第25話 何故勇者と共には征けぬのか

 温め直した残りのシチューを食べる頃には、日が傾いていた。

 街道の夜歩きの仕方もキダさんがレクチャーしてくれるというので、焚き火の傍らでのんびりと過ごしたのだ。


「ハイリ、お前、神都に一度戻るんだろ。いつ王都を出るんだ?」


 空になった鍋を川の水で洗うさなか、そう問いかけてきたキダさんに私はウーンと唸って返した。

 それな、どうしよ。まだ考え中なんだよな。


「やっぱ考えてなかったのか」

「考えてますよ、考え中なだけで。お金溜まって魔獣猟団も辞めたので、王都に残る理由がもうないんですよね」


 なのでぶっちゃけ明日にでも王都を出ても構わないのである。朝のうちに携帯食料や水を買って出れば、最初の旅人宿までその日のうちにたどり着けるだろう。


「そうか、そうだよな……あー、なんかな。つい数日前にまだまだ常識教えてくれ、って言われてたのに、途中で放り出すようで凄く気が滅入ってきた」


 めちゃくちゃ真面目な人のキダさんは、今更私のスピード退団に罪悪感が湧いてきたらしい。


「考えてみると余所者に鷹揚なはずのカーへティナの魔獣猟団さえ追い出されるってな……それを放り出すとか、ヤバイよな絶対」


 一人でブツブツと呟きながら青褪めるキダさんにちょっと呆れる。どんだけ責任感強いんだ。

 たった一月弱の期間にちょっと面倒見ただけの行きずりの他人に、ここまで感情移入する方が大丈夫なのかと思う。


「まあ、神都戻って魔術について少し勉強したらまた王都に来るわけですし、そんときにハルニヤさんとかにもう少し色々聞いてみますよ」


 洗い終わった鍋を拭いて、他の調理器具と纏めてセットの巾着袋へと戻す。キダさんは青い顔のまま私の行動を眺めていたが、しばらくして、「あっ、そうだお前」となにか別件を思い出したようだった。


「魔物退治の時、勇者様に助けてもらったんだったよな? カーへティナを出る前に、一回顔合わせたほうがいいんじゃねえの。今は王城に滞在中らしいけど、勇者神教経由なら連絡できると思うぜ」


 う。

 分かっていたが考えるのを避けていた事を突っ込まれてしまった。


 まあ確かに、お礼くらいはきちんと言いたい。助けを乞うたは自分だし、王都から先に進む人と神都に戻る私ではしばらく顔を合わせる機会も無くなる。


 それは分かってるんだけど……。


「……顔、合わせにくいんですよねー」

「やっぱりか。そうだと思った。守護聖にならなかったからか?」


 キダさんの指摘に、私はうーんと唸りつつ、首を横に振る。


「勇者の旅に同行しない事にしたのは合理的判断でしたよ。この世界の常識も無ければ戦いの技能もサバイバルできる知恵もない素人が着いていくのに何の利点があるんですか?」

「まあ、そう……いや?」


 頷きかけて、しかしキダさんは途中で首を傾げた。


「前にも思ったが、それは勇者様も同じ状況だろ。勇神の加護があるかないかだけで。だから、その、なんつうか……精神的な支え?」


 メンタルケア要員、なるほど?

 だが残念ながら、神田さんに同行しないと決めるにあたってその必要性についても既に考え、結論は出してある。


「無理ですね。最初はなんとかできるかもですが、すぐ潰れます。私が」

「お前が?」


 胡乱げな聞き返しに頷く。


「お恥ずかしい話なんですけどね。精神面においても、やっぱりお荷物になるのは私の方なんですよね」

「そうか?」

「そうですよ。旅も戦闘も明らかにお荷物の素人が無理矢理知り合い程度の仲の人にくっついていくって、どう考えても精神的におかしくなりません?」

「んー……それは、そうだな」


 メンタルケアするどころの話じゃない。パワーバランス的に、どう考えても依存するのは神田さんではなく私だ。

 そうなったら最悪だ。神田さんの旅は世界中から支援されるようなものなのだ。そこに明らかな荷物として私がぶら下がっていたらこの世界の人はどういう感情を抱くのか、想像するのは容易い。


「それに、勇者の加護で狂わずに済む人数も無制限じゃないらしいんですよ。そしたらやっぱり、その貴重な枠を私なんかに使うべきじゃないのは自明の理ってやつじゃないですか」


 神田さんの旅に同行する人材は、なにかしら最高峰のものであるべきだと思う。

 それは勇者神教も同じように考えていて、だからこそ、旅に同行しない方が良いと決断した私に対して非常に肯定的だったのだ。


「……でも、神田さんはちょっと理屈より感情の人みたいなんで。役に立つとか立たないとかじゃなくて、私が心配だから一緒にいてほしいとか、そんな感じで同行を求めてるみたいなんですよね」


 私がたった2週間で王都に来ることになった、直接的な原因はたぶんそれだ。

 私と神田さん、両方の言い分を聞いた勇者神教の人達は神田さんと私を一処に留めておくべきじゃないと判断したのだ。

 そうでなきゃ神田さんの考えなんてものをわざわざ私に伝える理由がない。


「あー……なるほどなぁ。そりゃ、勇者様本人には説明できねえわな」

「本人の感情をザックリ切り捨てて合理的に役目を果たさせる目的で教団は動いてますし、私もそれに乗っかっちゃってますからね」


 顔も合わせにくくなるというものだ。見捨てたわけではないが、神田さんの思いを取るに足らない非合理的で不要なもの、としている時点で、私にだって罪悪感のようなものが湧く。


 キダさんはやっとモヤモヤした部分を飲み下したようで、ふう、と一息吐いた。


「そろそろ、帰りますか。キダさん、今日はありがとうございました」

「……おう。神都まで気をつけて行けよ。そんで、戻ってきたら、俺にもちゃんと声掛けろ」


 いつもみたいに気のいいお兄さんのような笑顔を浮かべ、キダさんは気さくに私の頭をぽすぽす叩いた。

 ……この人、私の実年齢知ったら卒倒するんじゃなかろうか。

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