第24話 最後のキダさん塾
「ン〜……まあ、そりゃ、ラカーティみたいな遠距離武器やってる奴は、面白くないわな」
退職残念会で訪れた、王都でも片手の指の数ほどしかない庶民向け本格レストラン。
日当たりの良い窓際の静かな席で、スープにパンを浸して頬張りながら、キダさんはモソモソとそう言った。
「レッジさんの下は、近接武器を好むやつが妙に多くてな。お前のことは凄えと思っても、役割が違い過ぎて自分と比べる事はほとんどない」
流石に俺はちょっとヘコんだけど、と苦笑いで付け加え、ハムを指で摘んで口へと放り込む。
……勇者神教以外でちゃんとした食事をとるのは、そういえば初めてだったな。
いつもは屋台メシだったから、カトラリーが普及してないとか、今更知った衝撃の事実だ。
「だけどなぁ……。魔物退治に連れ出したレッジさんを恨んでやるなよ。誰も、お前自身だって、その日のうちに二重詠唱なんてモンが使えるようなやべえ魔術師になるとは思わんだろ」
なんだかしみじみとしたその言いかたに、私は肩を竦めた。
「べつに、そんなにショックって訳じゃないですよ。しょうがないかなって自分でも思えてきました」
膝の上に大事に抱えた革袋を撫でる。
魔物討伐と、子蜘蛛狩りの褒賞金だ。3ヶ月はゆとりを持って暮らせるような大金が入っている、らしい。
そんな収入をポンと渡されたのに、期間まで働かせてくれなんて、あと数日で辞める事が決まっている職場にはとてもじゃないが言えない。
「それに当初の目的は十分達成できたと思いますし」
お金を稼いで、魔術戦闘にも慣れたのは間違いない。
主にお世話になっていた、キダさんを始めとするレッジさんの下の人達に魔獣猟団を辞めてほしいと思われたわけでもないし、そこまで落ち込むような事でもない。
ま、自分の性格上、明日までには綺麗サッパリどうでも良くなっているだろう。
というか、目の前の料理とキダさんの普段どおりの接し方によってすでに8割がたまあいいかという気になりつつある。
「……怒ってねえ?」
「怒ってません」
キダさんに倣って、硬めのパンで救うようにしてオレンジ色の香ばしいスープを頂いてみる。
お、なんか、海鮮っぽい風味がする気がする。濃厚かつクリーミーで甘みがある、美味。
うまうまと料理を味わい始めた私を、キダさんは暫くジッと静かに眺めていたが、やがて、「そおかい」と頷いた。
「じゃ、ここ出たら約束通り、なんか適当な野営料理でも教えてやるよ。飯食ったばっかだが、今からお前に教えながら準備して作ったらちょうどいい頃合いにもなるだろ」
どことなく物憂げだった彼は、やっとニッと口角を上げて、いつものように快活に笑った。
きっと、表面上はなんでもないようで、私の突然のクビに内心では私自身よりよっぽど憤ってくれていたんだろう。
キダさん、ほんと、いいお兄さんよな。
◆
腹ごなしの散歩を兼ねて、あまり入ったことの無い西の街道沿いの森を散策した。
「もう少し行くと川があるから、そこまで行くぞ」
「はーい。あ、キダさん、川で魚てとって食べれますか」
「魚……は俺はとったことはないけど、食えるんじゃね? 西門の近くの酒場で焼いたのが出てたと思うわ」
「生は?」
「ダメだ。魚も肉と同じだ。しっかり火を通さねえと腹壊して死ぬぞ」
「ウス……」
早口での断固とした否定に返事をしつつ、やっぱり駄目かと心の中だけでそっと溜息をつく。
まだ数ヶ月だから耐えられている感じはするが、早くも寿司が恋しくなりつつある私には、生魚の誘惑は耐え難いものがある。
江戸時代とかの人たちって、どうやって寿司食べてお腹壊さずに済ましてたんだろな。
冷凍処理で寄生虫の心配なく生魚を気安くパクパクしていた現代人には想像もつかない。
いやまて。今、私なんて?
冷凍処理っつったか?
「私、アホじゃん……」
思わず呻き声を上げると、前を歩くキダさんが「いまさらかよ」と振り返りもせず言ってきた。
ハハハ、半月以上もお守りしてくれてた人にゃなんも言えねえや。
途中で見かけた一角ウサギを狩るなどして、ほどなくして川に出た。
ウサギを愛玩動物としている現代地球人になんとも情け容赦の無い血抜きに始まり、モツの処理、解体、革の処理と作業が進む。
あー。これ、なるほどな。
私、これを知らないまま、ウサギを殺しまくってたんだな、この一月。
その作業は、手に感じる生温さと柔らかさが酷く気持ち悪くて、嫌になるほど陰惨で。
動物を食うなと言う人間の気持ちがやっと分かった気がする。
「チーズ鍋とかにしたら美味そうだな……」
まあ、食べるんだけどな。
だって食べない理由が無いんだもの。
ショックは受けたけれど、想定できていた事ではある。スーパーで売ってる肉がどうやって動物から肉になったのかくらい、一度は想像してみるものだ。
だいたい、心持ちとしては一角ウサギを探した時点で食い物と認識しているわけで、食い物が食い物らしくなっただけで何かがそこまで変わる訳でもない。
それから、キダさんの説明を聞きながら、買い込んだ調理器具を広げ、簡易的な竈を組み立て、火を熾した。
このへん、ちょっとキャンプみたいでワクワクするなぁ。
「火熾し、難しいですね……」
やっと火の赤色が見えるようになってきた薪の隙間を眺めつつ呟けば、キダさんが「お前どうせそのうち火の魔術使えるようになるだろうが」と早口に突っ込んでくれる。
火かぁ。火はなー、……怖いんだよなぁ。
オール電化ハウスで育った人間としては、火に対しては危ないというイメージしかない。
しかも火事とかなったら普通にヤバいので、戦闘での咄嗟の行動で使いたくない。
ファンタジーじゃないんだよな。
いや、魔術は普通にファンタジーなんだけど、実際使うとなると、そこには現実的なリスクや恐怖が伴う。
もちろん、種火くらいは使えたほうが便利は便利なんだろう。
そのへんも含めて、神都に戻ったらあの人に聞いてみようかな。
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