第23話 復帰不可

 翌日にはすっかり軽くなった身体で(この身体、筋肉痛が一日で治る!!)元気に魔獣猟団へと出社する。


 炊き出しはいつもより活気がないように見えた。もしかすると、昨日の子蜘蛛狩りで疲れちゃって休みの人が多いのかもしれない。

 誰にともなく「おはようございまーす」と挨拶しながら、だいたいいつも手伝ってるあたりまで向かうと、どこからかキダさんがすっ飛んできた。


「ハイリおいお前」

「あ、おはようございます、キダさん。昨日、獲物の解体教えてくれるって言ってたのに休んじゃってすみませんでした」

「お前バカそれどころじゃねえよこっちこい!」


 わァ、ノンブレス。

 鬼気迫る表情のキダさんには逆らう選択肢などない。むんずと掴まれた腕を引かれるままについていくと、問答無用で団長のテントに放り込まれた。


「う……?」


 状況が分からず、とりあえず周囲をぐるりと見渡すと、一昨日の魔物退治に向かう前のミーティングを彷彿とさせる配置でそのメンバーが揃っている。


 異様な雰囲気だった。

 目が合いそうになった途端に目を背けたラカーティさん以外、私の顔を『無』の顔でじっと見つめてくるので、普通にホラーみたいで怖いのである。


「ハイリ!」

「うお、へぁい!?」


 レッジさんがバカでかい声で呼ぶので、びっくりしてちょっと間抜けな返事が飛び出した。

 シン、と静まり返ったテントの中で、私の戸惑いといたたまれなさだけが続く。

 なんで誰もなんも言わんのか。たすけてくれ。なんだこの空気。


「……えーと、おはようございます」


 気を取り直して、とりあえず挨拶をした。

 

 途端、真後ろにいたキダさんがぶへっと噴出して、その瞬間やっとテントの中の空気が緩んだような気がした。

 団長を取り囲んでいたベテラン勢達の表情が、なんとも言えない気の抜けたものになったからだ。


「ハイリ、お前、ほんとバカ……」


 げほげほと咳こんで、噴出したのを誤魔化すキダさんから抗議の囁きが降ってきたが、私なんもしてない。


「驚かせたようで、すまないね。おはようハイリくん。一昨日はほんとうにお疲れ様で、よく頑張ってくれたねえ」


 まず、団長がいつも通りの穏やかな声を出した。彼は既に普段と同じおっとりと人の好い微笑みを浮かべていて、そしてなぜか私に向かって手招きをする。


「君からも報告が聞きたいから、ちょっと座っておくれ」



 なんだか変な始まり方をしたものの、団長の話は普通に報告のすり合わせみたいな感じに終始した。

 時系列順に自分の把握したこととやった事を、質問に答えることで詳細を補足しながら話していっただけだ。


 何もおかしなことはない筈なんだけど、団長が「分かった。ありがとう。私から聞くことは以上だよ」と話を切り上げたころには、テント内はまたあの異様な沈黙が満ちていた。


 なんで〜……。

 またいつもの常識知らず案件か? なんかヤバいことやらかしたのか?


 どういう理由で沈黙しているのか、分からなくて怖い。

 団長は私の報告を聞くだけ聞いて本当に終わりみたいだし、てことはキダさんの言う理由は、この黙りこくった人達だ。


 団長は退室していいとも言わないから、つまりこの人達からなんか聞かされなきゃならないって事よな。

 なんでずっと黙ってるんだ〜……時間の無駄だ〜……誰でもいいから早く喋ってくれ。


 もの言いたげな面々を催促するためにぐるりと見渡し、全員がサッと視線を合わせるのを避けたのが分かった。


「……これ、何の時間ですか? 退室していいんでしょうか?」

「いいや。まだ会議は終わりじゃないから、居てもらえるかい?」


 私の問いかけに対して、はっきりと否やを示したのは団長だ。


「もしかして、私から何か喋らなくちゃならないことがあるんでしょうか? だとしたら全く思い当たることが無いんですが……」


 視界の端でレッジさんが顔を手で覆った。あちゃあ、みたいな仕草だ。


「あんたさ、馬鹿にしてるわけ?」


 ようやく喋ったかと思えば、怒りに満ちた一言で口火を切ったのはラカーティさんだった。


「何がでしょうか。思い当たる節がありません」

「黒曜蜘蛛の増殖に気づかなければ、その討伐の役にも立たなかった俺達を見下げてんだろって言ってんの」

「いえ、そんな意図は全く。というか、討伐の本題は魔物であって、役に立たずだったのは私の方では? あの魔物に対して一つも有効な攻撃ができないで……」

「はあ?」


 視界の端がレッジさんは両手で顔を覆う。

 本気で居たたまれない、といった様子だけど、できれば助けてほしい。私は何を詰められてるのか、分かるのはレッジさんだけなのに。


「あの、本当に分からないんですけど、私は何を怒られているのでしょうか?」

「はぁ!?」


 なぜか激昂したラカーティさんが勢いよく立ち上がった。


 その途端、彼の脚に鎖がぐるぐると巻き付いた。

 私に向かって飛びかからんばかりの勢いだったラカーティさんは、ビタン! と音を立てて地面に顔から倒れ込む。


 ウワ……痛そう。


「……怒っているのはラカーティだけで、理由はつまらんプライドだ。捨て置いていい」


 拘束魔術でそれをやったエラッジさんはバッサリとラカーティさんを切り捨て、首を横に振る。


「分からないなら……言うが。俺はお前が恐ろしい。なぜ魔獣猟団に、お前のような人間がいる?」

「入団理由は、旅費稼ぎ、森歩きに慣れるため、あと魔術の練習のためですね。恐ろしいっていうのは?」


 なんか、こんなやり取りには覚えがあるな。

 入団初日にキダさんに同じようなことを言ったと思う。


「お前の得体の知れなさが、だ。俺は多少、魔術を扱えるから、分かる。お前の魔術は……異常だ。感知魔術と攻撃魔術の同時行使? なんだそれは。俺はそんな事……これまでに考えた事もないし、出来るとも思えない」

「え、でも、神田さんと一緒にいたお姉さんは普通にやってくれましたよ? 向き不向きがあるだけでは。そういうことを言ったら私だって土属性の魔術使えませんし、土を……鉄にしてるんでしょうか? 生成? まあ、鎖を作るという発想もありませんでした」

「勇者様の仲間の事を言っているなら、比べる方が間違っている。あの方は魔導師エルミーネ。魔術を扱うならば知らぬ者の居ない、最優と名高い魔術師の最高峰だぞ」


 あ、あのお姉さん、なんか凄い人だったんだ。

 勇者神教は神田さんの仲間の人選に全力を出してくれたみたい、ということが分かり、よかったなぁとちょっと場違いながらホッとする。


「あー……そうなんですね。じゃ、私は魔術の才能がある方って事でいいでしょうか。比較対象がエラッジさんとエルミーナさん? しか無いので自覚は乏しいです。ちなみに、魔獣猟団に入団したときは、魔術師と名乗るのも烏滸がましいかなと思っていた程度だったので、魔術の修練目的は割と本気で言っていますし、上達もしたんじゃないかと思います」


 言いながら、なぜこんな事を言われるのか分かってきてしまって、殆ど言い捨てるみたいになってしまった。


「ますます……異様だ。王宮魔術師のような魔術を操るお前が、一月も遡らない入団時にそんな考えを持っていたというのも、悪いが……信じられない。本当だとしたら、お前の魔術の才能は天与のそれという他無く、なんにせよ、師の教えが無いのが恐ろしい」


 エラッジさんにここまで言わせるって事は、ここにいる全員が、私に魔獣猟団を辞めてほしいと思っているという事だ。

 レッジさんが何も庇ってくれないということは、そういう事なんだろう。


 悪影響、ってことだ。

 私の何らかの異様さが、ラカーティさんのように人を苛立たせたり、或いはエラッジさんのように人を怖がらせたりして、組織内に不穏な空気が淀む。このテントの中みたいに。

 私が意図したものじゃなくても、居るだけで悪い影響が出る、と判断されたのだ。


「……もとから、あと10日もせずに退団する予定ですけど。今すぐ辞めて、魔術師としてどこかにちゃんと教えてもらえって事ですかね、それ」


 悪足掻きのように、最後にそう確認する。

 エラッジさんは答えるのを躊躇い、団長は何も答える様子がないので、レッジさんへと視線を向けた。


 レッジさんは悄然と肩を落としながらも、頷いた。

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