7月31日
九時二十一分
「う、うーん……」
蝉の鳴き声とカーテンから漏れる微量な光を目元に受け少年は目を覚ました。
起床した少年は眠たげな目を擦りながら枕元に置いてあるスマホの電源を入れた。
「ふわぁー、もう九時半じゃん。デイリーやらないと」
そうしてアプリをタップしゲームを始める。
「お、レアアイテムゲット」
ゲーム内のミッションをこなした後、報酬を受け取りそのままスマホの電源を切った。少年の毎朝の日課だった。
(さーて、朝ごはん食べるかぁ)
ベッドから起き上がり寝間着からTシャツにジーンズという格好に着替える。そして部屋を後にしリビングへ向かった。
リビングに向かうと少年の母親がテレビを見ながら洗い物をしていた。朝の情報番組からは『最新の健康!大豆の力!』といった感じの物が流れていた。
「怜、おはよう」
「うん、おはよう」
テーブルの上には白米に卵焼き、味噌汁が一人分だけ置かれていた。少年はテーブルに座り手を合わせいただきますと言ってそれを食べ始めた。
「……大豆ってそんなに健康に良いのかな?」
「ビタミンとかミネラルが豊富らしいわよ」
「へー。……なんかポークビーンズとか食べたくなってきた」
「今朝ごはん食べてるじゃない……」
そんな会話をしながら少年は朝食を食べ終えた。少年は食器を重ね、母親がいる台所に持っていき洗面台に食器を置いた。
「ごちそうさま」
そうして少年は自分の部屋に戻った後、机の上に座り鞄の中から夏休みの課題を取り出した。
「さーて、少しだけ進めるかぁ」
〜♪〜♪
勉強を始めようとした直後、スマホから音楽が流れ始めた。少年はスマホを手に取り耳に当てた。
『おはよう!』
スマホから友人の声が聞こえた。
「肇か。おはよう」
少年はスマホを耳に当てながら教材のページをめくる。友人はいつもと変わらない元気で大きな声で話し始める。
「今日の夜予定空いてるか!?」
「夜?空いてるよ」
少年の返答を聞いた友人は、おぉ!と喜んだ。
「この前話したんだけど、俺の部活の休み今日までじゃん」
「そういえばそうだね」
少年は剣道部の監督が融通を効かせて休ませてくれたということを友人から聞いたのを思い出した。
「だから英気を養うためにさ、夜に遊ぼうぜ!」
「夜かぁ……」
そうしてしばらく考えた後、少年は答えた。
「いいよ。じゃあ夜に遊ぼうか」
「本当か!じゃあ午後六時半に駅前でな!」
少年は了解と言って通話を切り、そうして筆箱からペンを取り出し夏休みの課題を始めた。
――――――――――――――――――――
十九時三十四分
狭い防音室の中から聞こえるのは友人の歌う声だ。最新の特撮ソングを気分良く歌っている。
夕食を食べ終えた後、少年と友人は今日の遊びの締めとしてカラオケ屋に行っていた。
少年はテレビに映っている映像と友人を交互に見ながら楽しそうにタンバリンを叩いていた。
「行ーくぜぼーくらーのー、シャチホコ〜〜ファーイブ……だ!!」
マイクを掲げ、力強く最後のフレーズを言い切った。
歌い終わった後、友人はヒューと息を吐きマイクをテーブルに置きソファに座った。
少年はパチパチと手を鳴らした。
「相変わらず歌上手いよなぁ」
「だろ!俺って才能あるのかねぇ!」
少年は飲み物を一口飲んだ後、マイクを持って立ち上がる。カラオケのテレビには二十年前の洋楽のタイトルが映っていた。
「Yeah━━Ok.━━Aah」
先程の曲とは打って変わりウクレレの心地良い音と共に少年の高い声が防音室を静かに響かせていた。
「Lalalala〜」
歌い終わった後、少年は席に戻り再び飲み物を飲んだ。その直後、とても大きな音の拍手を響かせた。
「レイも歌上手いじゃん!歌詞はよくわからんけどすごいカッコいいな!」
「はは、ありがとうね」
友人はコップの中の飲み物を呷り立ち上がって、自身も少年のグラスを持った。
「おかわり取ってくる!」
「あ、じゃあオレンジサイダー」
あいよ、と言って友人は部屋を出た。
「………………」
ふと少年はスマホの電源を入れる。ホーム画面の時計は十九時四十分の時間を示していた。
「……やっぱりただのイタズラだったな」
少年はふぅ、と息を吐き軽く笑いゲームのアプリを開いた。ゲームのホーム画面には大きな時計を持った銀髪の女性が映ったいた。
「スキルも最大までなったし、これで来月のイベントも楽しめそうだな」
そうしてゲームを放置し映っているキャラを眺めていると、そのキャラクターが話し始めた。
『時間を操れるのが羨ましい?そうでもないよ。
時間を操るのは簡単だけど、物事の事象という物は変化を嫌うんだ。たとえ時間を操れたとしてもその事象を変えるのは至難の技なのだよ』
「事象……か」
『キャーーーー!!』
少年がそう呟いた時、外の方から女性の叫び声が聴こえてきた。それに続いて"警察を呼べ!"と言った騒がしい声が響いてくる。
「うん?何かあったのか?」
その直後、バンという音と共に少年のいる部屋の扉が勢いよく開かれた。
少年はそれに反応して扉の方へ目を移し扉を開けた人物を見た。
「だ、誰だ!」
その人物は身長が百八十センチ以上ある大柄な男だ。真っ黒のジャケットに真っ黒のズボンの真夏の日とは真逆の服装をしており、顔は目出し帽をしていてわからなかった。
しかし少年が一番目を引いたのはその男の服装ではなく男の右手……大きな火傷の痕がある右手で握っている物だった。
「……拳銃?」
この日本では持ち運ぶことすら困難な代物、それを目の前の男は持っていたのだ。
少年は立ち上がり男から離れようと距離を取ろうとしたが━━。
━━バァンッ!!
乾いた音が鳴り響くと同時に少年の足元の床に小さな穴が空いた。
それを見て、聞いた少年は驚いて身動きができなくなってしまう。
(ほ、本物……)
動揺する少年を余所に男は少年の顔をじっくりと観察していた。そうして一言。
「……こいつか」
男はそう言うと右手に持っていた物を少年の頭に向けた。
「━━え?」
ソレを向けられ少年は一瞬だけ頭が真っ白になった。しかし男はそんな様子気にもせず引鉄に指を掛け、そして━━
━━━バァンッ
頭に強い衝撃が走る。瞬間、少年の目の前に赤い色の液体が飛び散り、自身の身体はそのまま後ろの方へ倒れてしまった。
(━━━━━)
一瞬の出来事。なんで?どうして?少年はそんなことすら考えられない。
そして、倒れる途中、少年が最後に見たのは手に持ったスマホが宙に浮いている光景だった。画面には"七時四十三分"という表示がされていた。
――――――――――――――――――――
「うわぁ!」
叫ぶような声を上げながら少年は目を覚ました。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
少年の呼吸は荒く、額には汗がびっしょりと張り付いていた。
「……え?え?」
目を覚ました少年は動揺したように自分の部屋を見渡す。まるでこの場所に居ることが異常だと言うように。
「俺の部屋?どういうことだ……」
少年の顔は悪夢を見た恐怖より困惑の方が勝っていた。いつもと同じ部屋、同じ朝、同じ光景なのに少年はそれを異常と感じてしまっていた。
「一体何が━━」
その直後、ドアから軽く叩く音が聞こえる。
「怜?大きな声がしたけど大丈夫?」
少年の母親の声だった。ドア越しで心配する様に話しかけてきた。
「え?」
母親の声を聞き、少年は再び動揺した。まるで全く同じ出来事が以前にも起きたかのように。
「本当に大丈夫?体調悪いの?」
母親の心配する声が一層大きくなっていた。少年は慌てたように話し始めた。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと怖い夢見ちゃってさ」
「あ、そうだったのね。じゃあ私は朝ご飯作りに行くわ」
リビングに向かう母親の足音を聞き、少年はベッドに座り込んだ。
「…………まさか」
枕元に置いてあるスマホを開いてホーム画面の日付と時刻を確認した。
七月二十六日 六時四十三分
それを見た少年は信じられない物を見たような表情を浮かべた。
「どういう事だよ……」
それはとうに過ぎた過去。二度と戻らないはずの時間が表示されていたのだった。
――――――――――――――――――
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