7月29日、急転。

九時十九分


「昨日のニュースは凄かったわね〜」「まさか近所のデパートを襲撃するなんてね……」「こいつはぁ!! こいつはすごいぞぉ!!」「…………おかわり」


 蝉の鳴き声が聞こえる夏の朝、喫茶店『楽久優ラックユー』の店内では先日の事件の話題で持ち切りだった。

 そして今日も変わらず奥の席に座っている見慣れた三人組もその事件のせいなのか顔の表情がこわばっていた。


「はぁ、昨日のデパート襲撃を知った時は思わず叫んじまったぞ」


 そう言いながら友人はアイスコーヒーの入ったカップにガムシロップを入れる。友人の座る席の傍らには竹刀袋が立てかけてあった。


「ここに来るまでに色々な道行く人の話を耳にしたが、その話ばかりだった。まあこの街で起きた大規模な事件だから仕方ないが……」


 どこか疲れている様子の少女はミックスジュースをストローで啜っている。


「とりあえず事件の詳細を調べたから報告するよ」


 アイスティーを飲んだ後、少年はスマホを開く。


「七月二十八日の二十二時頃、既に閉店していた春神デパートにて不審者が侵入したのを警備員が目撃。通報を受けた警察が駆けつけると不審な男女三人の姿を発見、確保しようとするが犯人の抵抗が激しく、逃げられた上に警察にも六人の負傷者が出てしまった。その後の捜査でデパートでは3階のフードコートのフロアが荒らされており、現場に残った痕跡から日歳連合の犯行と断定。春神警察署は近辺の交通規制と捜査の強化をした。というのが主な内容だ」

 

 男女三人組というのは昨日出会った彼らのことだろうか。

 そんなことを考えていると少女が話し始める。


「この事件で重要なのは警察官に負傷者が出たことだ」

「どういうことだ?」

「これまでの日歳連合の事件は警察官への被害は出ていなかった。しかし今回の事件で警察官に被害が出てしまった。身内の被害を嫌う警察はより一層日歳連合の確保に力を入れるだろう」


 つまるところ、警察は今までより本気で日歳連合の捜査をするということだ。


「それって良いことなんじゃねぇの?」

「確かに良いことだ。だが私たちは容疑者の三人と接触してしまった」

「あ……」

「あー……」


 少年と友人の声が騒がしい店内に響く。


「容疑者が逮捕されれば、接触していた私たちにも事情聴取を受けることになるだろう。その間は警察署に拘束されるし、最悪の場合逃走幇助の罪に問われる可能性もある」


 つまり昨日出会った三人が捕まってしまうとこれからの捜査をするのが厳しくなるということだ。


「それに三十一日まであと二日だ。それまでに二橋亮二を見つけなければ……」

「だけど今は連絡を━━」


 連絡を待つしかない。そう続けようとした時、はかったように少年のスマホから着信音が鳴った。

 

「はい、時田です」

「おはよう時田くん」


 それは少年たちが待っていた人物の声だった。


「五希さん!」

「ようやく二橋亮二の潜伏場所が見つかったわぁ、寝る間も惜しんでやった甲斐があったわよぉ」


 少年は心の内で歓喜した。これでようやく自身の死の真相が知りれる。そしてあの痛みを味わう必要が無くなるということに。


「それで、潜伏場所はどこ━━」

「その前に」


 女性は少年の言葉を遮る。その声は先程の眠そうな声ではなく、一人の警察官の声だった。


「昨日の事件は知っているわよね」

「……はい」

「今警察署ではそのことですごくピリピリしてるの。そして時田くんが知りたいのはその容疑者の可能性のある人物の潜伏場所」


 淡々と説明するその声に少年に緊張が走る。


「個人的に貴方たち協力はしたい。だけど、私は警察官。貴方たちが危険に巻き込まれるのは絶対に見過ごせないの」

「……つまり二橋亮二に会うのは諦めて欲しいということですか」

「そう。この前の時田くんの話が本当なら二橋亮二が逮捕されれば時田くんが殺害されることは無くなる。だから私たち警察に任せて欲しいの」

「…………」


 少年は考える。

 このまま警察に任せれば死ぬことは無いだろう。しかし何故自身がこのようなことに巻き込まれたのかがわからなくなってしまう。

 逆に、二橋亮二に会いに行けば、自身が知りたいことを知れる可能性がある。だが危険な犯罪者と接触するのだ。何があるかわからない。


 そして少年が出した結論は━━。


「わかりました。この件は警察に任せます」


 引くことを選んだ。命の危険を晒す必要は無い。それが少年の選んだ答えだった。


「……ありがとう。それじゃあ今からこの情報を上に報告しに行くわ」


 そう言って女性は電話を切った。


「……良いのか?」


 友人が心配そうに話しかけた。


「大丈夫だよ」

「命の危険があるんだ。キミの選択は正しいことだろう」


 少女はミックスジュースを飲み干し、席を立ち上がった。


「私はこれで失礼する」


 そう言って少女は去って行った。


「…………帰るか」

「…………だな」


 そうして少年たちは会計を終わらせ自宅へ帰って行った。



――――――――――――――――――――

十八時三十六分


 現在少年は自宅で家族三人で夕食を食べていた。今日の献立は麻婆豆腐、刺激の強い香りが少年の鼻を通って行った。


「あー辛いなぁ、でも美味しい」

「おかわりもあるから沢山食べてね」


 そうしているとテレビから甲高い効果音と共に緊急速報というテロップが表示され、そこには『指名手配中の二橋亮二容疑者を緊急逮捕』と書かれていた。


「おや、例のテロリストのメンバーが逮捕されたのか」

「昨日のデパートの件から早い進展ね」


 少年は父と母の会話を聞きながら黙々と麻婆豆腐を食べている。


(ようやく捕まったのか。これで安心だ)


「とはいえ、まだ他のメンバーは捕まっていないんだ。まだまだ安心できないな」

「そうね。早く安心して買い物とかしたいわね」


 少年は、未だモヤモヤした気持ちを漂わせながら、この時間を過ごすのであった。

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