第5話 差し伸べられる手
あの後、市役所の職員に訪ねたところ母と別れたあの夏休み初日、8月1日に死亡届けが出されたらしい。
結局、母は女になった私のこと。そして女である自分の事に耐えきれなかったらしい。
じゃあ、待って。
___今の私は一体何者…?___
どうやって帰ったか、よく覚えてない。もうすぐお別れのベッドに体を投げる。
今まで散々失ってきた。
だがそれも、まだ、まだ耐えられた。耐えられる余地があった。
でも、今回は流石に堪える。
洗面台や浴室、自室の姿見を見るたび「お前は一体何者だ」と、いけない思考に染まる。
その度、かぶりを振り思考を追い出す。
いじめや、嫌がらせを受けるから嫌な学校に居るほうが気が楽なのが皮肉だ。
いじめられることでしか今の自分の存在感を証明出来なかった。
それから、惰性的に生活をしていた。
何もかもやる気が出ない。
明後日でこの孤児院にもさよならだ。
後任の神父の為に教会内を掃除する。
掃除が終わったら自殺しようと考えていた。
何もない人間が死ぬのなら何も無くなって整合性が取れているとさえ感じた。
そう決めたら、なんだか心が楽になった。
黙々と掃除をしている途中、礼拝堂の扉が開いた。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
こんな平日の夕方に礼拝堂に人が来るなんて珍しいなと思った。
「はい、当教会に何かようですか?礼拝や洗礼ならすみません、今神父が不在でして…」
テンプレート的な来客対応をした。
「いえ、教会じゃなくて孤児院の方に用があって。」
「そう…ですか。明後日で閉鎖なのですが…受け入れですか?」
「いや、遅くなってしまったんだが、引き取り手になりに来たのですが、流石にもう居ないですよね。」
「そうですね。生憎ほとんどの子が新しい親御さんが見つかっているので…」
「ん?ほとんどということはまだ居るのですか?」
「あの、ひとまず落ち着いて下さい。引き取りのお話はわかりましたが、理由をお聞かせ頂いても?」
「えっ、あぁ、すみません。以前こちらでクリスマス礼拝に参加させていただいた際、その時サンタの服を着ていた高校生位の女の子に惹かれまして。その時神父に伺ったら孤児だと言うので引き取りたいと言ったんですが今は募集していないと断られまして。久しぶりにこちらの教会の前を通りかかった際、里親募集中の張り紙があったものですから……」
私のことだった。
あの時クリスマスだからみんなでサンタの服を着ようという話になりそれを着ていた。
今まで誰かにこんなに熱い視線を向けられることがあっただろうか?
いや、無い。
だけれども、この眼の前にいるスーツ姿で照れくさそうな顔をしている男を簡単に信用していいのか。
また私のことを利用するんじゃなかろうか。
また私から何かを奪っていくのではないだろうか。
用心深く彼に聞いてみた。
「えっと、それは私なんですけど…」
「本当に!?君があのときの?!」
すごい勢いでホウキを持つ両手を握ってきた。びっくりした。
「え、えぇ、そうですけど…「僕と結婚してください!!」
恐らく私が知る限り最速のプロポーズをされた。
まだ、この男と出会ってから5分も経っていない。
それなのにこの男は私に熱烈な視線を向ける。そこそこ怖い。
正直、告白もプロポーズもされたことが無いからどう対応したらいいのかわからない。
「安心してほしい。必ず幸せにして見せる」
何をどう、安心したらいいんだよ。
さっきからの行動から見て不安しかないよ。
「えっと、すみません。結婚詐欺的な何かですか?」
熱烈過ぎて逆に怪しさしかなく、あえて聞いてみた。
「!?あ、えっと…そんなつもりじゃなくて…本当に一目惚れといいますか…」
何だコイツ、急に顔真っ赤にしてしどろもどろになった。
その姿をみてなんだか可笑しくなってしまった。
「ふふっ、変な人。下手な恋愛小説でももう少し手順を踏むでしょうに。」
「すまない、少し舞い上がってしまって。君の意見を優先するよ。ただ、まずはもっと僕のことを知ってほしいからひとまず僕の家に来てくれないか?」
「えぇっ…確かにお試しの制度はあるけれど…」
屈託のない笑みを向けるこの男は私の中で波風を立てていた。
『もう人は信用しないって決めたじゃない!』という私と。
『どうせ死のうと思ってたんだし打算的でもいいのでは?』という私。
思考回路をぐるぐるしてると後ろから声を掛けられた。
「その売れ残りならアンタにやるよ。
とっとと持ってけよお兄さん」
後ろを振り向くと恭也さんがいた。
「本当かい!?それじゃあ遠慮なく。君、名前は?」
「えっ…あ…ま、麻琴です。」
「麻琴さん!行こう!」
彼に手を引かれ教会を飛び出す。
何が少し変わったように思えた。
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