第34話 魔術披露

 なんだこの人、と私がソラルさんに対してなんとも言えないものを感じているように、向こうもこっちに対して同じような感情を抱いているらしい。


 フードの陰からジトっとした視線が注がれ、足元から喉の辺りまでを行ったり来たりする。

 顔は頑なに見ないのがこっちから丸わかりなのだが、この人本当に大丈夫なんだろうか?


 微妙な空気を敏感に読み取ったのか、ミルサリさんがもう少しソラルさんについて説明したり自己紹介を喋らせたりしてくれた。


 どうやらこの人、神田さんと一緒に旅立った魔術師、エルミーネさんの弟弟子であるらしい。


 元々はエルミーネさんが王宮、2人のお師匠さんがこの城に駐在していたそうだ。エルミーネさんは神田さんと一緒に魔王討伐に行ってしまったので、お師匠さんが王宮に戻ることになり、神都にはソラルさんが新たにやってきた、という話だった。


「つまりNo.3序列第三位魔術師ってことですか? ほんとにマジでめっちゃ大物じゃないですか」

「ぃゃ」

「なんて?」

「ぅ、その、序列第三位No.3なんて大袈裟……。単にこの辺の魔術協会の中で有名な師匠と姉弟子がいるだけってか……在野にも凄い人たくさん居るし…………」


 なんかモニョモニョ喋ってて聞き取りにくい。

 魔術協会って言った? 新出単語なんだが?


 それについてもミルサリさんが鋭敏に察してくれて、簡単に説明を挟んでくれる。


「正式にはカーヘル王立魔術協働会といいまして。カーヘルはこの王国の名前ですね。王宮や騎士団に所属する魔術師が所属する組織となっています」

「つまり、ソラルさんはこの国の3番目に凄い魔術師なのは間違いないって事ですか」

「そういう事になりますね」


 へえ、とようやく腑に落ちてきたソラルさんの凄さに素直に感心する。

 本人からは「そんなの単なる権威主義であって……」と何やらブツブツ呟くのが微かに聞こえてくるので、さすがに視界からそっと外した。こえーよ。


「まあ、立ち話もなんですし、早速魔術を見て頂いたらいかがですか?」


 ミルサリさんがやや雑にそう促して、やっと私達はこのだだっ広い空間を使う事にしたのだった。




「先に聞いておきたいんだけど、得意な属性は?」


 魔術をやるぞ、となった途端に、ソラルさんの雰囲気がガラッと変わる。急に落ち着いた声ながらはっきり喋り出したので、印象が違いすぎてちょっと二度見してしまったほどだ。


「氷です。次に水ですね」

「へぇー……詠唱の方は?」

「二語詠唱までできます」


 彼は私の魔術についてどこまで出来るかを確認すると、手早く訓練場の真ん中に地属性魔術で土の玉を作り出した。


「じゃ、とりあえずあれ壊してみてくれる。二語で」

「分かりました」


 壊せばいいだけなら、慣れたやつでいいか。


「氷の棘よ、棺となれ」


 黒曜蜘蛛相手に散々やった魔術を放つ。

 中の様子がすぐに分かった方がよさそうなので、ちょっとの魔力で生成した。


 土玉をミシミシッと音を立てて氷の質量が砕き、ほんの数秒で融けるように消える。よしよし、魔力量の調整ばっちりだな。 


「こんな感じですが、えっと」


 急に言葉に詰まった。

 そういえば、見てもらうことはトントン拍子で決まったけど、その後どうするのかとか何故見てもらうのかとかは聞いてなかった。めちゃくちゃ今更である。


 ソラルさんは割れて崩れた土玉の残骸をジーッと眺めていたが、私が振り向いた事に気がつくと、なんか両手をぽふぽふ叩いた。


 拍手……なのかな? 音出てないけど。あざとい女子とかがやるやつじゃないのか、それって。


「すごいすごい。魔術、初めて使ってから二ヶ月経ってないんだよね?」

「そうですね」

「才能あるよ。ていうか、才能しかないね!」


 テンション上がったソラルさんはもはや最初とは別人のようにハキハキ喋ってくれる。

 が、なんか、褒められている感じなのに、ダメ出しされている気がするのはなんでかな。


「魔力経路ぐっちゃぐちゃなのによくそんな効率的に魔術行使できるね! 属性広げらんないよ、それ」

「えーと……なんですか、それは」


 また聞いた事ない話出てきた。そんな拳握って話されても、振り幅についていけないのだが。


「なにって、魔力経路の話? すごい。そんな事も知らないんだ……!」


 知る訳ないだろ。逆に二ヶ月未満の期間でそんなんまで知っておけると思うのか?


 もはや諦めのような境地で、ミルサリさんへと視線を流す。この状況どうすればいいんですかね。


「お眼鏡に適ったようであれば、事前のお約束の通り、魔術についてハイリさんに教えて頂けるという事でしょうか?」


 私の視線に気がついたのか、ミルサリさんは苦笑混じりにそんな台詞を捩じ込んでくれる。


「あ、うん、いいよ。弟子にしてあげる」


 そして、あっさりとそんな言葉がソラルさんから放たれた。

 え、弟子って言った? そんな話、聞いてないんだけど?


「…………あ、あれ? 魔術教わりたいって、聞いたんだけど……」


 怪訝な気持ちが顔に出ていたらしく、急にソラルさんは萎れた。そうとしか言いようがないくらい、急にテンションが下がって、語尾がへなへなと虚空へ力なく消えていってしまった。


「いやぁ……えーと私、単に旅行がしたくてですね。魔術はそんな極めたいとかじゃなくて、護身と稼ぎの手段になればいいくらいなんですけど」

「ぇ、えっ、そうなの? でもじゃあなんで……」

「魔獣猟団でガンガン魔術使ってたら、独学なのが怖いって言われちゃったんですよ。それでもう少し、基本的な事ちゃんと教わっとこうかな、と思って」


 そんな理由なのに、やって来たのがまさかのNo.3だったのでマジでびっくりした。


「なんか……すみませんでした。偉い人なのに、こんな理由で呼んでしまったようで……」


 手配したのはミルサリさんなので、私にはどうしようもなかったんだけども、謝っておくに越した事はないだろう。

 駐在と言っていたから、神都には任務で来てる筈だし、やる事も色々あるだろうに。


「エッ、そんな、ぁ、謝るような事では……大丈夫だ……ょ……」


 が、ソラルさんはアワアワするだけだった。妙な高さに上げられた両腕がかっくんかっくん上下する。


「ま、まぁ、その、とりあえず僕の魔術見る? 見るでしょ。見ててね」


 ……ええ、なんでそうなった?


 唐突な提案にぽかんとする暇もなく、ソラルさんは再び訓練場の真ん中に土の玉を作り出した。

 ただし、私の時とは比較にならないくらい大きい。直径が私の身長くらいあるんじゃないか、アレ。


「雷の剣よ、天に集え。我が指し示すを刻み、貫き、焼き滅ぼしたまえ!」


 矢継ぎ早の詠唱は止める暇もなく、カッと走った閃光で視界が眩みそうになる。


 訓練場の上空を、20本近い稲妻のようなものがぐるりと囲んだのがかろうじて見えた。それらは次の瞬間、巨大な土玉目掛けて一斉に降り注いだかと思うと、ババババと物凄い破砕音を立てて――――。


 目を開けると、土の玉はいた。代わりに真っ赤にドロドロと溶け落ちたマグマ状の物が残っていて、端からどんどん濁ったガラス質のものへと冷え固まっていく。


「……今のって、五語詠唱ですか」

「ぁ、ぉ、分かる? すごいすごい」


 冷や汗をかく私に全く気づかず、ソラルさんはまたぽふぽふと音の無い拍手をする。


「で、弟子、なる? 修行じゃなくて授業だったらいいんだよね?」

「えーっと、それで構わないなら、ぜひ……神都に滞在する間の一ヶ月くらいとかでよろしければ……」


 そうとしか答えようが無かった。

 こんなん見せられて、めちゃくちゃ譲歩された提案までされて、要らんですと言える人間が居るなら見てみたい。

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