第二章

第27話 帰還の旅路

「レヴォーシャはカーへティナより布が安いって聞いたの。だから見に行ってみようと思って」

「良かった。商人に転向しちゃったわけじゃないんですね」


 荷馬車にみっしりと手作りジャムの瓶を乗せたメイラさんは、てくてくと歩く暇な道すがら、神都行きの本来の目的を話してくれた。

 どうやら服の売れ行きが安定してきたようで、布の仕入れをもっと安価に行いたいらしい。


「ジャムなら染め物の片手間に作れるから、そんなに苦じゃないし、保存食だからどこでも売れると思うの」


 荷台に積まれたジャムをちらりと見る。

 小瓶に詰められたフルーツジャムは、美味しそうな上に可愛らしさがある。

 入れ物のデザインがどれもいい。形は様々だが無骨なものはなく、透明度の高いガラスのもので統一されていて、ジャムの鮮やかな色がよく見えるのだ。


「上手く売れるといいですね。新作の服、楽しみにしてます」


 2週間しか滞在してないうえ、勇者神教の『城』でしか生活してない今の私には、レヴォーシャでこのジャムの瓶詰めが売れるかどうかはさっぱりわからない。

 なんていうか、あそこ宗教都市でちょっと特殊らしいし。


「ちなみに、おひとつおいくらなんですか?」

「200テトリにしようと思ってるわ」

「じゃあ、神都についたらいくつか欲しいです。お土産にちょうど良さそうなんで」


 『城』に土産を渡せるような知り合いはあの説明担当官くらいしかいないし、彼が今回も私の対応に出てくるかも分からないが、まあ、自分で食べても構わないし。


「ありがと! ちなみに、なんのジャムが好きなの? マトラ? パルーム? ミロ?」


 あ。やばい、フルーツの種類全然分からない。

 野菜はキダさんからいくつか名前を教わったんだけど、流石のキダさん塾でもフルーツまでは網羅していない。


「うーん……ブルーベリーですかねぇ」

「え? なにそれ、初めて聞くわ」

「そういえば、故郷でしか聞いたことがないかもしれないですね。あ、魔獣の気配がするのでちょっと待ってて下さい」


 仕方がないので、秘技・曖昧な微笑み《日本人の誤魔化し顔》で煙に巻いて話を逸らす。

 別に嘘は言ってないし。異世界云々勇者云々を説明するのがちょっと面倒なだけで。


 横の茂みの中に踏み入り、灌木の下で警戒していた耳飛びウサギをサクッと氷柱で仕留め、水の魔術の応用で血抜きを秒で終わらせる。


 死後硬直の関係で、肉は本当は数日置いてから調理したほうが美味しい、と地球で聞いたことがある。

 でもこの世界だと、肉の美味しさとか、あんまり気にしてられないんだよな。柔らかくなったとしても臭みが出るほうが食べにくいし、腐らせそうだし。

 これは狩り専門で調理はしない魔獣猟団に共通の認識で、キダさんからも狩った肉はさっさと処理するか売っぱらうかするべきという教えを受けている。

 

「メイラさん、耳飛びウサギを狩ったんで、ちょっと早いですがお昼にします?」


 というわけで、さっさと煮込みにするべく雇用主に昼休憩を申し入れた。


「いいわよ。ところでそのウサギの毛皮って売ってもらえたりする?」


 対するメイラさんの視点は、どこまでも服職人のそれだった。


 耳飛びウサギの毛皮は柔らかいし、色もやや緑がかってはいるが、白っぽいものが多くて可愛い。


 メイラさんデザインのファー付き冬服、絶対欲しい。

 もちろん、即決で売る事にした。



 初めてのキャンプ、じゃなくて野営は絶対に支度に手間どる事が分かっていたので、私とメイラさんは日が沈むよりずいぶん早い時間にテントを張る事にした。


 場所は街道から少し外れた森の縁にした。

 女二人旅なので、魔獣や魔物に襲われるより、人に襲われる方が怖いなと思ったからだ。


 この世界では、街から一歩外に出れば、無法地帯に等しい。

 取り締まる法律も警察組織もないのだから、当然と言えば当然の話なんだろう。


 現代法治国家だった日本だって、無差別に車で拉致とかされて山や海に捨てられたら行方不明者になるんだろうし、人の悪意は魔獣なんかよりよっぽど怖いというものだ。


 ウサギ肉はメイラさんがジャム煮を推した。パルームのジャムというのが一番おすすめとの事で、仕上がったジャム煮を分けるのを対価に一つ瓶を開ける。

 パルームは柑橘系のような爽やかな酸味のある香りがして、一口食べてみると、味もほんのりと苦みのある酸味が強い。オレンジとグレープフルーツの中間のような感じだ。美味しい。パンに乗っけて食べたい。

 

 ジャムには果肉も入っているので、マーマレード煮みたいな感じでいいだろうか。耳飛びウサギは首から下は肉質が鶏に似ているので、似たような感じで作れるだろう。


「あれ、意外と手際が良いわね。作った事あったの?」

「鶏のマーマレード煮というのが近い料理でありまして。ジャムの感じが似ていたので、それを応用しました」


 ジャムの種類に全く疎いわりに迷いなく調理を進めたことに、さすがに突っ込みが入ったので、また適当にボカすモードに突入する。


「マーマレード? 聞いた事ないわね……」

「パルームと似た系統の香りのする果物で作った果肉入りのジャムのことをそう呼んでいただけです」

「へえ、そうなの。言葉の違いね。ハイリはどこの街から来たの? レヴォーシャの人だと思っていたけど、カーヘティナと近い神都でそんなに言葉が違うとは思えないから、きっと違うでしょ?」

「そうですね。神都は前に居た街というだけで、出身はまた別です。新しい宿という意味の言葉で呼ばれてた土地でした」

「ああ~……なるほどねえ……」


 日本でもお馴染み、街道沿いの土地にあるあるの地名は、この世界でも同じようにあちこちにある。

 これはキダさんから仕入れた雑学で、何を隠そう、キダさんの出身も『新宿』を意味する名前の宿場町らしい。

 ちなみに、私も地球での住所には新宿という地名が入っているので、嘘はついていない。


 メイラさんはそれ以降、私の出身地がまったく気にならなくなったようで、食事を終えるとウサギの毛皮の処理に没頭し始めた。

 私もタープテントの設営に必死で、そうしているうちにあっという間に陽が沈む。


 うう。野営、やってみると思った以上にめんどくさい。

 でもこれに慣れないと王都から先に進めないしな。頑張って効率化を図るしかないか。

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