てきて総一朗さん、美津子さん、祥太郎さん私の順に声を掛ける。

「おはようございます。当家のシェフをしております、斎藤と申します。相川様は卵のスタイルはいかがなさいますか?お好きなものを仰ってください」

卵のスタイル!?そんな事聞かれたことない。驚きを隠しつつ私は好みを伝えた。

「えっと、じゃあプレーンオムレツをおねがいします」

「畏まりました。直ぐご用意致します」

絵に描いたようなシェフはにこやかに私の注文オーダーを聞き、厨房へ消えてった。

卵のスタイルを聞かれるなんてまるで、ホテルの朝食のようだ。

目玉焼きや、スクランブルエッグも捨てがたかったが、正直卵のスタイル程複雑な物は朝から考えたくはない。そもそも私一般的な目玉焼きとスクランブルエッグとオムレツ位しか知らないし……


数分後、それぞの卵焼きがテーブルに並ぶ。


 総一朗さんが目玉焼きのターンオーバー。

 美津子さんが目玉焼きのサニーサイドアップ。

 祥太郎さんがスクランブルエッグ。

 私の前にはナイフを入れるのがもったいないと感じさせる程の美しいオムレツが並ぶ。

「それじゃあ頂こうか。いただきます。」

総一朗さんの声掛けで食事が始まる。

「「いただきます。」」

「てん……い、いただきます。」

私も3人に倣って恭しく手を合わせる。

 思わず今までやってきた祝詞と十字を切りそうになった。

慣れって怖い。私別に洗礼受けてないし、信者でもないのに…… 

いや、むしろ潔く信者になって置けばよかったのかもしれない…


 気を取り直して、朝食に手を付ける。

普通の家庭では豪華と言える朝食を堪能した。

オムレツはトロトロで、パンはふわふわサクサクで、スープは野菜の旨味が効いていて美味しい。


 美味しい朝食はあっという間に終わり食後にコーヒーや紅茶が出された。

それを飲みつつ三人は今日の予定を聞いていた。


私はこのあとメイド研修ということで今日はこの屋敷を見て回る事になっている。 



 各々おのおの出かける支度を済ませてメイドさん達と三人を見送る。


『いってらっしゃいませ。』

 

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