7月31日、幕引き。

二十時三十分


「な、何故お前がここに……」

「さて、どうしてでしょうかね」


 動揺する午道正弘うしみちまさひろに対し少年は含みのある笑みで答える。

 その隣に居る警察官は午道正弘を守るように、そして逃がさないようにしている。

 少女はスマホを正面に向けこの瞬間を納める。

 二橋亮二は手錠を付けられた後、無言でこの場を見守っていた。


「それにしても市長選に当選した市長がどうしてこんな寂れた神社に来ているんでしょうか?」

「何が言いたい!」

「怒らないでください。━━俺だって怒りを堪えてここにいるんですから」


 二回。いや、もしかしたらそれ以上殺されてたかもしれなかった少年の怒りは計り知れない。


「これに見覚えありますよね?」


 少年は懐から一枚の写真を取り出しポイと午道正弘に向けて放り投げた。

 そこに写っているのは、もはや見慣れたであろう少年の死の瞬間だ。


「…………」

「二橋亮二が貴方に渡したのは"本当"に俺が死んだ瞬間の光景です。しかし……そいつはどうです?」

 

 暗い夜の下、その写真を凝視する。

 背景はあの時のカラオケ店、少年の額には風穴が空けられそこから血が流れている。

 表情は"なんで?"とでも言うような困惑と苦しみが描かれておりその時の━━━

「違う。この表情は……違う」


 一見すれば苦悶の表情だ。しかし、この顔には生気が足りなかった。まるで作られた顔のように。


「さすがは市長。人の顔色を伺うのはとてもお上手ですね」

「まさか……!」

「お察しの通り、その写真が実際の光景です。マネキンを身代わりにしたのですよ」


 動揺する午道正弘の手から二枚の写真がこぼれ落ちた。

 少年は重い足取りで写真の元に近づき写真を拾った。


「四万二千円。貴方を騙す為に掛けた費用です。いやぁ本当に高かった……」

「…………」

「あ、これも話さないといけませんね。何故貴方が殺人教唆の容疑に掛けられたのか」

 

 その言葉と共に今まで後ろでスマホを構えていた少女が前に出てきた。


「これは私が話そうか。言ってしまえば警察に映像を送ったのさ」


 少女はもう一つのスマホを取り出し、画面を見せた。

 それは録画データ。日付は七月三十日、時刻は二十四時。


『━━この少年を処理して欲しい。報酬は君の要望通りだ』

『まだ年端のいかないガキを殺す趣味は無いしそもそも俺は殺し屋じゃない』

『ほお? 鐘村を撃った者とは思えない言葉だな。君の大切なお友達がどうなってもいいのかね?』

『クソ野郎が……』

『どうとでも言え。それでは明日、吉報を待っているよ』


 そこに映っていたのはこの神社を背景に二橋亮二を脅して殺人をやらせようとしている午道正弘の姿だった。

 その映像を見た午道正弘は目を見開き息を詰まらせへたり込む。


「何だこれは!!」

「決定的な証拠ってやつさ。そして時田クンの作戦が成功したということさ」

「作戦……?」

「貴方が日歳連合を利用して二橋亮二を脅したように、俺達も日歳連合を利用したんですよ」


 昨日、春神町の繁華街のビルで一件の小火騒ぎが起こっていた。

 本来ならそのビルの一室で午道正弘と二橋亮二が密会する予定だった。しかしこの小火騒ぎが世間から注目され予定変更を余儀なくされた。

 そうして人が居ないこの黒那神社で会うことが急遽決まった。

 つまり


「日歳連合に小火騒ぎを起こさせ、私をこの場所に誘導したのか」

「狭いビルの一室ならともかく、この神社なら隠れて撮影することも簡単にできますからね。

 そうして貴方は盗撮されてるのも知らずにベラベラと二橋亮二に俺を殺すよう脅したわけだ」


 一方は勝ち誇るようにニヤリと唇を上げ、一方は憎々しい眼で睨む。

 ━━五秒経ち、警察官が動く。


「午道正弘さん、署までご同行願います」


 淡々とした言葉。午道正弘は観念したように立ち上がる。

 そうして警察官と共に神社を後にしようとした時、少年の方へ振り返る。


「一つだけ聞こう。何故私だと気がついた」


 午道正弘の疑問に少年はポツリと話し始める。


「…………七月二十六日の十一時過ぎ、一台の選挙カーが俺の側を通りすぎましたね」


 思い出すのはあの写真を見た次の日、少年は友人と共にデパートへ昼食を食べに行こうとした時だ。


『この街の発展、そして歴史的価値のある建造物の保全の為に午道うしみち正弘に清き一票をよろしくお願いします!!』


 煩わしいほどに大きな音が通り過ぎ、それに友人が怒っていたのが記憶に残る。


「信じられないと思いますけどね。俺、二回ぐらい死んで時間を遡っているんですよ」

「なっ…………!?」


 そして二回目の七月二十六日。

 あの時は友人と少女に会う為にデパートへ行かず駅前の喫茶店へ向かった。

 本来なら選挙カーの音を少年が聞くことは無いはずだった。

 しかし


『この街の発展、そして歴史的価値のある建造物の保全の為に━━』


 喫茶店に入る直後耳にした音はあの時と全く同じだった。


「そこでわかったんです。あの時、俺は貴方に付けられたんだなって」

「貴様…………!」


 何故だと、どうしてだと、何故コイツがと。

 目を見開き目の前の存在に呪言のような言葉を呟いている。


「それに気付いたのは一昨日のことでしたがね。ま、気付けたのならあとは動くだけでしたね」


 そう言って少年は背を向ける。まるでもう話すことは無いとでも言うように。


「待て!! 何故貴様なんかが!」

「やめなさい!」


 少年に掴みかかろうと動くが警察官に取り押さえられてしまう。

 腕を組まれ、動けない午道正弘は少年を睨むことしかできない。

 そうしてそのまま警察官に拘束されたまま二橋亮二と共に連れて行かれそうになる。


「何故! 何故貴様みたいな子供が━━」

「もうやめましょうや」


 その言葉は二橋亮二からだ。呆れたように午道正弘を見ている。


「神はアイツに微笑んだんだよ。アンタは負けたんだ、潔く諦めな」

「グッ……!!」


 そうして二人は警察官に連れられてこの神社を去った。

 再び訪れる静寂。この場に残ったのは少年と少女の二人だけ。


「……気分はどうだい」

「最高さ。スッキリした」


 安堵した少年は緊張の糸が解けたのかその場に倒れ込んでしまう。


「はー! 疲れたぁ!」

「まあキミは命が掛かっていたからな。これで一安心か」

「だな。生きてるって素晴らしい!」

「キミ性格変わってないかね?」


 そうしていると友人が"おーい!"という声と共にこちらに走って来ていた。


「おいレイ! あの後カラオケ屋の店員にすごい怒られたぞ!」

「悪かったよ。今度昼飯奢るからさ」

「マジか! ……ところでどうして寝てるんだ?」

「うーん、勝利の余韻を味わうため?」

「なんだよそれ」

「まぁ、今日は疲れた。少し休憩しようではないか」


 友人と少女は少年の隣に座り一つ息を吐く。


「……二人とも、ありがとな」

「何言ってんだ。友達だろ?」

「いい経験になった。この経験は絶対後に役に立つ」


 暗い神社にスポットライトのように照らされた月明かりの下で三人は笑い合ったのだった。

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