7月28日、憩い。

十四時三分

 遅い昼食を食べ終わり、現在少年たちは春神駅の広場にいた。


「この後はどうする?」

「現状は五希さんからの連絡待ちだ。私たちが迂闊に動くいても良い結果には繋がらないだろう」

「それなら今日はこれで解散にするか」


 友人の提案に少年と少女は特に異議はなかった。


「それじゃあ明日にまた喫茶店に集まろう」

「わかった」

「了解した」


 そうして友人と少女は各々帰って行った。

 少年は一人繁華街に残っていた。


「そういえば今日からイベントが来るよな」


 そう言ってスマホのゲームを起動した。そこには『真夏のチキチキ! ホラー食べ放題!』と書かれた画面が表示されていた。


「やっぱり来てた。確かこのイベント報酬が美味しかったから進めときたいなぁ」


 ベンチに座りながらピコピコとスマホを操作する。

 しかし。


「あっついなぁ……」


 ゲーム自体は楽しいがこの真夏日、そして人通りが多く喧騒に包まれた街中では少年は集中して遊ぶことができなかったのだ。


「あ、そうだ」


 少年はそう言って立ち上がり、何処かへ向かうために歩き始めたのだった、


―――――――――――――――――――――

十四時二十七分


 見えるのは鬱蒼とした景色。聞こえるのは鳥の鳴き声と木々が揺れる音。肌に感じるのは木々から通ってくる涼しく風。

 日陰の多いこの黒那神社こくなんじんじゃは繁華街からの喧騒は全く聞こえず、静かな時が過ぎていた。


「はー、やっぱり涼しいなぁ」


 本殿に向かう階段に座り込み少年は気持ちよさそうに身体を伸ばした。


「さーて、イベント進めるかぁ」


 スマホを取り出し、ゲームを起動する。


『我がマスター、私は貴方と対等な関係を望みます。ですが、私は何があってもマスターの味方ですよ』


 ゲームに映っている大きな時計を持った銀髪の女性が話しながら微笑んだ。


「やっぱクロノスは性能も良いしかっこいいしで、最高だなぁ」


 そうして少年はゲームのイベントを開始した。静かな神社の木々が揺れる音に少年のスマホから流れる音が混ざり始める。少年は楽しそうにこの憩いの時間を過ごす。


「相変わらず、夏のイベントはぶっ飛んでるなぁ。…………うん?」


 ふと神社の鳥居の方向から足音が聞こえる。その音は徐々に少年に近づいてきていた。


「ふむ、いい……風情がある……」

「あれ?」


 近づいて来たのは、今日の朝、喫茶店に向かう途中でぶつかった色黒の肌の青年だった。青年は神社の景色を見渡しながら何やら悦に浸っていた。


「古びた神社で巻き起こった怪死事件……これはいい題材になりそうだ」

「こんにちは」

「……おや?」


 少年は立ち上がって青年に話しかけた。悦に浸っていた青年は少年に気づくと驚いたような表示をした。


「君は朝にも会ったな。ここで会うとは意外だった」

「自分も驚きました。どうしてここに来たんですか?」

「朝にも言ったがわたくしは推理小説を書いていてな、この神社を見つけて小説のテーマに関しての閃きが走ったのだよ」

「な、なるほど……」


 青年はニヤリと笑いながら答えた。


「それで? そう言う君は何故この神社に?」

「自分はこの神社に涼みに来たのですよ。街中だと暑いしうるさいしで落ち着かないので」

「ほお……。ところでだが、あの建物は何か知っているか?」


 塗装の剥がれた壁に今にも崩れそうな階段。既に人の手から離れ寂れ切った本殿に青年は指差す。


「あれは神社の本殿ですよ。もうかなりボロボロですけどね」

「神社の本殿か……」


 少年の答えに青年は指を顎に当て何かを考え始める。つくづくだがこの青年は何をしても絵になる。


「神社ということは何かが祀られていたのだろう? それについては知らないか?」

「え? 祀られていたの……?」


 今まで少年はそんなことを考えたことがなかった。だがここは神社、確かに何かの神様が祀られていたのだろう。


「俺はちょっとわからないですね……。でもこの神社の社名碑には『黒那神社こくなんじんじゃ』って書いてあるので何か関係があるのかもしれませんね」

「ほお、黒那こくなんか……こくなん……くろなん……くろな……」


 青年はぶつぶつと呟きながら更に深く考え込んだ。


「あの……」

「おっと失礼、深く考え込んでしまった。おっとそうだった」


 ふと青年はバッグからスケッチ用のノートとペンを取り出し、本殿の方に顔を向けた。


「それはなんですか?」

「小説内でこの神社の景色の描写を鮮明にするために少々スケッチをやろうと思う。君は気にしなくていい」


 そうして青年は周りに生えている榊の樹や本殿を描き始めた。


「……とりあえずゲームを続けるかぁ」


 一方少年は階段に座り込み再びゲームを再会した。


――――――――――――――――――――

十六時十二分


 ゲームを再会して一時間半が経過した。イベントは粗方が終わり、現在はチマチマとイベントのクエストを進めていた。


「よし、終わった」


 絵を描いていた青年が一つ息を吐きながら少年の方へ近づいてきた。


「終わったんですか?」

「あぁ。君のおかげで良いモノが描けた」

「いや、俺は何もやってないですよ」


 青年はスケッチ用のノートをバッグにしまい、それを肩に掛けた。


「そんなことはない。君が教えてくれたこと、そしてわたくしが絵を描いていた時の君の様子。これはかなりわたくしのインスピレーションに繋がった。それではこれで失礼する」


 そうして青年はゆったりとした足取りで神社を後にした。


「…………」


 少年は一人ぽつんと静かな神社に立っていた。

 真夏の日、空はまだ明るく蝉の声が鳴り響いていた。


「……帰るか」

 

 しばらくボーッとした後、少年も遅い足取りで自分の家へ帰って行った。

 そして誰もいなくなった神社には蝉の声に混じりからすの声が聞こえていた。


――――――――――――――――――――

二十三時四十一分


 夜も更けてきた頃、少年はベッドに横になりスマホの動画を見ている。画面にはゲームの映像が流れており、少年はそれを見ながら静かな時間を過ごしていた。


(へー、この編成が有効だったのか。火力でゴリ押ししちゃってたよ)


 するとスマホの画面からメッセージの通知が届く。送信者は少年の友人だった。


「あら、この時間になんだ?」


 そうして少年に送られたメッセージを見てみる。


『ニュースを見てみろ!』


 慌てて送信したような文章を見て、少年は多少の疑問を感じながらSNSのニュース欄を確認した。


「え……」


 書いてある記事を見て少年は驚愕した。

 そこには『日歳連合、春神デパートを襲撃! 警察官の負傷者が多数!』と書かれていた。

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