写真症候群
ジョン・ヤマト
7月25日
七時十二分
蝉の鳴き声がミンミンと鳴り響く夏の日。その鳴き声と少々暑い室内の気温を感じベッドで眠っている少年が目を覚ました。
「あっついなぁ……」
目を覚ました少年は近くにあったシワのついたタオルで寝汗を拭き、寝巻きから学生服に着変え自分の部屋を出て、眠い目を擦りながらリビングに向かった。
「あら、怜。おはよう」
「おはよう」
リビングに出て母親と軽く挨拶をしてテーブルに座る。母親はキッチンで朝食を作っていた。
「お母さん。今日の朝ごはんは何?」
「トーストと目玉焼き。もうすぐできるから待ってなさい」
しばらく待ち、少年の目の前に牛乳と一枚のお皿に盛り付けられたトーストと目玉焼きが出された。そして母親も自分の朝食を置き席に着いた。二人は手を合わせ━━
「「いただきます」」
と言って二人は朝食を食べ始めた。
「そういえばお父さんは?」
「朝から出張に行ってる。お盆前で忙しいらしいわ」
「大変だね……」
「怜は明日が終業式でしょ。宿題とか計画的にやりなさいよ」
「はーい」
母親のお小言に軽い返事をしながら残りのパンを口の中へ放り込んだ。
「ごちそうさま」
そうして朝食を食べ終わった少年は牛乳を飲み干した後学生鞄を持って席に立ち上がった。
「それじゃあ行ってきます」
「気をつけてね」
「はーい」
――――――――――――――――――
七時五十分
「かしこまりました、ではその様に」「その扇風機かわいいね!」「でしょ!」「寝坊したぁ!」
照りつける太陽を背中に受けながら少年は家から少し離れた通学路を歩いていた。
少年の周りには電話をしているサラリーマン。手持ちの扇風機で涼みながら談笑している高校生の二人組。暑い日の中、何かを急いで走っている学生など多種多様な人がこの道を通っていた。
「あつーい……」
周りの人間の気持ちを代弁するかのように声を漏らす。ふと通り過ぎる木陰の涼しさ一瞬だけ感じながら学校へ向かう少年の背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「おう! レイ!」
「おはよう。
少年の友人が声を掛け小走りで近づいてきた。
「いやぁ、今日も暑いな」
「だなぁ。そういえば今日からだよな!」
友人は元気そうに話を切り出してくる。少年はそれを聞いてあっと何か思い出したようだ。
「そういえば今日が更新日か」
「そうそう! 15時からね」
「この日のために石を貯めからな!引きたいよな!」
「どうする? 放課後一緒に引く?」
少年がそう提案する。しかし友人は申し訳なさそうな顔をしながら少年に向かって手を合わせる。
「悪い! 実は放課後部活の練習があるんだ」
「夏休み前なのに大変だな……」
「まあ大会近いからな」
そんな会話をしている時、背後から機械音が鳴り響いて来る。
『━━━に清き一票を!! 清き一票をお願いします!!』
車道から一台の選挙カーが耳を
「まったく、朝っぱらからうるさいなぁ!」
「そういえばもうすぐ市長選だからなぁ」
「十六歳の俺たちにはまだ関係無いだろ! 全くもう少し音量下げろや!」
「ははは……、まあうるさいのは確かだなぁ」
選挙カーの音にも負けない蝉の鳴き声を聞きながら二人は学校に向かって歩いて行った。
――――――――――――――――――――
八時四十五分
「明日から夏休みだな!」「海行きたいね!」「夏の怪異を解明する!」「肝試し行こうぜ!!」
朝の教室は夏休み前日というのもあり浮かれた雰囲気が漂っていた。一方少年は自分の席に静かに座り、一冊のノートを取り出した。
ノートを開くとそこにはキャラクターの名前とその情報がびっしりと書かれていた。
「えーと、今日来るキャラがおそらくこいつだから、シナジーが合うのは……」
少年はノートを見ながら何かを呟いている。
少年━━
A県春神市生まれ、母親は主婦、父親は外資系企業の課長。そんな二人の間に生まれた子供。
ゲームをこよなく愛し今はとあるスマホゲームに夢中ななっているどこにでもいる普通の少年だ。
「いやでも、そうするとバフが弱くなるよな……」
春神市立の高校に通い成績は百二十人中五四位。部活は帰宅部。年齢は一六歳で彼女はいない。そんな少年がこの物語の主人公だ。
「おーい! ホームルーム始めるぞ!」
予鈴が鳴り教師が教室に入り出欠を取るが、少年は未だにそのことに気付かず考えごとをしていた。
「うーむ……それならこれと組み合わせて……」
「時田ぁ! ホームルーム始まってるぞ!」
出欠をしている教師の大きな声が教室に鳴り響く。ハッとした少年は顔を上げ慌てたようにノートをしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「ゲームの事を考えるのも良いがちゃんと返事しろよ!」
「はい!」
恥ずかしそうに机に突っ伏す少年を見た周りの生徒はまたやってるよといった感じに軽く笑った。
――――――――――――――――――
十五時
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、生徒は終わったと安堵の声を上げたり、背伸びをしたりと思い思いの行動をしていた。
少年は急いで帰宅の用意をして真っ先に教室を飛び出した。
「廊下は走るなよ!」
「あ、すみません」
教師に注意され走るのを止めるが、学校を出た瞬間に再び走り出し、人通りの少ない道を駆けていく。
「ハァ……!ハァ……!」
荒い呼吸と共に駆け抜け、その場所に到着する。
その場所には
古びた社名碑には"
「ハァ……、やっぱりガチャ引くのはここでだよな」
息を切らしながら、目的地にたどり着く。
そこは人の手入れが入っておらず、長年の風雨により、屋根にはいくつかの穴が空き、元々は整っていたであろう木の壁は損傷して剥がれかけており周りには雑草が生い茂っている場所。神社の本殿だった。
少年はそこの階段に座り込みスマホを開きゲームを起動した。
『新キャラ登場! 出現率二倍!!』
その画面を見た少年はよしと言うと立ち上がり本殿の方を向き両手をパチンと響かせながら何かを呟き始めた。
「お願いします。お願いします。このキャラを60連までに引かせて下さい。絶対に人権になるからここで引いて起きたんです」
━━そんな不純なお願いをし始めた。
この神社と少年の付き合いは八年にも及ぶ。子供の頃までは遊び場として足繁く通い。中学生になると通う頻度は減ってしまうがそれでも一週間に一度は通っていた。ガチャを引くための願掛けとして。
「本当にお願いします!」
大きな声を上げ、一礼をすると再び階段に座り込み。ゲームを開いた。画面には"このガチャを引きますか?"と表示され、少年は祈るように、はいのボタンをタップした。
「来いよ...」
そうすると画面が虹色に輝いた。
「きた……!」
そして虹色の石が弾け飛びそこから大きな時計を持った銀髪の女性が出現し喋り始めた。
『初めてまして、我がマスター。私は"クロノス"。時を操る者です。私の力、存分にお使いください』
その綺麗な声を聞いた少年はしばらく放心状態になった後、勢いよく立ち上がり歓喜の声を上げ始めた。
「よっしゃあ!! 一発で来たぁ!!」
ガッツポーズをし、本殿から飛び出し飛び回るなど
「本当にありがとうございます!」
そして意気揚々とした面持ちで少年は帰路に着いた。
―――――――――――――――――
十六時五十四分
少年はニヤニヤとした顔をしながら歩道を歩いていた。すれ違う人は何か良いことがあったのだろうかと軽い疑問が浮かぶほどの歓喜の表情だった。
(さーて、まずはレベルを上げて。スキルと上げとかないとなぁ!)
そんなことを考えながら少年の家に到着する。そして少年はいつも通りに家のポストを確認した。
「ピザ屋と電気代と……あれ?」
少年がいつも見ている広告チラシや請求書とは違う封筒がそこに入っていた。
「なんだこれ?」
封筒を見てみると"れい君へ"と書かれており宛名は記して無かった。
「うーん?まあいいか部屋で見るか」
そうして少年は扉を開け家に着いた。
「ただいまー」
「お帰り。今日は遅かったのね」
「神社に行ってた。それで今日のご飯は何?」
「生姜焼き。豚肉が安かったの」
「美味しそうだなぁ。じゃあできたら呼んで」
そう言いながら少年は自分の部屋に戻った。学生服から着替え、自分の勉強机に座りスマホを充電器に挿し込みゲームを起動した。
「さーてやるかぁ」
そうしてゲームのキャラクターの育成を開始した。
三十分後
「よし、これでレベルマックスだ。次は━━」
「れーい!ご飯できたわよ!」
「わかったぁ!」
母の呼び声を聞き少年は一旦ゲームを閉じて自分の部屋から出てリビングに向かった。
リビングに到着するとテーブルの上には既に生姜焼きと白米、味噌汁が並べられていた。
「それじゃあ食べましょうか」
そうして二人は椅子に座り手を合わせた。
「「いただきます」」
生姜焼きを食べる。まず最初に感じたのは醤油ベースのタレのコクだ。トロリとしたタレに生姜の鼻に抜けるような刺激で白米が進む。
「美味しい!」
「それなら良かったわ」
母親はそう言いながらリモコンを操作してテレビを付けた。テレビの画面にはニュース番組がやっていた。
『現在指名手配中のテロ組織、
犯罪者についての情報が流れ、その犯罪者がどう言った人物なのかというのが紹介されたニュースだった。それを見た少年と母親は怪訝な表情を浮かべていた。
「物騒だね……」
「そうね。……番組変えようか」
そしてバラエティ番組にチャンネルを変え、そして何事も無かったかのように二人は食事を再開した。
――――――――――――――――――
十九時四十三分
食事を食べ、お風呂に入った後、少年は部屋に戻り、再び勉強机に座った。
「続きをやるかぁ。……あれ?」
ふと机に目をやると先程ポストに入っていた封筒が目に入る。
「そういえば結局見てなかったな……。見てみるか」
そうして少年は封筒を開ける。入っていたのは一枚の長方形の硬い材質の紙だった。
「写真か?」
少年は疑問に感じその紙を確認する。
「え…………」
それを見た少年は言葉は失い、身体は固まり、目は瞬きを忘れるように見開き、口はカタカタと振動を響かせていた。
「何だよ……これ……」
疑問を口にするがそれに応える者は誰も居ない。する少年に異変が起きる。
「オエ……」
少年は吐き気を感じ、紙を放り捨て部屋から飛び出した。紙━━写真にはひらひらと部屋の床に落ちた。
その写真には、ピントがぼやけていて地面がよく見えない背景に倒れている一人の人間が写っていた。
人間の170センチほどの身長。どこにでもいるような顔立ちに耳元まで伸ばした黒髪。服装はTシャツに青色の上着を羽織った男だった。
その男は仰向けに倒れ、額に穴が空きそこから血を流し焦点が合わない目が見開いていた。
端的に言おう。そこには"その写真には少年が頭に銃を撃たれて死んでいる姿"が写っていた。
さて、ここからが少年とこの写真を廻る物語のはじまる━━━
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