第29話 初失敗
キダさんが教えてくれた野外調理は、旅の間たいへん役に立ってくれている。
街道沿いの森は旅人が狩猟して良い野生動物・植物の種類が非常に多く、貧乏旅のメイラさんはできる限り食費を浮かせようとしたし、私としてもなるべく路銀の足しを稼ぎたい。
「荷馬車の一角、貸してもらっちゃってすいません」
「いいわよ、どうせ空いてたしね」
そんなわけで、6日もすればメイラさんの荷馬車の一角を私の獲物の肉と皮が陣取るようになった。
小型の冷蔵庫くらいの大きさの氷の箱にみっちりと、王都で売れば数日は宿に泊まれる量が詰まっている。神都で同じ値がつくのかは分からんけども、まあ、旅人宿で売れない事もないし。
本当に最初から最後まで世話になりっぱなしだなキダさんには……。神都から戻る時にはお土産買って挨拶に行くとしよう。
と、のんびり馬車の揺れを毛皮製の即席クッション越しに楽しんでいると、果実のような甘い香りが風の魔術に引っかかった。
「……あ、メイラさんちょっと」
「今度は何を見つけたの?」
「お花か果実かなー。見てきます」
馬車を飛び降りて、指向性のあるそよ風を魔術で起こして広げ、反応の位置確認をする。街道から少し離れた木立ちに踏み込んだところに、その香りの正体があるようだ。
食べられる果実だったら、昼飯の足しにする。そうでなければ、……平和な旅の護衛の暇つぶしに、魔術の研鑽として香水作りにチャレンジしてみようかなぁ。
そのくらい、すごくいい匂いだと思った。キンモクセイのような、洋梨のような、なんとも言えない美味しそうで瑞々しい甘い香りだ。
茂みを氷の魔術で乗り越え、よいしょ、と覗き込んでみると、低木に白い小さな実が鈴なりに生っているのを見つけた。
周囲にふんわりとあの香りが漂っている。鳥が啄んだのか幾らか割れた実が地面に落ちていて、蟻のような小さな虫が集っている。多分毒は無いかな……。
試しに一粒摘んで割ってみると、間違いなくこの実が香りの元だとわかった。
「あー、めっちゃいい匂い。なんだろこれ」
呟いてみてから、これまで地球と同じ植物を見かけた覚えがないので、どうせ考えても無駄だなと思い直す。
水の魔術で左手の平に水球を作り出して、その中に摘み取った実をポイポイ突っ込み、それなりの量にしてからメイラさんのところへ戻った。
「魔術って本当に便利ねー」
メイラさんはそろそろ私の魔術に見慣れたようで、のんきな声でそう言う。
「メイラさん、これ食べられるか分かります?」
「うーん……」
水から一粒取り出して、メイラさんに渡す。
知らない植物・動物はメイラさん頼りである。キダさんにある程度教えてもらったけど、メジャーどころを簡単にレクチャーして貰っただけの付け焼き刃知識なので、こういう場合は出番がない。
「ごめん、見たことない実だわ。多分食べれるものじゃないわね」
「そうですか……」
「でもすっごくいい香りね。この香りのままジャムに出来たら王都でも人気が出そう。ちょっとマトラに似てるかも」
マトラは一昨日メイラさんがジャムを開けてくれたので、言いたいことは分かる。でもどちらかと言うとあれはなんか桃に近い香りだった気がする。
まあ、甘くて瑞々しい感じの香りという方向性は同じか。
「どうする? 試しに食べてみる?」
「いえ、ちょっと他に試してみたいことがあるので使っちゃいます」
お腹下すといけないし、香水にしておこう。とりあえずそこまで強い毒性が無ければ蒸すくらいやっても平気だろう。
◆
その夜、寄った旅人宿で早速小さい鍋を買った。
肉と毛皮の在庫はごっそり減ったけど、あのくらいの量ならちゃんと狩りすれば一日あれば余裕で狩れるし、これは魔術の研鑽・研究を兼ねているので決して無駄遣いではない。
常々、不思議に思っていることがあった。
なんで魔力で生成すると、融けない氷なんてものが出来るのか?
融けない氷を作ったのは偶然だった。確か、寺院で出されたお茶がアッツアツだった時、適当に出した氷がいつまでも融けなかったし、冷たかったのだ。
アレ気づいた時すげぇびっくりした。
そうなった理屈は全然分からないけれど、多分、氷の融点とかを考えず本当に適当に『氷』を作り出したからなんじゃないかと睨んでいる。
なぜなら、普通に溶ける氷も作れるからだ。
ということはだ。融けない氷はH2Oで出来てるわけではないということだ。
当然ながら、氷を作る時も水分子がどうとか考えている訳ではない。だがしかし空気中の水分を集めて作った氷は本当に普通に融けていくので、まああれは多分H2Oを凍らせて作っているのだろうと思う。
閑話休題。
何が言いたいかというと、魔力から生成すると、通常の物質とは異なるルールのナニカを作ることが出来るのではないか、ということである。
魔力で生成したものはどんどん魔力が抜けていき、抜け切ると跡形もなく消える。そのあたりを考えるに、割とあり寄りのありの考えなのではないだろうか?
「つまり……イメージ次第で、熱い水蒸気も水の魔術で作り出せる。いざ!
あ。
失敗した。
初めての感覚だが、はっきりとそれが分かった。
水蒸気を出してみようとした鍋の、蓋を開けて中を覗くと、そこには何も無い。
当然だ。
考えていた
「意外と奥が深いなぁ……」
だとすると、水蒸気を出せるのは水と火の属性の掛け合わせだろうか。
属性の掛け合わせは魔獣猟団では一度も聞いた試しのない概念だ。やり方も全く見当がつかない。
魔術は割と想像力がものを言うというか、『どれだけ自分にしっくりくる感覚で理屈を並べるか』みたいなところがある。あると思ってた。今初めての失敗するまでは。
どうやら魔術側にもなんらかのルールがあるらしい。
「うーん……」
その日の晩は、気になるゲームを中断してベッドに入った時くらい、眠れなかった。
勇者のオマケだったので、異世界を自由に旅することにした けいぜんともゆき/関村イムヤ @keizentomoyuki
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