7月28日、街頭。

十時二十一分


 その場所は前回の二十六日。少年と友人がお昼を食べに向かったデパートのすぐ近くで、デパートは春神市の市役所の近くにあり、この街で二番目に賑わっている場所でもあった。


「この辺りはともかく平日でも結構賑やかだなぁ」

「市役所には毎日何千もの人が利用するし、デパートだってこの街で一番大きな所だからな」


 少年がいるのは市役所の裏口にある小さな広場。昼間だがその人通りは少なくとても静かな雰囲気を漂わせている中、少年と少女は市役所が作る影の中で涼んでいた。


「おーい!」


 その声と共に表通りの方から友人が二人の元へ小走りに近づいてきた。


「いやぁ、待たせて悪かった」

「そんなに待ってないし、大丈夫だよ」

「ところでその背負ってる物は何だい?」


 友人の肩には細長い袋を背負っておりその姿はかなり目立っていた。


「あぁ、竹刀だよ。もしかしたら必要になるかもと思って家から持って来たんだ」

「必要……?」

「日歳連合は危険な連中だろ。もしかしたら襲われる可能性があるかもしれない」


 その考えを聞いて少年は納得する。自分たちは今、指名手配犯を追っているのだ。万に一があってもおかしくはない。


「その時が来たら期待してくれ! なんせ俺は剣道部期待のエースだからな!」

「頼りにしてる。肇と違って俺はそういうのはか無理だからな」

「それでは投稿のあった場所へ向かおうか」


 そうして三人が歩き出そうとした時。


『春神市役所にお集まりの皆様! お騒がせしております!』


 唐突に市役所の表通りの方から大きな声が響き渡った。


「うん? 何だ?」

「あぁ、市長選の街頭演説だろう。市役所前は人通りが多いからな」

「……ちょっと行ってみようか」


 そうして三人は表通りの方へ歩き始めた。


――――――――――――――――――――――

十時二十五分


 市役所前には沢山の人が集まっていた。その人たちの視線の先には一台の選挙カーが停まっており、『午道うまみちまさひろ』と書かれた看板の上には一人の人間がマイクを片手に立ち大きな声で喋っていた。


『この春神市は大変歴史ある街です。遡るに室町時代、交通の要所である春神市取ろうとする輩から街を守った偉人の一人である━━』


 スーツを着こなし、オールバックの髪をキチンと整わせ、厳格な面持ちでこの街の歴史を語る。

 その一声一声は道歩く人を留まらせ、その耳を聞き入らせ、その目は尊敬の眼差しで見つめさせていた。


『しかし! 昨今この街は経済の活性化に目が行きすぎている! もちろん経済の活性化は市民の皆さまの生活のために必要なことです。ですが、それを理由に神聖な山を切り開き、由緒ある建造物を取り壊しても良いのでしょうか!』


 その人物は力強く宣言する。自信に満ち溢れ、自身への疑いは一切無いと断言するように。


『ここに宣言します! 私、午道正弘うまみちまさひろが市長になった暁には…………この春神市の市民の皆様の生活をより豊かにすると同時に、素晴らしきこの街の歴史の保全をより確かな物にすると約束します!』


 そう締め括り、その人物は深々と礼をした。その瞬間。傍聴していた人たちが一斉に大きな拍手を打ち立てた。


『ご清聴、誠にありがとうございました!』


 そうしてしばらく経った後、選挙カーは市役所前から去っていった。

 少年たち三人は離れた場所でその光景を観察していた。


「市長選ってこんなに盛り上がるっけ?」

「いや、ここまで盛り上がることは稀だ。それだけあの人物が凄いということだろうな」

午道うまみちまさひろ……ね」


 どうにも言葉にし難い光景を見た三人はしばらくその場に立ち尽くしていた。


(それにしても……)


 少年には一つだけ違和感があった。先程の演説の途中、あの人物が一瞬自分の方へ目を向けていたのだ。本当に一瞬、偶然と言えばそれで終わるぐらい一瞬。


「さて、そろそろ現場へ向かおうか」


 少女の言葉を聞き、三人は再び市役所の裏口の方へ向かって行った。


(気にしても仕方ないか)


 今は二橋亮二の足取りを追うのが先決。少年はそう結論付け、気持ちを切り替えた。


――――――――――――――――――――――

十時四十二分

 

 件の書き込みが投稿された場所は市役所の裏手から少し歩いたコンビニの店内だった。


「ここで良いのか?」

「間違いない。姉ちゃんが送ってきた住所はここだ」


 店内の中に人は店員や少年たちを除いて存在せず、金髪の店員はレジの場所に立ち、時折あくびを出していた。


「とりあえず喉乾いたし何か買ってくか」

「ついでに店員に聞き込みもしよう」


 そうして友人はスポーツドリンク、少女は高級天然水、少年は炭酸水を持ってレジに向かった。


「いらっしゃいませ〜。お会計は一緒でいいです?」

「はい、それでお願いします」

「合計四百五十六円です」

「えーと、これで。あと一つ質問があるんですけど……」

「うん? なんです?」

「この書き込みを見て欲しいんですけど……」


 お化けについての書き込みを見せてみた。その書き込みを見た店員は困惑の表情を浮かべながら少年にお釣りを渡した。


「あの……これは?」

「この書き込みについて今調べてるんです。このお化けについて何か知っていませんか?」

「お化け……そうだなぁ…………」


 そうして考え込んでいた店員は何かを思い出したかのようにあっ!という声を上げた。


「何かありましたか!?」

「いや昨日の夜のことなんですけどね、高校生ぐらいの子が慌てたように店内に駆け込んで来たんですよ。気になって事情を聞いてみたら『立山コーキングの方でお化けを見た』と言ってたんですよ」

「立山コーキング?」

「ここのから少し歩いたところにある建築会社の名前ですよ。今はもう潰れて看板と建物だけが残ってるんです」


 立山コーキング。そこに二橋亮二の手がかりがあるのかもしれない。


「なるほど、すごい手がかりになりました」

「いえいえ、ありがとうございました〜」


 気の抜けた声を聞きながら三人はコンビニを後にした。


「それじゃあ行こうか、立山コーキング」

「……ゴクッ……ゴクッ……ッハー!」

「ゴク……ゴク……ゴク……フゥ……」


 友人と少女は飲み物を一心不乱に飲んでいた。少年が買った飲み物を。


「ハー! 生き返るぜ!」

「フー! 生き返るよ!」

「………………」


 少年は自分の手に持った炭酸水を飲んだ。炭酸の爽やかで冷たい刺激が喉にスーと突き抜けた。そして。


「……ゲフッ」


 一気飲んだ炭酸が噯気ゲップになって帰ってきた。

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