7月29日、選択。
九時十九分
「━━ッ!」
目を覚ました少年は目を見開き、辺りを見回した。
「早く捕まって欲しいわ〜」「そのおかげで今日は休業してしまったのよ……」「こいつがあればボクは神になれるぅぅ!!」「…………」
それは以前見た光景。喫茶店『
「どうしたんだ? 急にキョロキョロして」
「何か気になることでもあったのかい?」
そして目の前には友人と少女の姿。
少年は一度体験した光景。しかしそれで疑問が解決する訳でもない。
「な、なぁ……今日って何日だ?」
「今日? 七月二十九日だよ」
そこで少年は確信する、再び戻ってしまったのだと。
ふと額に手を当てる。そこに穴は空いていなかったが、あの時の痛み、そして死の感触が少年の背筋を凍らせた。
「大丈夫か、顔真っ青だぞ」
「その挙動、そして唐突に日付を聞く。……まさか戻ってきたのかい?」
「あぁ……」
少女の言葉に少年は頷く。それを聞いた友人は驚きの声を上げた。
「マジかよ! さっきまで飲み物を飲みながら話してたのにか!」
「確かに驚くが、今大事なのは時田クンが何を見たかだ」
少女が少年を見つめる。つまるところ、話せ。という事だろう。少年はアイスティーを一口飲み話し始める。
「三十一日のあの時間、二橋亮二が自宅に現れたんだ。そして……」
「そこで良い。無理に最後まで思い出す必要は無い」
少女は何かを考え込む。
そしてすぐに口を開いた。
「もしかしたら何か選択を間違えたのかもしれない。何か心当たりはあるかい?」
「心当たり……そういえば━━」
その直後、少年のスマホに着信音が届く。
「……はい、時田です」
「おはよう時田くん」
あの時と同じ、スマホから秋元五希の声が聞こえた。
「……おはようございます、五希さん」
「おはよう。ようやく二橋亮二の潜伏場所が見つかったわぁ、寝る間も惜しんでやった甲斐があったわよぉ」
少年はその後の言葉を知っている、彼女が一つの選択を迫る事に。
「それで、教える前に一つ━━」
「二橋亮二を追うのを諦めて欲しい」
「え……?」
自身の考えを言われたからか、電話越しの彼女から唖然とした声が聞こえる。
「危険な状況に俺たちを巻き込みたく無い……ですよね」
「どうして私の考えが、もしかして……!」
彼女もどうやら察したようだ。少年の身に何が起きたのかを。
「あの時、自分は二橋亮二を追うのを諦めました。ですが今回は諦めませんよ」
「……わかった、潜伏場所を教えるわぁ」
彼女は力が抜けたようにため息を吐いた。
――――――――――――――――――
九時五十分
「ここって……」
教えてもらった二橋亮二の潜伏場所、そこは住宅街にある一つの建物だった。
華々しい繁華街とは違いこの辺りはとても静かな雰囲気で、少ないが街の住民が出歩いていた。
「まさかこんな住宅街に潜んでるとはな」
「……ふむ、確かに周辺に神社が一つあるな」
少女がスマホで辺りの情報を調べている。
一方少年は、この辺りの景色には見覚えがあった。それどころか子供の頃には毎日と訪れていた景色だった。
「
「おや、知っていたのか?」
少年の憩いの場、二橋亮二はその場所を探していたのだろうか。少年の頭には一抹の不安が過ぎる。
「肇、竹刀を出しといてくれる?」
「そうだな」
友人は周りに人が居ないのを確認し、袋の中から竹刀を取り出した。
「よし、行こう」
静かに建物の扉を開き、少年たちは入っていく。
建物の中は昼間の時間帯だが薄暗い。
「……慎重に行こう」
「了解」
「オーケー」
この建物は元々飲食店だったのか、広いホールが少年たちを出迎えた。
辺りに人の気配は窺えないが、所々に最近人が通った痕跡が見える。
「ここには居ないのか?」
「居るとしたらキッチンかスタッフルームだろう」
そうして少年たちは一番近いキッチンの方へ進む。
キッチンはホールより暗く、更に長年放置された影響か下水道のような匂いが漂っていた。
「臭いな……」
「さすがにここには居ないだろう」
「匂いキツイからな。まったく、何でこんなに臭いんだよ……」
そう言いながら友人はおもむろに置いてあった冷蔵庫を開いた。
「何だこれ?」
「どうしたの?」
「これ見てくれよ」
友人が見せたのは一つの封筒、紙の感触はまだ新しかった。
「手紙?」
「さすがに読んでいる余裕は無い。拝借して後で読もうか」
「そうしようか」
友人はズボンのポケットに封筒を突っ込んだ。
「よし、スタッフルームに行こう」
――――――――――――――――――――
十時二分
スタッフルームの扉はホールの奥にあった。
「……入るぞ」
そう言って友人は扉を開く。
「…………」
「…………」
「…………」
スタッフルームの中は真っ暗で、部屋の中に何があるのかすらわからない状況だった。
少年たちはゆっくりと静かに入って行く。
「あ……」
「いたな……」
入った瞬間に気づいた、部屋の奥のテーブルにある椅子に座って蹲っている人間がいる事に。
意識が無いのか少年たちが部屋に入っても気づく素振りが無く、顔は黒いコートでよく見えない。
「……こいつが二橋亮二か?」
友人が竹刀を構えながらその人間の元へ近づきコートを捲って蹲る人間の顔を見てみた。
「あれ?」
そこにあったのは一体の大きな人形だった。
「まったく、人が寝てたのに邪魔なんかしちゃって」
「キャ!?」
瞬間、扉の方から男の声と少女の叫ぶ声が聞こえてきた。
慌てて振り返るとそこには長身の鋭い目をした男、二橋亮二が少女を拘束しながら立っていた。
「二橋━━」
「動くな。彼女がどうやってもいいのかい?」
「すまないな……足を引っ張ってしまった」
「ヤシロ……」
二橋亮二の手には小さな果物ナイフが握られており、少女の首元に当てている。
「クソ………」
「お前たちが俺を捜索していた高校生三人組か」
二橋亮二は少年と友人を交互に見る。
優位な立ち位置にあるからか余裕の表情を浮かべでいる。
「それで、何で俺を捜索してたんだ? 夏休みの自由研究か?」
二橋亮二の問いに少年は━━
「……殺されないために」
ありのままを話すことにした。
「は?」
「殺されないために貴方を探してたんだ」
二橋亮二は訳が分からないと言った顔をする。
その様子を無視しながら少年は話を続ける。
「七月三十一日、十九時四十三分。俺は貴方に二回殺された」
「何を言ってるんだ」
「そして、いつの間にか時間が戻っていた」
「時間が戻っていた?」
時間が戻っていた。心当たりがあるのか二橋亮二はその言葉に強く反応をした。
「そして貴方を見つけ、自分の身に何が降り掛かっているのかを知るために動き、そしてここまで辿り着いた」
少年は二橋亮二を真っ直ぐと見据える。
二橋亮二の方はというと何やら考え事をしていた。
「時間の逆行……
「ヤシロ! 今だ!」
その隙を突き友人は二橋亮二に竹刀を振り下ろす。しかしその一撃は避けられてしまったが、避けた時に少女を放してしまう。
「大丈夫か八代!」
「あぁ、心配ない。そこまで強く絞められてなかったのでね」
攻撃を避けた二橋亮二は未だに何か考え事をしていた。
するとおもむろに果物ナイフを地面に落としそれを蹴ったのだ。
「……降参だ」
そして両手を上げ軽く鼻で笑った。
「いきなりだな」
「お前に興味を持った。おそらくお前たちの目的は俺を通報することじゃなくて話を聞く事だろ?」
少年の方を見据えながら、二橋亮二は鋭い目を細めた。
「俺だって好き好んで人殺しなんてしない。それより色々気になる事ができた」
そうして二橋亮二はスタッフルームにある椅子の下まで歩き、落ちているコートを拾った。
「ま、長くは話せないだろうが、じっくりと話そうぜ」
椅子で蹲る人形を退けてドッシリと座り込んだ。
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