第28話 酒の席の与太話

 3日目に泊まった宿場町は勇者の話題で満ちていた。

 神田さんたちは宿と宿の間を馬で移動し、浮いた移動時間分で街道周辺の魔獣や魔物を狩って回ったようで、ちょっとした有名人になっていたのだ。


「勇者様が王都に来てたなんて、知らなかったわ。入れ違いになっちゃったのね」


 大部屋の片隅で食事をとりながら、王都へ向かった勇者の話を把握したメイラさんは少し残念そうに呟いた。


 入れ違いとはいうが、神田さんが王都に着いてから5日ほどの時間があった。

 到着してすぐには仔蜘蛛の魔獣こともあって立て込んでいた筈だし、滞在は王城とのことで、下町まで情報が回らなかっただけだろう。


「会いたかったんですか?」

「会いたいというより、見てみたかったの。勇者っていう特別な人はどんななのかしらと思って。その雰囲気で服を作ったら、勇者様の人気で売れたりしそうじゃない?」


 この人、勇者の非公式イメージグッズ作ろうと考えてたの。


 思わず変な笑いが出そうになって、左手に持つスープのマグが揺れる。あぶない。ご飯を溢すところだった。


「目の付け所が新しいですよね……」


 スープを飲むフリをして、マグで口元を隠す。


 メイラさんは私のコメントに、「そうでしょう?」とイタズラっ子のような快活な笑みを浮かべた。

 その笑顔のまま、でもねぇ、と言葉が続く。


「面白いアイデアだと思ってくれるのはきっとハイリさんだけよ。あのスカートだって、物珍しさで見に来る人はいても、服にこんなに細かな刺繍をするなんて糸がもったいないって言われてばかりで売れなかったし」


 たった数日の付き合いだが、ちょっと驚いた。

 弱音、ちゃんと吐くのかこの人。しかも自信のある服の事で。


 宿の食事で出されたお酒の影響かもれない。

 だとすると相当酔うのが早いが。


「帽子とか手袋とかにはどれだけ刺繍が入っててもなんとも思わないくせに、シャツやスカートにだけ刺繍が入ってたらおかしいなんて、変よね。そもそも、貴族じゃないという理由だけで仕事をしないとき用のスカートが無いのが変だわ」


 合いの手も入れてないというのに、メイラさんの怒り上戸はなにやらこの世界の常識にまで向かい始めている。


 新しいものを作ったとして、それを広めるのは本当に大変な作業だ。

 だから商人という、売る専門の人は世界を跨いでも存在するわけで。


「だいたい、汚れるのが気になるなら汚してもいいスカートじゃなくてエプロンを着けるべきで──」

「メイラさん、神都ではどんな布を仕入れるつもりなんですか?」


 お酒の席での話なら、と思って、普段は控えていたメイラさんの商売の話にちょっとだけ踏み込んでみる。


「どんなって、いつもと変わらないわ。安くて丈夫な布よ。色は自分で染められるから気にしないわ」

「あー。……お洋服、安くするんですか?」

「そうよ。だってそうしないと全然売れないもの」


 ぶすくれた仔猫みたいな顔をするメイラさんにちょっと苦笑する。


 やっぱこの人、単純に価格を下げようとしていたのか。

 それってどうなのか、少し考えてみる。


 王都の下町の人々の服の購買意欲は、メイラさんがグチグチと文句を言っているとおり、そもそもがとても低いと思う。

 なんというか、単なる消耗品のような扱いをしている気がする。

 繕い物や古着で事足りるならそれで済ますようだし、どうしても新品が必要となればは布を買ってきて自分で縫うような人が大半という感じで、服屋は多分無い。そういえば見なかった。きっと、メイラさんと出会ったあのフリーマーケットみたいな通りは特殊な場所だ。


「メイラさん。布地なんですけど、ちょっといいやつ買ってみるのってどうですか?」

「え、どうして? むしろ高くなっちゃうじゃない。そしたら売れないわよ?」

「売る相手が違うんですよ。そうだなあ……さっき言ってたエプロンとのセットにして、菓子屋に持っていくとかいいかも」


 王都の菓子屋は異様に多い。下町にも多くて、服屋の一つも見ないのに、お菓子屋さんは店舗を構えているお店がいくつもある。

 理由は単純明快で、貴族が買い漁るからだ。

 服飾の方は下町と貴族街の間に確固とした断絶があるようだが、菓子は売れさえすれば貴族が買うのである。


「なんで菓子屋……?」

「売り子さんに仕事着にして貰うんですよ。若い女性が多いでしょ? 売る方も買う方も」


 王都には、制服の概念があまり浸透していないようだった。いや、貴族街は分からないが、下町では神官や騎士のような一部の組織だけは服装を揃えていても、所属組織側が何らかの意図の元に統一デザインの服を指定する、という発想はほとんど無いように感じた。


「最近の流行りの菓子屋は店の内装を可愛くしてましたよね。それと同じ感覚で、売り子さんがお揃いの可愛い服を着てたら話題になりそうじゃないですか?」

「あ、あー、確かに、それは可愛いかも……」


 でしょ? と促して、私は少し冷めてしまったスープに向き直る。

 愚痴モードに入っていたメイラさんの酔いがいい感じに醒めて、真剣にアイデアを吟味し始めて静かになったので、私の方も真剣に食事を味わう作業に戻ったのだ。


 食事は観光の醍醐味。

 この非常に大雑把かつシンプルな野菜スープも、地球にいた頃の私からすれば、わざわざ田舎風を銘打つような洋食屋を探さなければありつけない、非日常的な食事なのだ。

 まず使ってる野菜が現代日本とはまるきり違うからね。キャベツに似ていると思った葉物野菜の茎がこんなにホクホクした食感だとは思わなかった。

 美味っ。塩漬け肉が野菜の甘みをこれまた引き出すようで、あっさりながら奥深い旨味が詰まっている。


「……考えてみるわ。安くして誰かに買ってもらうより、どこかに売り込めるようなきちんとした品質にした方が良いかもってことよね」


 しばらくして、メイラさんは私の提案をしっかり咀嚼し終えたらしく、そのように要約した。

 まあ、認知度が上がってこれまでのスカートが売れるでもよし、庶民層の店の制服という商品として広まるでも良し。


「これまでとちょっとコンセプトがズレるので、宣伝用の別商品を開発するみたいな感じでしょうかね」


 王都の高い人口密度による、雑多な人混みに一人二人あのスカートを履いた人間が紛れたところで、ほとんどの人間の印象には残らない。

 一つの店の制服にしてしまったほうがよっぽど目に留まる。目論見通りに話題になればなおさらだ。


「そうなるとブランドロゴとかあったほうがいいかな……」


 うーん。文化的に通用するか本当に分かんないんだよな。


「なあに?」

「いや、看板……刻印的な?」

「なんで急に曖昧なのよ。でも、言いたいことはなんとなく分かったわ。商会の印章ね?」

「多分そうです……かね」


 商会なるものに全く縁のない私には分からなかったので、曖昧に頷くしかない。

 メイラさんは可笑しそうに笑って、それから、「考えてみるわ」ともう一度言った。


 うん。この世界の常識に疎い私には、アイデアを投げてもそれが使えるものなのかはサッパリ分からないので、じっくり考えてほしい。


 ……だいぶ無責任な提案をしてしまったので、ほんと、じっくりしっかりメイラさんが考えてくれる事を、スープを咀嚼しながら祈るばかりである。

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