第10話 衝動

 初めて、彼女に出会ったのはクリスマスの夜だった。

クリスチャンの友人の誘いで彼の地元の街に訪れていた。


 友人との待ち合わせの教会で、僕は彼女に一目惚れをした。

 サンタの衣装で歌う彼女に…

 小さい子供たちの世話を見る彼女に…

 何処どこか陰鬱な気配を孕んでいるように見える笑顔に…


 この24年間ずっと温室で育ってきた僕にとって外界の花はとても刺激が強かった。

彼女の容姿は勿論、纏う雰囲気もしとやかで美しく思えた。

 

 同じ温室で育ってきた花達にはどうにも僕は興味を惹かれなかった。

 栄養豊富で整った環境で育ってきた花達には罪はないが、どの子もやや魅力に欠けていた。

いや、魅力はあったのだろうが、辟易へきえきしていた僕には何一つ響かなかった。

 けれど、あの夜出逢った彼女はそんな僕にはとても魅力的に写った。


 僕は幼い頃から父に

『何かを得るためには相応の努力と犠牲が必要になる』と教えられてきた。


 今の僕は彼女に何をあげられるだろうか……


 不意に、彼女と目が合う。彼女は僕に対して微笑んだ。めまいを感じるほどの眩しさを覚えた。

 脊髄反射的な衝動に駆られて僕は「彼女が欲しい」と思いそれを実行に移した。

 手が空いたタイミングを見て、如何にも胡散臭く見える神父に声を掛けて交渉をした。

「すみません、つかぬことをお聞きするのですが、あの高校生位の彼女はここの職員でしょうか?」

神父は僕のことを品定めするかのように見てからこう言った。

「あぁ、彼女ですか…。彼女はここの孤児院で世話を見てる子ですね。よく手伝いをしてくれるいい子・・・ですよ。」

「あの子を引き取りたいのだが、手続きになにか必要な物はありますか?」

この男を刺激しないように僕は慎重に交渉をする。

「すみません、今ちょっとした諸事情で、引き取りも引き受けもしてないんですよね」

胡散臭い彼はそう言った。

このまま、交渉を強引に進めることも考えたが、今日はクリスマス。大人しく引き下がることにした。

ビジネスでも、プライベートでも駆け引きは大切だ。


 聖歌を歌ったり、訪れた子供達との交流をしていたりと傍から見るだけで忙しそうな彼女に迷惑だと感じたからだ。


 しかし、僕は別に教徒でもないし、この街に住んでいるわけでもないので彼女に出会ったのはそれっきりになってしまった。


 あれから2ヶ月がたった…。

この2ヶ月間、彼女の事を考えない日は無かった。

 あの冬の晴れた日の優しい日差しのような笑み。 

 あの柔らかな声で名前を…「祥太郎」と呼んでほしい…。

 もっと、彼女を知りたい…。

 自分の手と彼女の手を重ねて互いの存在感を知りたい…。

 きちんと関係を築いて奥の奥の奥の奥まで、彼女を知り尽くしたい…。

 小指から伸びる見えない赤い糸を手繰り寄せれば彼女に会えるのだろうか?

 そんな都合のいい甘美な妄想ばかりが広がっていく…。

妄想が広がるたび、毎日が息苦しくなっていった。



 仕事の関係で、久しぶりにあの教会のある街に来ていた。

そろそろ夕方になる頃、支部の視察も終えて帰路につく。

僕はどうしても彼女が気になりあの教会に寄ってもらうように執事の進藤に頼んだ。


 平日の夕方、人気のない教会に入る。



出迎えてくれたのはあの彼女だった…



 再会して、妄想のフィルターでぼやけていた彼女の輪郭がしっかりとしてくる、僕ははっきりと感じた。


 彼女が僕の運命の人だと。


 彼女こそ、僕の金剛石ダイヤモンドだ。


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