7月28日、遭遇。
十一時三十分
「二人とも下がってろ!」
友人はそう叫びながら男の方へ竹刀を向けた。男もナイフを前に構えて友人を睨む。
「ハァ!」
友人は掛け声と共に男へ突撃し竹刀を振り下ろす。しかしその一撃を男は身体を逸らし容易く避ける。そしてそのままナイフを友人の脇腹に向けて突き刺していく。
「ヤァ!」
腹に刺されるかと思った突きを、友人は竹刀を下から上に振り上げながら後ろに飛び退いた。
「……ッ!」
ナイフは空を刺し、ナイフを持った男の腕に突き上げられた竹刀が勢いよく当たった。
バシンという音と共に男の腕は広間の天井に向けて弾かれてしまった。
男は痛そうに腕を抑えているが、ナイフを握る力は変わらない。
「ぐ……」
「右手は潰した」
両者の間でいつ仕掛けるかの読み合いが繰り広げられている。友人は男の身のこなしと刃物という危険性を。男は友人の実力と竹刀の長さを考えて二手目を始められなかった。
奇妙な静寂がこの広間に鳴り響く。
「待ってくれ」
その静寂を破る一言が発せられた。
「誰だ!」
友人は声のした奥の部屋を見る。そこには若い男女二人がゆっくりと階段から降りて来ていた。
「三井、そこまでだ。高校生に手を出すのはマズイ」
「だがリーダー! こいつらは亮二の言ってた━━」
「三井!」
リーダーと呼ばれた男の声を聞き、ナイフの男は諦めたようにナイフを納めた。
そして二人の交わされた会話の中の一言を少年は聞き逃さなかった。
「亮二……、もしかして二橋亮二のことか?」
二橋亮二。その名前を聞きリーダーの男は少年を見据える。
「……君たちは二橋亮二を追ってここまで来たのか?」
「えぇ、ところで貴方たちは誰ですか?」
その質問にリーダーの男は深いため息を吐く。
「日歳連合」
少年はリーダーの男に向かって歩み寄り両手を握りしめた。
「貴方たちを探してました。少しお話しませんか?」
少年の顔を見て、リーダーの男は苦笑いを浮かべた。
浮かべるしかなかった。
――――――――――――――――――――――
十一時三十五分
立山コーキングの二階は居住スペースになっていた。階段を登るとリビングがあった。埃にまみれた大きなテーブルにイス、キッチンと設備はかなり充実していた。
「立ったままでいいか? イスも埃まみれだし」
「ええ、大丈夫ですよ」
少年、友人、少女の三人。そして日歳連合の男二人と女一人。合計六人がこのリビングにいた。
「とりあえず自己紹介から始めようか。俺の名前は
「私は
「
「時田怜。とある事情から二橋亮二を追いかけてます」
「秋元肇。この中では戦闘要因ってやつだな」
「八代有希だ。まあ探偵みたいなことをやってる」
自己紹介が終わり一星は少年を見た。
「それで、何を話したいんだ?」
「二橋亮二の居場所です」
「それは俺たちが知りたい。ここがアイツが最後に確認された場所でそっから先はわからなかった」
一星の答えに少年はだろうなと納得した。朝のニュースの時に日歳連合は二橋亮二を追っているが未だに見つかって無いと言われてたからだ。
「次はこっちから質問するぞ、何で亮二を追ってるんだ」
「……夏の怪異を追ってたらこうなってたんですよ」
「嘘だな。お前たちは繁華街で亮二の聞き込みをしてた」
「バレてましたか。仕方ない、少し長い話になりますが……」
少年が語り始めようとした時、友人が少年の肩に触れた。
「おい、本当に良いのか?」
「この人たちなら大丈夫だと思う」
「そうか……」
そうして少年は語り始める。前回自分が撃ち殺されたことを。そして時を遡って来たことを。自身を殺した犯人が二橋亮二の可能性があることを。街の噂を辿ってこの場所に着いたことを。
日歳連合の三人は少年の言葉を真剣に聞いていた。
「━━というわけです。荒唐無稽な話ですけど信じなくても大丈夫ですよ」
全てを語り終わり、聞いていた三人は驚いたように顔を見合わせた。
「おい、これって……」
「あぁ、公園の時のヤツに似てる」
「でもこの子は何も知らなさそうだけど」
そうしてしばらくぶつぶつと小さな声で会話をしていた。
「偶然? でもそんな偶然なんてありえな━━」
「あの、次は俺から質問して良いですか」
「あっ! 悪かったな。それで質問は?」
「貴方たちは何のためににこの街に来たんですか? また事件を起こすんですか」
少年はそれが気になっていた、過去に日歳連合が起こした事件はどれも大規模なものだった。これをこの街でも起こされるのかと不安だったのだ。
「俺たちがこの街に来た理由は二つある。一つは亮二……二橋亮二を見つけること。もう一つは、亮二の目的を探ること」
「目的?」
二橋亮二を見つける。これは理解できる、仲間の捜索かもしれないし。自分たちの情報を漏らした裏切り者の報復。どちらかはわからないがその目的は理解できる。
しかしその目的とはどういうことだろうか。
「亮二は目的も言わずに俺たちの前から姿を消した。俺たちの組織は基本的に集団で行動する、なのにアイツは単独で行動を始めたんだ。俺たちは何故そんな行動をするのかを知りたい」
つまり、二橋亮二の行動は日歳連合の意思に反しているといことだ。
そして少年には新たな疑問が生まれる。二橋亮二が何故自分を殺したのか。
「この先の未来で君が亮二に殺される。アイツの行動は不可解だが、この行動である程度の検討が着いた。そのことには感謝するよ」
そう言ってリーダーの男は階段を降り始め、仲間がそれに続こうとする。
「二橋亮二を見つけたら、必ず警察に捕まえてもらいます。俺は死にたくないので」
「それで良いよ。その前に俺たちが見つけてアイツを連れ戻すから」
そうして日歳連合の三人は去っていった。
――――――――――――――――――――
一時二十九分
少年たちは一階に移動していた。
「テロリストと聞いてたけど、話のわかる奴らだったな……」
「とはいえ彼らが危険な存在ということに変わりはない。ところでコイツを見てくれ」
少女はテーブルの上に二冊の本を置いた。
「本棚で見つけたやつだ。一つは民間宗教について。もう一つは……手記だった」
「北欧神話?」
「この二つの本によく読み込まれた形跡のあるページがあってね。これを見てくれ」
そこには『外国から渡来した宗教について』と書かれていた。
「"1617年から行われたキリスト教の弾圧以降、日本には外国の宗教の布教が困難に"……ただの歴史みたいなやつだな」
木を削って十字架を作る。仏像をなんとかキリスト像に似せるなど そこに書かれていたのは、当時の隠れ信者たちの努力だった。
「気になったのはこの部分だ。"神を祀る神殿も造るのも困難、なので一部の信者は神社や寺を神殿として扱い、幕府の目から逃れた"」
「確かにあまり聞いたことないことだね」
「手記のこの一文を見てくれ」
その手記はかなりボロボロで今にも紙が崩れ落ちそうなほどだった。少女は手記のページを慎重にめくり内容を見せる。そこには鉛筆で線が引かれていた。
「えーと、"私はこの未開の地で我が神の神殿を立てる。統治者に見つからないようにその地に馴染む形にする。未開の地ハルガミに我が神の祝福があらんことを……"ハルガミ?」
ハルガミ、この街、春神市と同じ同じ名前だった。そして先程の民間宗教についての内容。これは偶然ではないのだろう。
「この二つの本の内容から一つ推理してみた。二橋亮二はこの手記に書かれている"神殿"とやらを探しているんじゃないか」
確かに本と手記の内容から察するに二橋亮二はこの手記に書かれた神殿……外国の神を祀った神社か寺を探している可能性は確かにある。
「だけどこの街に神社も寺も沢山あるぞ。どうやって探すの?」
「そこまで絞れたならなんとかなるぞ」
少年の疑問に友人が応えた。どうやら方法があるらしい。
「二橋亮二の目的がそこなら神社と寺の周辺にいるんだろ? ならその周辺にある防犯カメラに映るだろ」
「でも防犯カメラなんて簡単に見れるはずが……あっ!」
一人だけ居た。防犯カメラを簡単に確認できて、それでいて今すぐにでもお願いできる人が。
「電話してみる!」
そうしてその人に電話をする、電話はすぐに繋がり、気の抜けたような声が聞こえた。
「はーい、どうしたのぉ、時田くん」
「五希さん! お願いしたいことがあります!」
頼れる友人の姉、秋元五希に今までのこととお願いしたいことを話した。
「確かに防犯カメラで見つけられるかもだけどぉ、秋元亮二って目出し帽を被ってるのよね? それだと見つけるのも難しいと思うんだけどぉ」
「大丈夫です。目出し帽は確保しました。今はおそらく素顔で活動しているはずです」
そう、今少年の手には忌まわしい目出し帽が握られていた。これで二橋亮二は顔を隠すことができなくなったのだ。
「あらそうなのぉ、それじゃあ一日だけ待ってもらってもいい? この街の防犯カメラって沢山あるからねぇ」
「わかりました! 協力ありがとうございます!」
「良いのよぉ、それじゃあねぇ」
そうして電話は切れた。
「今日はもう動けなさそうだな」
「そうだな。これ以上動くと五希さんに迷惑がかかりそうだ」
「とりあえずお昼ご飯食べに行こうぜ。もう二時になるしお腹空いたぞ」
三人は立山コーキングを後にした。
「それにしても服が埃まみれだよ」
「犯人の隠れ家で埃にまみれる……、探偵冥利に尽きる!」
「お前はもう少し見た目を気にしろ高校生探偵」
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