第4話 壊れる日常

 一晩中弄ばれ全身が痛かった。

ことが済んだアイツは人が変わったように朝の礼拝に行った。


 中身は男だと言うのに犯されたことがショックだった。

もし、俺が男のままだったのなら、

アイツに勝てたのだろうか。

そんなことが頭の中でぐるぐるしていた。

 俺はこれ以上何を失えばいいのだろう。

たった数ヶ月で家族も、立場も、性別もそして今度は尊厳まで失った。

不意に涙が流れる。


美香は一晩中俺を見ていた。

アイツが部屋から出たあと美香は俺に寄り添って泣きながら「ごめんなさい」と繰り返していた。


 ほぼ放心状態の俺を美香は風呂に入れ、着替えを手伝ってくれた。

その後、俺が落ち着いてから美香から色々聞いた。


あんなことされるのは初めてだったこと。

とても怖かったこと。

俺が助けに入ったのが嬉しかったこと。

そして、身代わりにしてしまってごめんなさいと。


 俺は美香が無事だったことそれだけでも救いだと思った。

もしかしたら今後アイツが他の子にも手を出すことさえ想像できる。

そんなのは嫌だ、絶対に。

俺一人が犠牲になれば他の子を守ることが出来るのだろうか。

そんなことを考えた。


___そして、俺は自ら犠牲になった___


 あの夜からアイツは毎日俺を抱くようになった。

こんなことでしかあの子達を守ることが出来ないだなんてとても情けなかった。やるせなかった。


 最初の一週間こそアイツは俺を丁寧に扱っていた。ある時、「生理は来ているのか」と問われた。そんなこと考えたことも無かった。

もし、来たとしてアイツの子を身籠る事を想像してしまった。

そんなおぞましいことあってほしくはない。気持ちが悪い。

しかし、逆らったら怖いと感じたので「まだ来ていない」そう答えてからアイツは雑に扱うようになった。


 学校に行って嫌がらせを受け、孤児院に帰ってあの子たちの世話をして、夜はアイツに抱かれる。

そんな生活が始まった。

地獄だ。


 地獄の日常が始まって3週間程だろうか、そのくらい経った。

まず、一人称は「俺」から「私」に変えさせられた。アイツの前で「俺」と言おうもんなら夜が辛くなる。

それからアイツの雑用係になった。お茶を汲んだり。書類をまとめたり。

そして何故か部屋着はフリルのたくさん付いているメルヘンチックな服装が多くなった。完全に愛玩動物だ。

今の自分はアイツの都合のいい人形で逆らうもんなら手痛いお仕置きが降ってくる。はっきり言って恐怖でしかない。あの振りまく笑顔の仮面の裏側はドス黒い感情が潜んでいる。



 今日はクリスマス。曇っていてスッキリしない。

この孤児院も例に漏れず、というよりキリスト教の教会なので本格的な礼拝が行われている。今年は24日25日は土日なのでこの近辺の住民たちが多く礼拝に訪れていて朝から私達は手伝いをしていた。

礼拝者には普段通りに挨拶を。

子連れの人がいたらその子にクッキー等の焼き菓子を手渡したり、

みんなと練習したクリスマス賛歌を歌ったりしてあっという間に夜になった。

どっから仕入れたのかわからない七面鳥を焼いて、サラダを作りパンも手作りしてみたりとクリスマスらしいご馳走も作った。

今の私には子供達と過ごす食事の時間や入浴時間だけが癒やしだった。


そんな時間もつかの間で一番嫌な時間がやってくる。

小学生組を寝かしつけてから「あの部屋」に向かう。

私自身この現状を打開したいとさえ思っている。


 始まってから何時間経ったのだろうか。

私はいつものように口を塞がれ荒い呼吸と呻くことしかできない。


 ただ、この日は違った。

いつも閉まっていて、誰も助けが来ない部屋の扉が勢いよく空いた。

それと同時に五十嵐が吹っ飛んだ。

いつもは夜勤でいない恭也さんが五十嵐のことを殴り飛ばしたのだ。

そして恭也さんは私の口枷を外した。

「すまん、麻琴。まさかこんなことになってるなんて…」

「ぷはっ…恭也さん…?あれ、今日も夜勤なんじゃ…」

「今日はクリスマスだからな、今日は休みだ。」


そう言って私を浴室に連れていき

「風呂入ってさっさと寝ろ、後は俺がやる」

そう言ってあの部屋に戻っていった。



 結論から言うと五十嵐は逮捕された。

当然の結果だ、ざまぁみろ。

ただ、五十嵐の逮捕が決定打となり孤児院は閉鎖。教会は別の神父が赴任することになったらしい。


 市の働きで親の募集が掛けられた。むしろあの男は募集をかけていなかったらしい。

言葉通りここはあの男の箱庭だった訳だ。


そんな話を恭也さんから聞いた。

3月になったら完全閉鎖する孤児院での生活もあと少しだ。


 一番早く引き取り手が見つかったのは一番年下の翔太だった。

まぁ、可愛いからね。仕方ないね


 その次が美香だった。

一般的に孤児院の子供というのは年齢が高くなると引き取り手も少なく難しい事が多いらしいのだが、美香は頭がいいからね。

新しいお家でもなんとかなるよ。


 3番目が意外にも健太だった。

いたずら好きだけど、悪い子じゃないからね。意外と寂しがりやだし大丈夫かな?


 4番目が杏奈だった。

おとなしくて、人見知りだから新しいお家でも慣れるかな?少しだけ心配。


 5番目が修二だった。

いつも料理や、掃除を手伝ってくれてありがとう。

新しいお家はサッカー監督のお家らしい。

かっこいいね、いつもサッカーしてたし、夢もサッカー選手だもんね。

目指せ未来のサッカー選手!




 孤児院内がやけに広く感じた。

残ったのは私一人だった。

しばらくは恭也さんが面倒を見てくれることになった。

「はぁ………。」 

深いため息が溢れる。

誰もいない食堂で一人。

夜の2月の気温が身にしみる。


皆がそれぞれ新しい生活を始めた。

私一人、停滞している気がする。

そもそも、どうしてこんなことになったのだろうか。


 色々ありすぎてあっという間に半年経っていた。

両親が離婚し、捨てられ。

ここに拾われたと思ったら毎日犯され。



………何か忘れてる気がする。

何だっただろうか。そのうち思い出すでしょう。

さて、これからどうしようか。

ひとまず新しくバイトでも探してみるか。

明日、学校帰りに市役所に行って住民票取ってこよう。

そう思い眠りに着いた。


◆ ◇ ◆ ◇


 予定通り帰宅途中、市役所によった。

手続き用の端末の住民データベースから自分の事を検索して書面を発行した。



姓名:相川麻琴 

生年月日:2006年4月5日生

性別:男

本籍:◇◇◇県◆◆◆市◆◆4-8-2

住所:◇◇◇県◆◆◆市◆◆4-8-2

備考:2022年8月1日 死亡


基本的な情報が出てきた。

そして昨日思い出せなかったことを思い出した。


 そうだ、元々私は男だった。


 今ここにいる私は女なのに自分の情報には男とある。

そして備考欄だ。

「えっ………。死亡………?」

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