エンディング:8月1日


━━ミーンミンミンミィーン


「う、うーん…………」


 蝉の声が鳴り響く暑い夏の日、少年は目を覚ました。

 時刻は七時十四分。目を擦りながら少年はスマホを手に取る。


「デイリーしないと……」


 そうして始まる夏休みの日課。ゲームを起動させると画面には大きな時計を持った銀髪の女性が映る。


『やあマスター、今日から八月だな。

 夏の暑さはまだまだ続くが一日を大切にな。時が過ぎるのは一瞬だからな』


 日課をこなしベッドから起き上がる。

 そして服を着替えている途中、目も覚めたところであることを思い出す。


「そうか、今日から八月か……」


 感慨深い感情と共に溢れる声。それはあの非日常がようやく終わったことを示していたのだった。


――――――――――――――――――


「おはよう」

「おはよう怜」

「おはよう。今日も早いな」


 リビングに向かうとそこには少年の母と父が居た。

 母はエプロンを羽織りキッチンで朝食を作り。父はスーツを着て洗濯物を干していた。


「おれ、父さんが干してるの珍しいね」

「偶にはな。それにやってみると意外と達成感があって良い」

「そんなこと言っても朝食の量が少し増えるだけですよ」


 ハハハと笑い合う親子。

 少年も洗濯物を干すのを手伝っていると朝食が完成しテーブルに並べられた。

 三人は席に座り


「「「いただきます」」」


 手を合わせ合唱した。


 本日の朝食はサンドイッチ。

 スライスチーズ、レタス、焼いたベーコン二枚をトーストで挟み四等分にしたものだった。

 一口食べればレタスのシャキという音が鳴りチーズの香りと塩胡椒の効いたベーコンの風味が口の中に広がっていく。


「そういえばあの指名手配犯、捕まったらしいな」


 食事中、ニュースを見ていた父からそんな言葉が聞こえた。

 ニュースでは『二橋亮二逮捕! 残りのメンバーの行方は?』というテロップが流れ、コメンテーターが様々な憶測を語っている。


「捕まって本当に良かった」

「そうだね」


 父の言葉に生返事で応えた。

 

 朝食も食べ終わり時刻は八時二十分。食後のコーヒーを飲み終えた父は立ち上がった。


「それじゃあ仕事に行ってくる」

「いってらっしゃい、あなた」

「いってらっしゃいね」


 父を見送り少年は自室に戻って壁にかけてある上着を羽織り再びリビングへ。

 すると洗い物をしていた母親が話しかけて来た。


「どこか出かけるの?」

「うん」

「気をつけてね」


 そうして少年は家を出て歩き始める。この一週間と同じように。


――――――――――――――――――


 朝。沢山の人が行き交い、変わる変わる人の波が少年の横を通り過ぎて行く。月曜日の九時、春神駅前の広場は変わらない日常を描いていた。

 

「…………」


 そして毎日のルーティンをこなすように少年は人波を掻き分けて目的地へと歩く。もうそこへ向かう必要は無いがそれでも少年はそこへ向けて歩く。


「…………ついつい来ちゃったなぁ」


 そうして辿り着く目的地。目の前には喫茶店『楽久優ラックユー』と書かれた看板が置かれていた。


「あれ? レイじゃん」


 背後から聞こえる慣れ親しんだ声。振り返ると少年の友人、秋元肇が少年を見て驚いた顔をしていた。


「肇、お前も来たのか!」

「いや何となく行きたいなぁと思ってさぁ。ここの飲み物美味しいし」

「俺もそんな感じだ。この前まで毎日のように通ってたからな」

「おや? 二人もか」


 これまた慣れ親しんだ声。そこには夏休みだというのに学生服を着ている自称高校生探偵の少女、八代有希がどこか納得した顔で立っていた。


「うへ、ヤシロもかよ」

「うへ、とはなんだ! まったく……」

「まあまあ落ち着いて。せっかく集まったんだし軽くお茶しない?」


 少年の提案に二人は二つ返事で答えたのだった。


――――――――――――――――――


「指名手配犯捕まってよかったわ〜」「そういえば昨日決まった市長も捕まったらしいわよ」「フハ、フハハハ! これで僕は神になれる!! 僕は無敵ィ!!」「…………おかわり。あとハムサンドを」


 何も変わらない日常、喫茶店『楽久優ラックユー』はいつもと変わらない朝を描いていた。

 そしてそこにある奥の席、人目につきにくいそのテーブル席には三人の高校生が座っていた。


「そういえば肇は部活は大丈夫なのか? 今日からって言ってただろ」


 少年はオレンジジュースを飲みながら友人の方へ向く。

 

「部活は午後からだよ。まあ一時間ぐらいしかここに居られないけどな」


 アイスコーヒーにシロップを垂らしながら友人は答える。


「一時間あれば大概の話はできるさ」


 そう言いながら少女はアップルジュースを一口飲む。

 あの非日常から一日経ったが少年達は事件の"その後"を話すことが無かった。故にこの場で話すということだ。


「結局二橋亮二は捕まったんだな」

「私たちの目の前で警察に拘束されたからな。だが本人は満足していたようだった」


 二橋亮二の目的、それは午道正弘に会うことだった。

 その目的を果たし、ようやく彼の逃亡生活は終わったのだ。

 

「結局、『大和公園放火事件』や『鐘村ビル襲撃事件』についてはまったくわからなかったのが悔やまれるな……」

「それどころじゃなかったから仕方ないよ。日歳連合の三人もあまり話したがら無かったし」

「そういえばあの三人はどうしたんだろうなぁ」


 日歳連合との三人はあの小火騒ぎ以降、音沙汰が無くなっていた。

 警察に捕まったのか、それとも逃れたのか、少年達にはわからない。

 

「ま、俺たちが気にしてもどうしようも無い。どうせ三人仲良くどっかに行ってるんだろうよ」

「最後にお礼ぐらいは言っておきたかったんだけどなぁ」


 そうして話しは午道正弘の話題に移る。


「午道正弘に逮捕状が出たらしいぞ」

「本当か!」

「ネットでも話題になってるぞ。『市長任期一時間! 新市長逮捕!』みたいな感じで」

「容疑は公職選挙法違反と殺人教唆。しばらくは檻の中の生活になるだろう」


 その言葉に少年はホッと胸を撫で下ろす。

 ようやく自分が巻き込まれる事が無くなったというのを確信できたから。


「はあ……本当によかった」

「これで安心して残りの夏休みを過ごせるな!」

「夏休み……?」


 友人の何気ない一言に少女の眉がピクリと動いた。


「どうしたんだよヤシロ」

「いや、夏休みの間に『夏の怪異』を見つけようと思ったのだが……」

「あー……もう見つけてしまったね」

「そうだ。だから残りの夏休み、私はどうすればいいんだ……」


 頭を抱える少女。

 そんな少女を見て友人はアイスコーヒーをストローで啜りながら、


「探偵事務所にでもバイトに行けば?」


 どうでもよさそうにそう言った。

 その言葉に少女は顔をクンッと上げた。


「そうだ……その手があった!」

「え?」

「そうだよ! わざわざ一人であーだこーだ謎を見つける必要は無いんだ! 探偵事務所で謎を見つければ良いんだよ!」


 少女の割れんばかりの声が店内に響き渡る。

 そして静まり返る店内、そして店員が少年達の席に来て。


「他のお客様のご迷惑になるのでお静かに」


 眩しいほど暗い笑顔で三人にそう言った。

 そして笑顔を向けられた少年達は、


「「「すみませんでした」」」


 あまりにも素早い謝罪を見せたのだった。


――――――――――――――――――――


 しばらく会話に花が咲き、時刻は十時二十分。

 すると友人が席を立った。


「もう時間だから俺は先に帰るぞ」

「ふむ、それならもう店を出ようか」

「そうだね」


 そうして三人はそれぞれ会計を済ませ店を出る。

 駅前には変わらず沢山の人が行き交っている。


「それじゃあ俺はお先に」

「うん。気をつけてね」


 友人は駆け足気味に帰って行った。

 残ったのは少年と少女の二人。


「八代はこの後予定は?」

「私はこれからバイト募集をしている探偵事務所を探すしよう。君はどうする?」

「俺はしばらくこの辺りをブラブラしようかな」

「ふむ。では今日はこれでお別れだな」

「だね。それじゃあまたね」


 そうして少女と別れた少年は一人、当てもなく歩き始めた。

 天気は晴れ、絶好の散歩日和。夏の暑さに汗を垂らしながらある場所に向けて足を進める。



「…………」


 三十分後。静かな住宅街を歩きその場所に着く。

 そこは黒那こくなん神社。昨日の夜に二橋亮二と午道正弘が逮捕された場所。

 少年は古びた鳥居を潜り、榊の樹が生えた道を通り抜ける。


「やっぱりいつもと同じだよな」


 そうして訪れる神社の本殿。

 既にボロボロになり、ある種の寂しさすら感じてしまう。

 少年がここに訪れたのは昨日の出来事でわからない事があったから。


『待て!! 何故貴様なんかが!』

『何故! 何故貴様みたいな子供が━━』


 それはあの時の午道正弘の態度。

 逮捕される直前まで冷静な態度だったというのに少年が時間を遡ると言うのを聞いた直後、まるで別人のように怒声を上げていた。

 

「もしかしたらここにその理由があるかもと思ったけど……」


 しかしそこにあるのは今にも崩れそうなほど老朽化した本殿のみ。少年の疑問の答えは一切無かった。


「はぁ」


 そうしてため息を一つ吐き帰ろうとした時。


「おや、また会ったな。つくづく君とは縁があるものだ」


 一人の青年が榊の樹の生えた道から歩いて来たのだった。

 

「また推理小説のテーマ探しですか?」

「いや、テーマ自体はもう決まった。今日ここに訪れたのは景色の描写をより鮮明にするためでな。この古びた建物の雰囲気をもう一度見てみたくなったのだ」

「なるほど」


 そう言って青年は鞄からスケッチブックとペンを取り出した。


「……テーマってどんなのなんですか?」

「ふむ、まあよくあるヤツさ。室町時代の因習が未だ残っている村で起こる怪死事件。そしてその村で祀られた存在とは━━というものだ」

「確かによくありそうですね」

「しかしそのよくあるモノに人間は惹かれるのさ、『王道』と言ってね」

「王道か……」


 青年はそう言いながら周りの樹の絵を描き始める。

 その光景を少年は静かに見ていた。


「だが、その『王道』があるからこそ作者本人の力量が試される。

 経験、知識、人格。それらのモノが『王道』とはまた違う作品を作り上げるのだ」

「…………」

「少し喋りすぎたか」


 その後青年は黙々と周りの景色を描いていく。

 一方の少年は本殿の前にある階段に座り、ボーッとその光景を見ていた。


 そうして二十分後。


「ふーむ…………」

「描けましたか?」


 青年はやや不満足気にスケッチブックを閉じる。


「いや、まだ描写が鮮明に映らない。わたくしもう少しここに居るつもりだが君はどうする?」

「俺はもう帰ります」

「わかった。では気をつけて」

「はい。小説が完成するの楽しみにしてますね」


 少年はゆったりとした足取りで榊の樹が生えた道を通り神社から出て行った。




「すー……はー……」


 鼻から吸って口から吐く。やっぱり外の空気は気持ちが良いね。

 結局あの事件で俺達が頑張った結果、変わったのは『一人の市長が逮捕された』のと『指名手配されてた人が捕まった』だけだ。

 世界を救う戦いも無ければ、ドラゴンも登場しなかった。


「くぅー」


 両手を空に掲げて身体を伸ばす。少し関節が固くなってるかなぁ。

 でもあの胸が締まるような日々が終わった。これでようやく夏休みを満喫できるんだ!

 何をしようかな。肇達と一緒にバーベキューとか海も行きたいし、あとはゲームのイベントも行きたいなぁ。

 あ、でも夏休みの課題もやらないとなぁ……。まあそこはなんとかなるか!


「さて、帰るか!」

 

 残りの夏休みをどう過ごすか、そんな楽しみを胸に膨らませながら家路に就く。


 これで俺の周りで起こった非日常は終わりだ。

 せっかく頑張って拾った命なんだ。これからも目一杯生きていこう!!



               写真症候群 END


――――――――――――――――――――

 本作品はこれにて完結です。

 見ていただき誠に有難う御座いました!

 

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