7月28日、会議。

八時四十分


「最近本当に暑いわぁ」「そういえば三日後に投票日ね」「…………おかわり」「キタキタキタキタキタキタァァァ!」


 喫茶店『楽久優ラックユー』は朝の時間でも盛況している。店員の女性は注文を取ったり、料理や飲み物を運んでいたりととても忙しそうだ。

 そうして店員は奥の席、三日連続で同じ席に座っている三人組の元に注文されたドリンクを運んできた。


「こちらアップルジュースの方は……」

「私だ」


 少女は目の前に出されたアップルジュースにストローを刺した。


「紅茶のお客さまは……」

「俺です!」


 友人は紅茶を受け取りテーブルに置いてある角砂糖を一つ、ティーカップの中へ入れた。


「ミルクティーです。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 少年は小さなポットに入ったミルクとガムシロップを受け取ったアイスティーに入れスプーンで回し始めた。

 そうして各々出された飲み物を一口飲んだ。


「アップルジュースも美味しい。しっかりとリンゴの甘さがわかる」

「ふぅー。夏場に飲む紅茶も結構イケるな」

「シロップ一つだけでも結構甘くなるんだなぁ」


 一息付いてリラックスした後、少女が話を切り出した。


「昨日も知らせたと思うが、気になることがあるんだ」

「気になること?」

「昨日の捜索していた場所についてだ」


 突拍子も無い内容だから話を纏める時間が欲しい。少女はそう言っていたのを少年は思い出す。


「あの場所なんだがな……夏の怪異が目撃されていた場所だったんだ」

「夏の怪異……」


 夏の怪異。暗い夜の街で男の幽霊の影が呻き声を出しながら現れて見た者を呪うという噂話だ。それを聞いた少年はその眉唾な情報から信じてはいなかった。


「その夏の怪異の何が気になるんだ?」

「もしかしたらだが……夏の怪異の正体は二橋亮二なんじゃないか?」

「はぁ?」


 少女の推理に友人が困惑の声を上げた。街の噂話の正体が指名手配されている犯罪者。確かに突拍子も無い話だろう。


「そんな根も葉もない噂話の正体の根拠があるのか?」

「あるにはある。まず二橋亮二の状況だ。彼は指名手配がされていて自由に動けない。しかし生きるためには水や食べ物が必要だろう。では、それを手にするためにはいつ活動する?」

「まあ、深夜の時間帯だわな」

「その通り! 水は公園の水道水から調達できるが問題は食料だ。恐らくだが彼はコンビニとかで出た廃棄された弁当で飢えを凌いでたと思うんだ」

「それならホームレスも同じことやってるだろ? なんでそれが夏の怪異になるんだよ」


 少女は友人のその言葉を待ってましたと言わんばかりに『フッフッフッ』と笑った。


「彼は指名手配されているんだ。顔は絶対に見られたくないだろう。ならどうするか、目出し帽とかで顔を隠すとかするんじゃないか?」

「あっ!」


 少年が殺されたあの時、確かに犯人は目出し帽を被っていた。


「さて、ここで考えてみよう。夜にコンビニの裏手で物音がした。見てみると大柄な人間がゴミ箱を漁っていたのだ。人間の顔を見てみると……その顔は真っ黒だった!」

「確かにそれなら幽霊とかに見えても仕方がない……」

「そういうことさぁ!!」


 少女は勝利宣言のように声高々と言い放った。その声はざわざわとしていた店内が鎮まるには充分だった。


「あっ…………」


 気づいても既に手遅れ。女性店員が少年たちの元へ笑顔で歩み寄った。


「申し訳ありませんが、もう少し声を落としていただいてもよろしいでしょうか」

「あ、すみませんでした……」


 店員の笑顔の圧力を受け、少女は縮こまってしまった。


「と、ともかく一つ目の根拠はこれだ」

「レイはこの考えはどう?」

「うーん……」


 確かに聞いてて矛盾は感じない。しかし少年の中で一つだけ疑問が残る。夏の怪異の。この噂話だが、広まりすぎなのだ。小学生や中学生ならともかくご老人までもがこの噂話を知っていたのだ。偶然の可能性もあるが少年はそのことがどうしてもが気になっていたのだ。


「少し気になることもあるけど……今は根拠の続きを聞きたい。まだあるんでしょ?」

「もちろん。二つ目の根拠なんだが……今朝のニュースだ」


 今朝のニュース。二橋亮二が日歳連合の情報を漏らし、その影響で連合の人間が二橋亮二を追っているというものだ。


「これに関してなんだが……色々出来過ぎではないか?」

「うん? どういうことだ?」

「昨日、聞き込みを切り上げたのが十四時半、その後に日歳連合の情報が漏れたのが十六時だ。偶然にして早すぎではないか?」


 少年はそこが気になっていた。前回では大きく取り上げられなかった日歳連合の話題、そして昨日行った行動からの情報が漏れるまでの早さ。少年の中に一つの結論が出てくる。


「俺たちが二橋亮二の捜索をしたから情報を漏らした……てことか?」


 少年の言葉に少女は頷く。


「そうだ。昨日は三人で結構広い範囲で聞き込みを行っていた。それこそカラオケ店の周辺ではそれなりに話題になっていたんだ。その噂を聞いた二橋亮二は焦ったのではないかね。『自分を追っている者がいる』と言った具合にね。これと夏の怪異は結びつけれるのではないかな?」

「待った。俺たちがソイツの聞き込みをした影響で焦ったと言うのはわかるが…………なんでそれが自分の所属している組織の情報を漏らすことに繋がるんだ?」

「それは確かに。うーむ…………」


 友人の疑問に少女は唸った。組織の情報を漏らすというのは組織に対する裏切りになるだろう。何故その様な行動をしたのか、少年たちは理解できなかった。


「そのことについてなんだけどさ、一つ提案があるんだ」

「「提案?」」


 その言葉を聞き二人は少年の方へ向いた。


「俺たちは日歳連合の二橋亮二を追ってるだろ、ソイツに関して俺たちはどれくらい知っているんだ?」

「確かに、私たちは日歳連合がどのような組織かや二橋亮二がどういった人間なのかは全くわかってない」

「だからさ、一旦ここで情報集めをしないか?」


 敵を知る。先程ぶつかった青年が示した方法をやるには情報が必要なのだ。どのような組織で、地位はどれくらいか、普段の活動は何をしているのか。少年たちには情報が足りないのだ。


「俺は良いぞ。このまま聞き込みだけやっててもジリ貧だしな」

「私も大丈夫だ。それで、どうやって調べるんだ?」


 少女の質問に少年は鞄からとあるモノを取り出しテーブルに置いた。


「まずは文明の利器を頼らないとな」


 一台のスマホがそこにあった。

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