7月27日、解析。

十時二十六分


「はぁ……はぁ……」


 二十分ほど時間が経ち、ようやく友人が静かになった。


「………………」


 一方説教されていた女性の方はというと、椅子に座り口をパクパクさせながら放心していた。


「はぁ、待たせて悪かったな」

「いや、大丈夫だけど……」

「完全に聞きそびれたが、彼女は何者かね?」


 友人はデスクに置いてあった警察手帳を手に取り二人に手帳の名前の欄を見せた。


「秋元五希いつき……俺の姉だよ」

「「え……」」


 少年と少女の困惑の声は、すぐさま驚きの声へと変わっていった。


「う、うーん……」


 その声を聞いてなのか、女性の方も我に返ったようだ。


「あれ? 確かさっきまで肇ちゃんに怒られてて……」


 そう言いながら女性は友人に目を向けた。

 目を向けられた友人は未だに困惑している女性に話しかけた。


「姉ちゃん」

「あ、肇ちぁゃん?」

「二人に挨拶してくれ」


 女性は友人の後ろに立っている二人を見るとあっと言いながら立ち上がった。


「肇ちゃんのお友達だね、紹介が遅れてごめん。私は秋元五希。肇ちゃんのお姉さんで警察官をやっていまぁす」


 軽い敬礼をしながら笑顔で挨拶をした。

 

「はじめまして、時田怜です」

「八代有希、探偵です」


 少年と少女も軽く頭を下げながら挨拶をした。


「二人ともよろしくねぇ!」

「は、はい!」


 そう言いながら女性は少年と握手をした。

 長い茶髪に整った容姿、警官の制服越しでもわかる大きな胸、その扇状的なスタイル、そして普段感じることは無いであろう女性の色気というものを間近に感じ少年は頬を赤らめた。


「レイ、顔が赤いぞ」

「あ、ごめん」

「まあ姉ちゃんは美人ではあるからな。その代わり日常生活が壊滅的にズボラだ」

「そ、そんなこと言わないでぇ!」


 女性の恥ずかしがる光景をみて高校生三人は微笑んだ。女性は咳払いをし、話始める。


「そういえば三人はどうしたのぉ?」

「あ、はい。実は調べて欲しい物があるんです」


 そうした例の紙を取り出して裏向きに見せた。


「この写真には自分が死んでいる姿が写っているんです。それでこの写真を解析して欲しくて」

「へぇ」


 そう言いながら女性は紙に写っている物をなんの躊躇いも無く見た。


「うへぇ、キョーレツな光景だねぇ」

「……あの、怖く無いんですか?」


 自身が初めて見た時はその恐ろしさから吐いてしまった光景、それを見ても女性は平気そうな顔をしていた。


「警察官だからねぇ、見慣れちゃったぁ」

「そうなんですか」

「で、姉ちゃん、やれそうなの?」

「いいよ。肇ちゃんのお願いだし、何よりヒマだったしぃ!」


 女性は写真をパソコンの脇に置いてある機械に読み込ませ椅子に座った。


「あ! 解析には結構時間掛かるからねぇ!」


 そうして女性はヘッドフォンを付けカタカタとパソコンを操作し始めた。


「本当に五希さんに任せて大丈夫かね?」

「大丈夫! こういうことに関して姉ちゃんは春神市で一番だから」

「それで、時間が掛かるらしいけど、その間はどうしよう?」

「うーん……」


 三人は部屋を見渡す。そこには大量の本とゴミ袋が散乱していた。


「悪いんだけどさ、掃除手伝ってもらっていいか?」

「待ってても仕方ないしね」

「いいとも! では早速始めようか!」


 そうして三人はこの散らかった部屋の掃除を始めた。


「とりあえずゴミ袋は俺が木梨さんに届けてくるから、二人は本を本棚にしまっといてくれ」


 友人はゴミ袋を両手に持って部屋から出て行った。

 少年と少女は手近にある本を本棚へしまっていく。


「そういえばこの沢山の本って、何の本だったのかな……」


 気になった少年は本を数冊手に取り表紙を見た。

 そこには沢山の薔薇の背景に半裸の男性二人が抱擁している絵。目の大きい美青年が顔を赤らめながら両手で自分を抱いている絵。資料や参考書もあるが、置いてある本の殆どが男性同士の恋愛に関する本だった。

 警察署に相応しくないその絵に少年は絶句した。


「な、な、なん、何だねこれは!! 何故警察署にこんなものがあるんだ!!」

「……八代、何も考えないで片付けよう」

「ぐ、ぐぅ」


――――――――――――――――――――

十二時四十一分


 二時間ほど掃除をした部屋は少々散らかってはいるが、部屋の奥行きがしっかり見れるようになっていた。


「つ、疲れた……」

「まさか、本をしまうだけでここまで時間が掛かるとはね……」

 

 少年と少女は床に座り息を整えていた。すると部屋の扉が開いてそこから友人がビニール袋を持って入ってきた。


「二人ともお疲れ。昼メシ買ってきたから食べようぜ!」


 そうして三人はコンビニ弁当を食べ始める。

 しばらく経ち、不意に少女が友人に話しかけた。


「何故キミのお姉さんはあんな本を警察署に持ち込んでるんだね」

「あー…………、まあ色々あるんだよ、あまり聞かないでくれると嬉しい」


 誤魔化す友人に少女は納得のいかない表情を浮かべた。


「終わったぁ!」


 ふと、解析をしていた女性が大きな声を上げ立ち上がった。


「お、姉ちゃん、解析できたのか」

「できたよぉ! 三人とも見てみてぇ」


 そうして三人はパソコンを覗いた。パソコンの画面には少年の死んでいる画像が紙の時より綺麗に写っていた。


「くっきり見えてると怖さが際立つな……」

「そんなことより、詳しく見てみようじゃないか!」


 画面に映し出された画像を見てみる。ぼかされていた背景が鮮明に写っており、細かい部分もはっきりと見える。

 

「ここは……カラオケ店だねぇ」

「はい。殺された時、自分は肇と一緒にカラオケ店で遊んでいました」

「最悪俺も殺されてる可能性があるんだよな……」

「……ッ! あった! ここだ!」


 少女はその場所を指差す。喫茶店で見せた時にも指摘していた場所だ。


「ここだ!」

「ちょっと拡大してみるねぇ」


 女性はパソコンを操作して画像を拡大した。


「間違いない! これは犯人の手だ!」


 そこには小さくだが男性の手が写っていた。

 その手には拳銃が握られており、そして手の甲全体を覆う火傷があった。


「この手の甲の火傷は……」


 少年はあの時の覆面の男の手にも大きな火傷があることを思い出す。


「思い出したぞ! 一昨日のニュースだ!」


 唐突に少女が大きな声を上げた。


「ニュース?」

「あぁ、日歳連合ひさいれんごう二橋亮二ふたばしりょうじだ!」

「え? 二橋亮二ってぇ……」


 女性がデスクの棚から一枚の紙を取り出し見せた。そこには鋭い眼をした男性の顔写真が写っていた。


「この手配書にある彼よねぇ?」

「そうです! 確か特徴の所に……あった!」


 手配書の身体的特徴の欄にしっかりと記してあった。『右手の甲に大きな火傷の跡がある』と。


「つまり……俺は指名手配中の人間に殺されたってことか?」


 話を進める三人に女性が声を上げた。


「ねぇ、この写真もだけど、殺されたってどういうことぉ?」

「あ、まだ説明していませんでしたね」


 そうして女性に現在の少年の状況を説明した。


「簡単ですけど、これが今俺に降り掛かってる状況です」

「…………そうねぇ」


 それを聞いた女性は何処か考え込んでいるようだった。


「まず二橋亮二は未だに逃亡中で何処に潜伏しているかは不明なのぉ」

「はい」

「それを前提に質問するけどぉ、みんなはこれからどうするつもりなのぉ?」


 その質問に三人は顔を見合わせた。探すべき人物は判明した。しかしその相手は指名手配中の犯罪者。つまり……


「危険……ということですよね」

「時田くんの話しを信じるなら探すしかないけど、やっぱり高校生を危険な事はさせられないわぁ」


 女性の言っていることは正しい。犯罪者の捜索をわざわざ高校生がするものなのかと。

 しかし少年は既に決意していた『死にたくない』と。


「俺はやります」


 その言葉に続くように友人が一歩前に出る。


「レイは俺の親友だからな。困ってるなら助けるもんよ!」


「私は……」


 少女は顔を俯かせていた。


「八代、命の危険があるんだ。無理に付き合う必要は無いぞ」


 少年の言葉を聞いた少女は一つ頷き顔を上げた。


「いや、やるさ。私は探偵だからな! 探偵は困ってる人間を絶対に見捨てないんだ!」

 

 少女は高らかに宣言しながら腰に両手を当てた。

 その様子を見た女性はふうと一息吐いた。


「全く……若いって良いわねぇ」

「いや姉ちゃんまだ二十三歳でしょ」

「言葉の綾よ。ともかく……」


 そう言ってスマホを取り出し画面を見せた。そこには電話番号が記してあった。


「何かあったらこの番号に掛けて。困ったことがあったら協力してあげるわ」

「ありがとうございます」

「感謝します」


 携帯番号を登録して、二人は礼を言った。


「それで、今日はこの後どうしようか」

「そのことなんだけどさ、カラオケに行かないか?」

「カラオケ?」


 少年の提案に首を傾げる友人と、何処か納得行った表情をしている少女がそこにいた。

 




 



 

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