7月26日、二回目。
七時四十三分
「……落ち着け。まずは状況を整理するんだ」
少年はベッドに腰を下ろして目頭を指で挟む。そうして思考する、自身に降り掛かっている事を。
(さっきまで俺はカラオケに居たんだ。その後に………ッ!)
その瞬間、思い出してしまった。
あの乾いた音を。一瞬で通り過ぎた頭の痛みを。━━自身があの時死んでいたということを。
頭を横に何度も振り忘れようとしてもあの時感じた光景が離れられない。
「……クソっ!」
乱暴に立ち上がり気を紛らわすようにスマホを開く。そこには先程と変わらない日付━━少年が死んだ日の五日前の日付が記されていた。
(夢?でもあの感覚は絶対夢じゃない。ということは……)
(でもこんなことになって何が、うん? 待てよ)
思い出す、この状況になり意味が生まれるモノがあることに。
机の上、そこには今まで必死に忘れようとしていた忌々しいモノが置いてあった。
「…………」
少年はモノ……
「やっぱり……」
そこには最後の瞬間に見た日付と時間が記してあった。
七月三十一日 十九時四十三分と。
それを見て少年は確信する。この紙の意味を。
(なんで時間が戻ったのかはわからない。だけどこの写真は俺が五日後のあの時間に死ぬ事を教えてくれてたんだ。だけど誰がこんなことを……)
少年の頭にはなぜ?どうして?という疑問が頭を巡る。しかし、最終的に考えは一つの結論に至る。
(━━死にたくない)
あの時の痛みをもう味わいたくない。あの冷たい感触を感じるのは嫌だ。そして何より死ぬのは怖い。
少年は決意する。"死なないために行動する"と。
(まずは……どうしよう?)
決意をしたは良いが具体的にどういった行動をするのかが思い浮かばなかった。そうしていると部屋の外から声が聞こえてくる。
「れーい!朝ごはんできたよ!」
「わかった!今着替えて行くよ!」
母の呼ぶ声を聞き少年は着替えをする。そして鞄を持ちリビングに向かおうとした時、ふと手に持っていた紙を見る。
「…………念の為持って行くか」
そう呟き、紙を鞄に入れてリビングへ向かった。
――――――――――――――――――――
七時四十九分
「そちらの件については━━」「夏休み楽しみ!」「自販機で飲み物買うかぁ」
どこか見たことある光景、どこか聞いたことある会話を耳にしながら顔を下に向いて通学路を歩いていた。
「レイ!おはよう!」
「おはよう」
そうして歩いていると少年の友人がいつものような声であの時と同じセリフを話した。
「今日から夏休みだな!」
「……そうだね、でも肇は部活があるでしょ?」
この後に続く言葉を少年は知っている。一度聞いたことがあるから。
「それなんだけどな、実は三十一日までまで休みになったんだよ!」
「……そうなんだ」
返答を聞いて少年は改めて確信する。自分は過去に戻ったということに。そしてこのままではまた自分が死んでしまうということに。あの恐怖を再び味わうことになるかもしれないことに。
「そう!監督がせっかくの夏休みだから━━おい、大丈夫か?」
「え?」
その様子を見て友人は心配そうに声をかけてきた。少年は気づかない、自身の顔が今とてつもない疲労を纏っていることに。
「すごい疲れた顔をしてるぞ。何か悩み事か?」
「あ、えーと……」
「一人で悩んでも仕方ないだろ?ここは友人を頼れって!」
少年は考える。自分の身に起こった事を話すべきかを。彼は信用できる人物だ。だけどこんな突拍子の無い話を信じてくれるだろうか。
そして悩んだ末に少年は口を開く。
「……ここじゃ話しにくいからさ、放課後に話さないか?」
「わかった。それじゃあ放課後に駅前の喫茶店で話そうか!」
「あぁ」
少年の出した結論は"先延ばし"だった、ショックの強い内容、そして自分自身も未だに状況の整理ができていないのだ。
だからどう話すか、頭の中を整理する時間が欲しいというのが少年の考えだった。
「そういえば昨日のガチャは引いたか!?」
「あぁ、最初の十連で出たよ」
「マジか!俺なんて百連引いても出なかったぞ!」
そうして二人は楽しそうに話しながら学校へ向かって歩いて行った。
――――――――――――――――――――
八時五十三分
「いやー今日という日をどれだけ待ち望んだか!」「夏の怪異の情報はあるかねぇ!」「今日は昼までだし帰りにカラオケでも寄ってくか?」「いいね!」
終業式当日。あの時と同じくクラス内が明るく騒がしかった。しかし、少年の表情は重かった。
(うーん……、肇にどうやって説明しようかなぁ)
"自分は三十一日に死んでいて、死んだ後に未来から過去に戻ってきていた"、こんな内容の話をすれば異常者扱いされるかもしれない。
故に少年はどのように説明するべきか悩んでいたのだった。
(あぁ、わからねぇ!マジでどうしよう!)
そんな少年の元に何者か近寄って来る。
「やあやあ、そこのキミ!何やら浮かない顔をしているが、どうしたのかな!」
黒いボブカットの髪を揺らし両手を腰に当てながら少女……
「八代……」
その光景に少年は既視感を覚えながら少女を見上げた。少女は少年の様子を気に留めずせず話しを始めた。
「困り事かね? それなら探偵少女である私に一つ相談してみるのはどうかな!」
「…………」
彼女を頼っても良いのだろうか?余計に事態が悪化するのでは無いか?何より同じクラスの彼女を巻き込んでも良いのだろうか?
そのような考えが少年の頭を巡っていく。
「私も夏の怪異を見つけるために忙しいが、困っている人は放って置けないからね!」
ふんすと鼻を鳴らし嬉しそうに胸を張った。
「ここでは話したくないからさ……」
「ほう!」
「放課後に駅前の喫茶店で話さないか?」
少年の返答を聞き。少女はニヤリと笑いながらうんうんと頷いた。
「そうだね! こういうのは隠れ家みたいな場所でやるべきだ。では放課後に駅前の喫茶店で話そう」
そう言って彼女はルンルンとした様子で自分の席に戻った。
(これで何かが変わってくれるかな……)
少年が求めたのは変化だった。この息苦しい状況を打破できる何かが欲しかった。だから少年は悩んでいる自分に手を差し伸べてくれた彼女に打ち明けようと決めたのだった。その結果がどうなるかは誰にもわからない。
――――――――――――――――――
十一時四十九分
お昼前、ここ春神駅前には老若男女の人達が歩いていた。
『この街の発展、そして歴史的価値のある建造物の保全の為に━━』
ふと駅前のロータリーを選挙カーが大きな機械音を上げながら走って行く、しかし少年はその音を気にも留めず目的の場所へ歩みを進めていく。
「ここか」
そこには茶色いレンガ造りの小さな喫茶店がぽつんと建っており、正面のガラスには
少年はドアを開け入店する。
「いただきます」「それで牧本さんがね〜」「……うん」「これじゃないこれじゃないこれじゃないィィィ!!」
喫茶店
「いらっしゃいませ!」
女性店員が入店した少年に話しかける。
「お一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせです」
そうして店内を見渡すと奥の席に座っている友人の後ろ姿を見つける。
「ごめん、ちょっと遅れちゃったかな」
少年は友人の向かいの席に座った。
「大丈夫! 早めに来て席を取っただけだ」
少し申し訳無さそうな表情をする少年に友人は笑顔で返した。
「それで、相談って言うのは?」
「もう少し待って。もう一人来るんだよ」
「もう一人?」
その直後、入口の方から鈴の音が響く。
「やあやあ! 待たせてしまったかな!」
元気な声を上げながら少女は自分の座っている席へ歩み寄った。
「この店は初めて来たのでね! 少し迷っ……て……」
少女は席に座っている友人を見てその大きな言葉を詰まらせた。
「…………」
「…………」
「うん? どうした……あ」
少年はとあることを思い出す。が、既に遅かった。友人は振り返りながら少女の方を睨む。
「……なんでお前がいるの?」
それを聞いた少女は驚くような声を上げて言い返す。
「それは私のセリフだ! 何故キミがここにいるのだ!」
「俺はレイに呼ばれたんだ。相談があるってな」
強い語気を放つ二人を宥めようと少年は立ち上がり声を上げる。
「そんな喧嘩腰にならないで! 二人とも俺が呼んだんだ!」
少年は失念していた。とある理由から二人の仲が悪かったことを。
友人は少女を指差しながら少年に話しかける。
「レイ! さすがにヤシロはやめとけって! 四月の出来事を忘れたのか?」
指を差された少女も売り言葉に買い言葉のように友人を指差した。
「半分はキミの責任だろう! 私に全ての罪を擦りつけるとは、"窓割り将軍"の名は健在だなぁ!」
「二人とも落ち着いてって!」
その出来事は四月に起こった、三人の通う高校で備品が盗まれるという事件が発生した。そこに探偵を名乗っている少女が犯人を見つけるために調査を開始した。
犯人はすぐに見つかった。犯人は一年生の不良で教師に怒られたから困らせてやろうという理由の犯行だったのだ。
問題はここからだ。犯人を特定した少女は教師に報告せずに自分で捕まえようとしたのだ。犯人の特徴は強面で茶髪の長身男性、その特徴を頼りに探した結果友人の後ろ姿を見て彼を犯人と間違えてしまいそこからが大惨事の始まりだった。
そうして少女と友人の追いかけっこが始まった。廊下を短距離走並みの速さで走り、教室にある机や椅子を薙ぎ倒し、窓ガラスが何枚も割れた。
最終的にはその惨状を見た不良生徒が怯えて自首をしてその事件は幕を閉じた。
そして学校内を荒らしに荒らした二人は、二人揃って教師にこっぴどく怒られ、反省文を用紙六枚分書かされた。その結果…………
「やかましい! そもそもお前が勘違いしたのが悪いだろ!」
「確かに間違えたのは私の責任だが、私を撒くという理由で竹刀で窓ガラスを割ったのはキミの責任じゃないか! アレのせいで反省文の枚数が増えたんだぞ!」
このように二人は犬猿の仲になったのだ。
さて、口喧嘩もヒートアップしており、周りの人達の視線が冷たいものになってきており、このまま続けば出禁を告げられても仕方がない状況だろう。
「二人とも落ち着いて!! ここは店の中!!」
少年は二人より大きな声を上げながら机を強く叩きつけた。そうして静寂が生まれる。二人はハッとして、周りの人達にすみませんでしたと言いながら謝った後、静かに席に着いた。
「……悪かった。すごい熱くなってた」
「私もごめん……あの時のことを思い出してイライラしていたよ……」
二人は少年に頭を下げる。
「二人の気持ちもわかるけど次からは抑えてよ……」
「あぁ……」
「誠に申し訳ない……」
その場が落ち着いた時、三人の元に店員がやって来る。
「えーと……」
「あ、すみません。まだ注文してませんでしたね」
そうして各々の昼食と飲み物を注文した。店はあのような騒ぎを起こした三人を客として扱ってくれたようだ。
「ごちそうさまでした」
昼食を食べ終え、三人は手を合わせた。
「美味しかったな!」
「さて、そろそろ良いだろうか?」
少年はお水を一口飲んだ後、話を切り出した。
「改めて、二人を呼んだのは自分の悩みを聞いて欲しかったんだ」
「おう、なんでも聞いてくれ」
「困った人は見過ごせないからね、気兼ねなく言ってくれたまえよ」
友人と少女は大きな声を出さないよう抑えながら返事をした。
「ありがとうね、少し……いや、かなりデタラメな話なんだけど………」
そうして少年は語り始める。二十五日に届いた紙について。前の時の三十一日にあったこと。……自分が一度死んで過去に戻ってきたこと。自身の身の回りで起こった異様な出来事を全て話した。
「…………」
「ふむ……死に戻り。か」
少年の話を聞いた友人は口を開け絶句しており、少女は唸りながら右手の人差し指を額に押し付け考えごとをしていた。
「……やっぱり信じられないよな」
なんとなく予想はできていた、このような荒唐無稽な話をそのまま話したとしても信じてくれないということに。しかし自身のために相談に乗ってくれた二人に対してはありのままに説明しようと思ったのだ。
しばらくの沈黙の後、友人が重たい口を開いた。
「うん、信じる。俺はレイを信じるよ」
「……本当に?」
「あぁ、レイがこんなことで嘘を吐く人間じゃないのは俺がわかってる」
そう言って友人は照れくさそうな笑みを浮かべた。
「ありがとう」
一方少女はまだ考えごとをしているようだった。
「八代……」
少年の呟きに返事をするように少女が口を開いた
「申し訳ないが……さすがに全ては信じられない」
「そっか……それなら仕方な━━」
「だから!未来から戻ってきたという証拠が欲しい!」
「え?」
少女は席から立ち上がり、声高々に言った。周りの人達の視線が一瞬だけこちらに向いて来た。
「ヤシロ、声抑えろ」
「おっと失礼、だが色々考えた結果ね……やはり時田クンの話を信じるには証拠が欲しいんだ」
そう言いながら腕を組みうんうんと頷いた。その様子に少年と友人は困った表情を浮かべる。
「証拠って……レイ、何かそういうのあるか?」
「証拠……証拠かぁ……」
少年は考える、自分が未来から来たと証明できるモノを。
(あの写真を見せるか? でも未来から来たという証拠にならないし……)
「証拠と言っても物的証拠じゃなくても良いんだ。例えばまだ発表されてない情報も証拠になる」
悩む少年を見て少女は補足する。
(未来の情報かぁ、━━あ!)
何かを思いつき目を見開いた。それを見ていた友人と少女から期待の眼差しを向けられる。
「ゼファール」
「うん?」
「今夜に発表される新作ゲームのタイトルがゼファールって名前なんだよ!」
「「新作ゲーム……?」」
友人と少女は呆気に取られたように少年の言った言葉をそのまま返した。
「明日またここで会わないか? その時には俺が未来から戻って来たって信じてくれてると思うからさ」
「ふむ、私はそれで構わないよ」
「俺もそれでいいぞ」
二人は少々戸惑いながらも少年の提案を受け入れた。
「よしそれじゃあ今日はこれでお開きにしよう!」
その一声によって話し合いは終わった。
――――――――――――――――――――
十九時三十二分
少年は家に帰宅し、その後に夕食、お風呂に入り今は自室のベッドに横になりながらスマホの画面を見ていた。目的はもちろん今日発表されるであろう新作ゲームの最新情報。
「あ、始まった」
生放送が始まり画面にはゲーム開発者が映っており、既に発売されているゲームのアップデート情報を話していた。
「一度聞いたからあんまり新鮮味が無いな……」
そうして生放送も終盤になった時、唐突に画面が暗転した。
「来た!」
その直後、ファンファーレと共に刀を持って激しく戦闘をする男性が映り、後に続いてヒロインらしき女性が魔法を使って敵を倒す映像が流れた後、タイトルロゴが出現した。
『ゼファール』
そうして新作ゲームのタイトルが発表された。その動画を見た少年は安心したようにため息を吐いた。
「はぁ、良かった……」
現在の時間は十時三十分。少年はスマホの電源を切りベッドから起き上がり鞄の中を漁った。
「…………」
取り出したのは今も少年を苦しめている紙だった。少年はそこに写っている自分の姿を見て決意を固めた表情をする。
「死にたくない」
そう言った後、紙を再び鞄の中へ戻しベッドに横になった。
(三十一日まで今日を除いて残り四日、それまでに生きる方法を見つけるぞ!)
少年は決意を胸に秘めながら眠りに着いた。
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