7月26日

 人が叫ぶ声が聞こえる。叫んでいる人たちは何かから逃げており、俺とは違う方向へ走っている。

 人が俺しか居なくなった時。目の前に何かが現れた。そいつは右手に持っている銃を俺に向けて━━

―――――――――――――――――――

 六時四十一分


「うわぁ!」


 叫ぶような声を上げながら少年は目を覚ました。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 額には汗がびっしょりと張り付いておりその呼吸は非常に荒かった。少年は立ち上がり机の方へ目を移す。


「こいつのせいだ……」


 目線の先には例の"自身が死んでいる姿"が写っている紙が置いてあった。少年はそれを手に持つ。


「こんな物があるから……あれ?」


 そうして紙を力任せに破り捨てようとするが紙の裏面に書いてある文字に目が入りその手を止める。


「七月三十一日……、十九時四十三分?」


 裏面には日付と時刻が記してあった。書いてある日付は五日後だった。少年は疲れたような表情を浮かべながらベッドに座り込んだ。


「なんだよこれ……訳がわからねぇ……」

 

 ハハハと乾いた笑いを浮かべ、そして大きなため息を吐いた直後、ドアから軽く叩く音がした。


「怜?大きな声がしたけど大丈夫?」


 少年の母親の声だった。ドア越しで心配する様に話しかけてきた。


「だ、大丈夫だよ。ちょっと怖い夢見ちゃってさ」

「あ、そうだったのね。じゃあ私は朝ご飯作りに行くわ」


 リビングに向かう母親の足音を聞き、少年は汗を軽く拭き写真を鞄にしまった後、学生服に着替えてリビングに向かった。


 リビングへ向かいテーブルの椅子に座る。母親は朝食を作っていた。

 しばらく経つとテーブルに朝食が並べられた。昨日の余った生姜焼きのサンドイッチだ。


「「いただきます」」


 そうしてサンドイッチを食べ始める。


「今日はお昼に帰るのよね」


 母親が少年に質問したきた。少年は水を一口飲み頷く。


「うん。帰りに何か買って来ようか?」

「買って来て欲しい物は無いから大丈夫よ」


 そうして少年はサンドイッチを食べ終え、席を立った。その表情は少々疲れが見えており、母親は心配そうに声を描ける。


「体調は本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。昨日遅くまでゲームをしてただけ」


 母親はそうと頷きその後は何も言わなかった。


(あんな写真、どう言えばいいんだよ……。ダメダメ、考えるな!)


 頭を振り気持ちを切り替えようとする。そして鞄を持ち残りの水を呷る。


「ふー。それじゃあ行ってくるよ」

「気をつけてね」


 そうして少年は家を出て行った。


――――――――――――――――――

七時四十九分


「そちらの件については━━」「夏休み楽しみ!」「自販機で飲み物買うかぁ」


 朝の通学路、少年は毎日のように見る人たちを横目にその道を歩いていた。

 

「レイ!おはよう!」

「おはよう」


 そうすると少年の友人……秋元はじめが後ろからいつものように声をかけ少年の元へ駆け寄った。少年の中学校からの友人であり、剣道部期待の新人だ。

 

「今日から夏休みだな!」

「そうだね、でも肇は部活があるでしょ?」


 その質問に友人は鳴らし嬉しそうに笑った。


「それなんだけどな、実は三十一日までまで休みになったんだよ!」

「三十一日まで……」

「そう!監督が"せっかくの夏休みだから休みを設ける。その代わり休み明けからは厳しく行くぞ!"て感じに休みを作ってくれたんだよ」

「……そっか」


 三十一日。その日付を聞き少年に悪寒が走る。昨日見てしまった写真の影響でそれに関する言葉を過敏に感じてしまっているようだ。

 その様子を見て友人は心配そうな表情を浮かべる。


「大丈夫か?すごい顔してるぞ」

「大丈夫だよ。ちょっと暑さにやられたみたい」


 友人は心配する顔をしながらもそれ以上聞かなかった。


「なら良いんだけどよ……。そうだ!学校終わったらデパートでメシ食べようぜ!ついでに涼めるしな!」

「良いかもね。何食べる?」

「それなら……」


 そうして二人は午後の予定を話し合いながら学校へ歩いて行った。


――――――――――――――――――

八時五十三分

「いやー今日という日をどれだけ待ち望んだか!」「夏の怪異の情報はあるかねぇ!」「今日は昼までだし帰りにカラオケでも寄ってくか?」「いいね!」


 終業式当日。クラス内の騒がしさは昨日よりも大きい。しかし、少年は周りの雰囲気とは真逆の表情を浮かべていた。理由は明白、件の写真だ。


(忘れようにも頭にこびり付いて離れない……。ゲームのことを考えようとしても頭に過ぎってしまう……)


 そんな少年の元に何者か近寄って来る。


「やあやあ、そこの君!何やら浮かない顔をしているが、どうしたのかな!」

「八代……」

 

 少女……八代有希やしろゆきはボブカットの髪を揺らし腰に両手を当てながら席に座っていた少年を見下ろしていた。


「困り事かね?それなら探偵少女である私に一つ相談してみるのはどうかな!」

「…………」


 この八代有希という少女。自らを探偵と名乗り学校で様々な活動をしている。

 その活動の結果クラス内ではトップの変人として、そして便利なやつとして扱われている。


「私も夏の怪異を見つけるために忙しいが、困っている人は放って置けないからね!」


 ふんすと鼻を鳴らし嬉しそうに胸を張った。


「いや……。特に困り事は無いよ」

「本当かね!?君の表情は━━」

「大丈夫だって!!」


 声を大きくし、少女を拒絶する。その声は騒がしかったクラスを静かにするには充分な音量だった。


「どうした?」「八代と時田か?」「何かあったの?」


(あ……、やっちゃった)


 少女を見る。少女は顔を俯かせ悲しそうな表情を浮かべる。


「そうか……、ごめんね」

「……俺も声を荒げてごめん」

「うん、気にしてないよ」


 そうして少女はトボトボと自分の席へ戻って行った。

 そして少年の元には疑問と冷たさが混ざった視線が向けられていた。


(はあ、写真のことでイライラしてたのかな……)


 その直後、予鈴が鳴り教師がクラスへ入ってきた。


――――――――――――――――――

十一時三十五分


「それじゃあ夏休み明けに、みんなの元気な姿が見れるを楽しみにしてるぞ!」


 教師がそう締めくくり終業式が終わった。少年は一息吐き帰りの支度をした後、校門前まで移動した。校門に着くと門の端に寄ってもたれかかり友人を待った。そうしてしばらくし━━。


「おう!待たせたな!」

「そんなに待ってないから大丈夫だよ」


 友人が急ぎ足で少年の元へ駆け寄った。


「それじゃあ行こうか!」

「あぁ」


 二人は目的地へ歩を進める。


「お疲れ様ー」「いやーようやくだね」「お腹空いたー」


 仲の良い女子達、男女の恋人など、二人以外の人間も同じ場所を目指して歩いていた。そうして歩いていると友人が話しかけてくる。


「お昼はフードコートでいいか?」

「いいよ。好きなもの食べられるしね」


 昼食の話をしながら歩いていると突然背後の方から甲高い声が響いてきた。


「見たんだって!夏の怪異を!」


 振り返ると女子生徒の二人組が何やら騒がしくしていた。


「あの人影は絶対にそうだよ!」「落ち着いて。歩いている人達がびっくりしちゃうでしょ」「でもあれは絶対に━━」


「夏の怪異……」


 少年は先程、八代有希から聞いた話を思い出す。あの時は紙のことで頭がいっぱいで冷静に考えることができなかったが、"夏の怪異の調査で忙しい"。そんなことを言ってたなと少年は思い出す。


「気になるか?」

「まあ、ちょっとね」


 そんな様子の少年を見て友人は話を始めた。

 

「これは部活の先輩から聞いた話なんだけどな━━」


 友人が語ったのは、暗い夜の街で男の幽霊の影が呻き声を出しながら現れて見た者を呪うというもの。しかし本当に見た者はいないという何処にでもあるような噂話しだった。


「なんというかありきたりだなぁ」

「だよなぁ。大方酔っぱらいを誰かが見かけてそんな噂になったとかだろ」


 少年は違いないと同意しながら立ち止まった。目的地であるデパートに到着したのだ。


「さーて、お腹すいたし沢山食べよう!」

「大会近いんでしょ?あまり食べすぎないよう━━」

『この街の発展、そして歴史的価値のある建造物の保全の為に午道うしみち正弘に清き一票をよろしくお願いします!!』


 選挙カーが二人を通り過ぎながらその音を響かせ少年の言葉を遮った。その様子に二人は大きなため息を吐く。


「……やっぱりうるさいね」

「あの音量なんとかしてくんねぇかなぁ!!」

「ははは……。そういえば今夜にゲームの最新情報があるね」

「もう来たのか!あのゲームすごい楽しみなんだよな!」


 そうして二人はデパートに入り昼食のためにフードコートへ向かい肉厚のあるハンバーガーに舌鼓を打った。


――――――――――――――――――

十五時三十六分


 ハンバーガー食べを終えデパートで遊んだ二人は家へ帰宅するために住宅街を談笑しながら歩いていた。まだ明るい日差しが二人の首元を暖めていた。


「大会と夏休みの宿題。もう大変だぜ!」

「間に合わなかったら俺のを見せてあげるよ」

「マジか!?そん時は頼むぜ」


 十字路に差し掛かり二人は立ち止まった。


「よし、それじゃあまたな!」

「あぁ、気をつけてな」


 そうして二人は別れ、各々の道を歩き始めた。

 まだ人通りの少ない道には少年しか歩いておらず、少年の歩く足音と樹に留まっているふくろうの鳴き声だけが辺りに鳴り響いていた。


「…………」


 そんな少年の考えていることは二つあった。一つは件の紙について、もう一つは夏の怪異だった。


(やっぱり頭の中から離れないなぁ……。でもあんな写真、夏の怪異みたいなインチキだろ。そうだ、そうに決まってる)


 少年は自身を無理矢理納得させた。納得した少年は少しスッキリした表情を浮かべ、一つの決意をしながら帰路に着く。


 梟のほーほーとした鳴き声が閑静な住宅街に鳴り響いていた。

――――――――――――――――――

十九時二十六分

 夕食を食べ終わり、部屋に戻った少年は机の上に座り鞄を漁っていた。


「……あった」


 鞄から取り出したのは昨日から今まで、少年を悩ませている自身が死んでいる姿が写っている紙だった。


 少年は机に置いてあるハサミを手に持ちその切っ先を紙に向ける。


「……こんな物、夏の怪異と同じだ」


 少年は考える。今日、学校で噂されていた夏の怪異。あの噂に確かな証拠は無く信憑性も薄い。恐らく酔っ払いを見た誰かがそう勘違いしたのだろう。

 そしてこの紙に描かれている物も同じだ。まるで未来の出来事を示唆しているようだがそこに確かな証拠は無く、誰かのイタズラだとしてもわざわざそんなことをする意味がわからないと。


「こんな物があるから余計な事を考えるんだ」


 そうしてハサミはシャキ、シャキと小気味の良いリズムを立てながら紙を半分に断ち切った。

 そして二枚になった紙を重ねてそれも半分に切った。


「……これで良い」


 四分割になった紙をゴミ箱に押し込むように捨てた。

 紙を捨てた少年は何処となくやりきったような表情を浮かべる。


「ふう……」


 少年は立ち上がりベッドへ向かい横になった。


(これで夏休みを思いっきり楽しめる。全く、何だったんだか……)


 横になりながらスマホを開き動画サイトを開いた。そこには新作ゲームの最新情報が発表されていた。


「へぇ、ゲームのタイトルは"ゼファール"かぁ。変わった名前だなぁ」


 昨日から例の紙に振り回され心が疲れていた少年はその鬱憤を晴らすように動画やゲームを楽しみ、夜も更けてきた頃になりスマホの電源が入ったまま眠った。


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