7月28日、変化。
七時四十分
「うーん……」
眠たい目を擦りながら少年は目を覚ました。
「今日も暑そうだなぁ……」
カーテンを開くと眩しい日差しが少年に向かって降り注いだ。外からは蝉がミンミンと夏の音色を奏でていた。
「ふぁーあ……、今日も頑張るかぁ」
少年は大きなあくびを上げながら寝巻きを着替え、部屋を出た。
少年がリビングに行くと少年の母親は朝食を作っており、父親はコーヒーを飲みながら新聞を見ていた。
「怜、おはよう」
「今日も早いな」
「二人とも、おはよう」
椅子に座り母親の作る朝食を待っていると、父親が話しかけてきた。
「最近は物騒だな」
「いきなりだね。どうしたな?」
「ここを見てみろ」
父親が見せたのは新聞の記事だった。そこには『日歳連合、不穏な動きが!?』という内容の大きな見出しが書かれていた。
「簡単に言えば内輪揉めだな。現在指名手配中の二橋亮二が連合の情報を漏らしたんだ。その報復のためにそいつを捜索しているという事らしい」
「……なんでそんなことになったんだろうね」
「テロリストの考えることはわからないな。怜も出歩く時は気をつけてな」
「うん」
そうすると母親が朝食をテーブルに並べた。そうして三人は手を合わせる。
「「「いただきます」」」
朝食を食べていると、テレビの映像が目に入った。そこには先程の話題に上がった日歳連合のニュースが流れていた。
『日歳連合は現在逃亡中の二橋容疑者を追って……』
テレビには日歳連合の構成員らしき数人の男性の写真が表示されていた。
その映像を見ていた少年は疑問を持っていた。
(俺がそこまで新聞を見ないというのもあるけど、前回はここまで日歳連合が取り沙汰にはされてなかったよな……)
前回、少年の周りで起きた出来事に、このような話題は大きく上げられなかった。しかし現在は世間が注目する程の大きな話題になっていた。
(なんでここまで大きく取り上げられるようになったんだ?)
『先日の十六時に連合の情報がリークされてからこの動きです。連合からすればかなり面を食らったと言ったところでしょうか』
「え……?」
そうして考えを巡らせながらテレビを見ているとコメンテーターが気になる事を話していた。
昨日の十六時。それは少年達がカラオケ店周囲の聞き込みを諦め、解散してから一時間程経った時間だった
(偶然か? いやでもこれを偶然として片付けるにはおかしい━━)
ふと甲高い機械音がスマホから鳴り響いた。朝食を食べる手を止め見てみると少女からのメッセージだった。
『ニュースは見たかね?』
ニュースとは先程の日歳連合が動いた内容のことだろう
『見た』
『それなら話が早い』
『昨日の話だが、先程のニュースの内容と関連してそうだ』
『一応気に留めといてくれ』
『わかった』
少年はメッセージを返すと、再び朝食を食べ始めた。
(関連してそうだ……か)
文面から察するに少女はある程度こうなることを予測していたようだった。
少年は疲れたように小さな溜め息を吐いた。
(色々複雑になってきたなぁ……)
そして朝食のパンを思いっきり齧り付いた。パンに塗られたマーガリンの塩気とイチゴジャムの甘みが少年の舌に溶けていった。
―――――――――――――――――――――
八時二十三分
騒がしい駅前、少年は集合場所の喫茶店に向かって歩いていた。しかしその顔は地面の方を向いておりその様子は何かを考えているようだった。
(二橋亮二……日歳連合……わからないことが多すぎる上に状況が急に動いている……)
悩みの種は二つ。少年を殺した者の捜索の難航と、その人物を取り巻く環境の激変だった。
このまま見つからなければどうなるか。それを避けるためにどうするべきかを必死に悩んでいたのだった。
しかし。
「うおっ!」
「おっと」
地面を向いて歩いていた影響で通行人とぶつかってしまった。ぶつかった拍子に通行人の持っていたバッグが落ちてしまいその中身が散らばってしまった。
「すみません!」
「散らばってしまったか……」
少年は慌てて散らばった物を拾い集める。ぶつかった通行人も同じように拾ってバッグの中に戻していく。
「うん? これって……」
拾った物のいくつかを見てみるとそれは本だ。『山彦の殺人』、『B裏通り事件簿』、『狂犯』といったタイトルでどれもミステリー小説だった。
「どうしたのだ?」
タイトルを見ていた少年に通行人が話しかけてきた。少年はハッとして背後にいる通行人の方へ振り返った。
「あ、どうぞ」
「すまないな」
通行人は色黒の肌をした長身の青年だった。黒のシャツに白色のジャケット、白いズボンといういかにも好青年という見た目をしていた。
「すみません。ボーッとしてました」
「大丈夫だ。
二人はお互いに謝った。そしてふと間ができたところに少年が質問をする。
「……そういえばミステリーが好きなんですね」
「おや、見てしまってたか」
青年はニヤリと笑みを浮かべた。
「
「そうだったんですか。ミステリー…………」
ミステリー作家。その言葉を聞いて少年は目の前の青年に対してふと疑問をぶつけたくなった。
「一つ、質問していいですか?」
「……構わないが」
「例えばなんですけど……探しても探しても見つけられない人がいたとします。そんな人を捕まえるにはどうすればいいんでしょうか?」
「ふむ……なぞなぞの類か?」
「いえ、ミステリーのトリックでそういうのがあるかなぁって……」
「ふむ、見つけられない人を捕まえるには……か」
青年は右眼だけを閉じ、右手の人差し指を唇な当てて考え始めた。
そうして二十秒ほど経っただろうか。青年はゆっくりと口を開いた。
「探している人物自身を見つかる場所に移動させる……だな」
「見つかる場所に移動させる?」
青年の答えを少年はオウム返しのように聞き返した。
「見つからない人を闇雲に探しても見つかるわけがないだろう? なら逆に向こうから見つかるような状況を作り出すのだ」
「具体的にはどうやって……」
「例えば、四方を高い壁に囲まれた部屋に君が閉じ込められたとしよう。その時君はどうする?」
「出口を探しますね」
「だろうな、しかしいくら探しても出口は一向に見つからない」
駅前の喧騒の中、青年は一呼吸置くように黙った。
「それじゃあ、どうすればいいんですか?」
「その様に君が悩んでいたその瞬間、唐突に壁の一つが崩れて無くなった。さて、君はどうする?」
「崩れたところから脱出…………あ!」
少年は自分の答えに驚いた。普通ならいきなり壁が崩れたことを怪しむ。しかしこの時、少年は『壁が崩れた理由を考えずに脱出する』という答えを出したのだ。
「それと同じだ。追い込まれた人間は少しでも希望の可能性を見ると疑いもせずに飛び込む生き物だ。それが罠だとしてもね」
「なるほど……!」
少年としてはこの考えは意外だった。先程までは
「しかしこれは性格、クセ、好きな物や嫌いな物、取り巻く環境など相手の情報を知らないとできない手段だ。何も知らない人間を罠にかけることはできないからな」
青年の言葉は少年の耳にスッと入って行く。複雑に絡まった思考が一つの道に定まった感覚が生まれる。
「ありがとうございます! 頭の中がスッキリしました!」
「そうか? まあ
「それではこれで失礼します!」
そうして少年は再び喫茶店に向かって歩き始めた。
手段は見つけた。次はその手段を実現する様に動き始めた。
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