第26話 第一回王都観光終了

 結局、神田さんには手紙を書くことにした。

 勇者神教の中できちんと情報共有がされているのか、ハルニヤさんがお手紙セットを持ってくるという直接的な行動指針を示してくれたからだ。


 とはいえ、神田さんは別に友達ではない。

 馴れ馴れしすぎないように文面を考えていった結果、なんか会社のお礼状みたいになってしまった。同僚だし、これでいいか……。


 便箋をきちんと閉じて、背伸びをしつつ窓の外を見ると、まだ日は高い。うーん……今から王都出発しちゃおうか。

 やるべきことは済ませた。

 部屋は今朝掃除したばかりだし、荷造りは荷物が殆ど増えてないから毎日してあるようなものだ。

 いくらか部屋に出ていた私物を鞄にしまえば、それで終了。あとは食料と水だけ買えばいい。


「ハルニヤさ〜ん」


 鞄を背負って部屋を出て、中庭の掃除をしていたハルニヤさんに声を掛ける。


「神田さんへの手紙書けたので、神都に帰ろうと思います。お世話になりました」

「ええ? 随分と急ですね」

「そうですか? あ、これ、手紙お願いします」


 ハルニヤさんはちょっとびっくりした様子ながら、ちゃんと神田さん宛の手紙を預かってくれた。


「神都に何か届けるものはありますか?」

「いいえ、特には。では、ハイリさん、道中お気をつけて」


 一月ばかり滞在しただけなので、ハルニヤさんとの別れはあっさりと済む。

 まあ、また王都に来たらここに泊まる事になるだろうし、そんなに湿っぽくお別れしなきゃいけないわけでもないだろう。



 魔獣猟団の仕事ですっかり馴染みになった東の城門で、旅券を出して出国(出国でいいのか?)用の列に並ぶ。

 東街道に出る人は多いが、神都に行こうという人は身元がしっかりしているようで、東門の審査は他の城門より随分早い。

 ぼんやりと列の進みに従っていると、先に旅券を確認しに来た兵士さんに声を掛けられた。


「ん? ハイリではないか」

「あ、どうも、ライオットさん」


 王都初日にお世話になった人だ。

 それ以来会話はしてないが、城門を出入りする際に見かければ会釈や軽い挨拶をしあうような仲にはなっていた。


「なんだ、レヴォーシャに戻るのか」

「はい。ちょっと予定より早いですけど、お金も溜まったので」

「レッジから聞いたぞ。お前、凄腕の魔術師だったらしいじゃないか」


 それはどの時点での話を聞いたのだろう。なんて返したらいいか分からず、「いえ、あはは……」と曖昧に笑って誤魔化す。


「ふん、相変わらず奇妙なやつだな。また歩いて神都まで戻る気か?」

「そうですね。魔獣猟団で面倒見てもらった人に野営の仕方を教わったので、練習しながら帰ってみようかと」

「今度は旅人宿も利用しないつもりか……いや、まて。ちょうどいい。お前、一つ仕事を受けてみないか?」


 呆れた様子のライオットさんから突然飛び出した提案に、私は思わず「はい?」と聞き返した。


「旅券の不手際で護衛が外れた商人がいてな。慌てて代わりの人員を探しているようで、城門の横に張り付いていて邪魔なんだ」

「はぁ……その護衛ですか?」

「そうだ。荷馬車一つしかない駆け出し商人だから、旅は徒歩だし、野営の準備もしてあった。おそらく旅人宿の代金を削りたいんだろう」


 条件としては問題はない気がした。別に突っぱねて断る理由もないので、とりあえず会うだけ会ってみることにしよう。

 ライオットさんはよっぽど荷馬車が邪魔なのか、列の先とは別室で出国審査をさっさと済ませてくれて、件の商人に紹介を取り付けてきた。


 思い返すと、ライオットさんには紹介されたり案内されたりばかりしている気がする……。

 奇妙な縁もあるものだなぁ、なんて思いつつ城門を出た途端、すぐ右側に馬車の轅があり、横腹を打ちそうになった。


「うわっ、あっぶな」

「おい商人! 門扉の前には馬車の一部でも出すなと行ったはずだ」


 ライオットさんの雷みたいな鋭い怒声が飛ぶと、馬車の後ろから小柄な影が飛び出てきて、ガバっと頭を下げる。


「ご、ごめんなさい! 馬が馬車を押し出しちゃって……」


 あれ。この声、聞き覚えがあるな。

 ふわふわとした濃い金色の頭がパッと跳ねるように上がって、猫のような目が私の方に向く。


「あれ? この前の、爆買いのお姉さん?」

「そうですけど、その覚え方はどうかと思う」


 間違いじゃないんだけどさ。爆買……。


 シンプルながら色遣いのいい旅装に身を包んだ商人は、あのめちゃカワな服の店主さんだった。

 彼女は「あはは、ごめんね!」と以前のようにあっけらかんと謝ると、ライオットさんに護衛の人かと確認する。


「そうだ。魔獣猟団に所属していた実績があるので、東街道の護衛なら問題ないだろう。知り合いなのか?」

「お客さんよ。でも今回は護衛さんね。私、メイラっていうの」

「天原珮理です。ハイリでいいです」


 メイラさんは私の名前にちょっぴり首を傾げたが、すぐに切り替えて護衛契約の話を始めた。


 行き先は新都レヴォーシャまで。期間は余裕をみて10日ほど。

 旅人宿の利用は3日に1回の頻度で、あとは野営。護衛の他に野営の準備も頼みたい。食事は基本的に自炊。材料はある程度は売ることもできるとのこと。


「護衛料は……ごめんなさい、そんなに出せないの。前金が1000テトリ、あとは一日につき400テトリずつよ」


 ちょっと安めかな、とは思う。

 隣のライオットさんをちらりと横目に伺うと、非常に渋い顔をしていた。ちょっとじゃなくて破格の値段ということらしい。


「わかりました。いいですよ、それで」

「えっ、いいの?」


 自分で言い出しておきながら、メイラさんはびっくりした顔で私を見つめる。


「一人で歩いてようが連れがいようが、魔獣や魔物が出れば対応するのに変わりませんし、宿の利用や食事についても元からの予定からほとんど変わりませんから」

「えっ……そうなの? じゃあ、もうちょっと安くしてもいい?」

「この話は無かったことに」

「ごめん、冗談よ! ごめんなさい!」


 ちゃっかりしているが、だいぶ愉快なお嬢さんである。


「お前達、話が纏まったなら、さっさといってくれ」


 私達のやり取りを見ていたライオットさんはいつの間にやら疲れたような、呆れたような顔をしていた。


「「はーい」」


 私とメイラさんの返事が被る。楽しい旅程になりそうだった。

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