7月27日、おへや。

九時五十二分


 駅前のバスに乗り、十分ほど揺られた後に目的地に到着した。


「ここって……」


 そこは道路沿いのどこにでもあるような鉄筋コンクリートで造られたビルだった。

 ビルの屋上からは『交通安全強化週間』、『思いやり溢れる春神市』と書かれた垂れ幕が下がっており、広い駐車場からはハイブリッドカーや軽自動車、パトカーなどの車が目まぐるしく出入りしている。


「警察署だね」


 春神警察署は真夏の日も変わりなく市民の日常を守るために尽力していた。


「ここに写真の解析ができる人がいるの?」

「ああ」


 友人は少年の質問に服の袖で汗を軽く拭きながら答えた。その返答に少女は疑問を呈した。


「しかし今は勤務中だろう、そんな時にわざわざ会ってくれるのかね?」


 少女の疑問に友人は苦笑いを浮かべる。


「うん……まあ付いて来い」


 そう言いながら警察署の入口に向かって行った。

 入口に入ると受付に立っている警官が少年達を見て声をかけた。


「そこの三人……あ、肇くんじゃないか」

「こんにちは、木梨さん」


 厳格な口調だった警官は友人を見るや親しい人間と話すような口調になっていた。


「彼女に会いに来たのかい?」

「はい。友人達も一緒に行っても良いですか?」

「大丈夫だよ。……頑張ってね」

「……はい」


 友人は受付の人と二、三会話をして二人の元へ戻った。


「それじゃあ行こうか」

「まてまてまて!」


 少女が慌てたように歩き始める友人を呼び止めた。その声に一瞬だけ受付に居た人達の視線が少年達に向けられた。


「何故警察署で顔パスみたいなことができてるんだ! 普通なら長い手続きが必要なはずだぞ!」

「あー……」


 少女の疑問に友人は言葉を詰まらせた。


「八代、落ち着けって。写真の手掛かりが手に入るんだから良いじゃないか」

「それもそうだが……」


 少年は宥めるように興奮している少女に話しかけた。


「それに面倒な手続きが無くなったのは良いことだろ?」

「まあそれは確かに……」


 少年の説得もあって少女は落ち着いてきたようだ。


「あー、言葉では説明しづらいんだけどさ、今から会うヤツ、すっごいクセの強いヤツだから注意してくれ」


 友人は何かに悩んでいるような表情を浮かべながらそう話した。それを聞いた二人は少しの疑問と共に頷いた。


「それじゃあ行こうか」


 そうしてしばらく歩き、その場所にたどり着いた。

 警察署の奥、昼間だというのに少し薄暗いその廊下にある部屋から一つ明かりが漏れていた。その部屋の扉には『特殊犯罪対策予備室』と書かれた表札がぶら下がっており部屋の奥からカタカタという音が響いていた。


「おーい!」


 友人が扉をノックするが反応は特にない。


「おーい!!」


 強めにノックをしてみても相変わらず無反応だ。


「はあ……」


 そうしてため息を吐きながらドアノブを捻ると…………その扉は簡単に開いたのだった。


「あっちのセキュリティは完璧のくせに、こっちのセキュリティはガバガバじゃねぇか……!」


 怒りを滲ませながら小言を呟いた。


「じゃあ入ろうか」


 そうして三人はその部屋に入った。


「なっ……!」


 その部屋を見て少年が最初に思った言葉は『壁』だった。目の前に広がったのは本の山。部屋の奥が確認できないほどの大量の本が部屋の至る所に積み重ねられており、その傍らには数十袋のゴミ袋が本を支えるように置かれていた。


「き、汚ねぇ……」

「なんなんだ! このまるで廃棄物処理法違反者が住んでいるようなゴミ部屋は!」

「……何も言わないで付いてきてくれ」


 大きなため息を吐きながら友人はその部屋を歩き始め二人もそれに付いて行った。

 一応この部屋にも通れるような道はあるが、とても狭く身体を横にして通らなければ行けないようになっていた。

 

「それにしてもこの沢山ある本ってなんなんだ?」

「表紙がよく見えないからわからないね。まあ警察署だから事件の資料とかだろうね!」

「………………」


 そうして本の迷路を抜けると少々ひらけた場所に着いた。そこにはパソコンと色々な機械が置いてあるデスクがあり、そこに座って何かをしている人間がいた。


「やっぱりな……」


 友人がデスクに近づき、人間が付けていたヘッドフォンを無理矢理奪い取った。


「きゃぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、甲高い女性の声が部屋に響き渡った。女性は驚いたように振り返り友人の顔を見た。

 そして友人の顔を見た女性は嬉々とした表情を浮かべた。


「あっ、肇ちゃ〜ん!!」


 女性はとろけるような声を上げながら友人に抱きつく。一方の友人はと言うと真顔で抱きつかれていたのだった。

 

「いやぁ、久しぶりだね! 一週間も来なかったんだからぁ」

「あのなぁ……」


 友人は肩をプルプルと振るわせる。そして絶叫するような声を響かせた。


「なんで一週間来なかっただけでここまで部屋をこんなに散らかせるんだよ! 出した本はしっかりと本棚に戻せと言っただろ! ゴミ袋は木梨さんに渡しといてって言っといただろ! そもそも鍵は閉めとけよ! それに…………」

「あ……あ、うん……」

 

 畳み掛けるような友人の説教に女性は口を開けてたじろぐことしかできず、少年と少女もその光景を静かに見守ることしかできなかった。



 

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