第22話 回復

 あれ。私いつの間に寝たっけか。


 気がつくと支部の寝室の天井を見上げていて、枕の上で首を傾げた。


 身体を起こして状況を確認する。

 泥塗れだった身体はきれいに清められ、服が着せ替えられている。

 いつの間に怪我をしていたのか、両膝と、右手のひらとにガーゼを当てて包帯が巻かれていた。


 時計はないので、いまいち時間が分からない。

 なんだかすごくお腹が減った感じはした。

 随分良く寝た、という感覚だった。


 とりあえず礼拝堂を覗いて、ハルニヤさんが居たら起きたことを伝えて、それから食堂に行くか。


 立ってみると全身の気怠さと、脱力感と、筋肉痛が酷かった。

 けど、まあ、予想の範囲内だったので、身体をほぐしながら着替えをした。


 あんだけ無理くり走り回ったら、そりゃあね。

 一日中歩き回っても平気な身体づくりと、何度も必死で全力マラソンするのに耐えられる身体づくりはまったく別物なのだから、しょうがない。


 目眩のしそうな空腹感を堪えながら廊下に出ると、掃除をしている人がいた。


「おはようございます。すいません、今何刻ですか?」

「あら? 随分寝坊されたんですね。もうそろそろ七の鐘がなる頃ですよ」


 くすくすと笑うその人にお礼を言って、気持ち早足に廊下を急ぐ。

 やばい。丸一日寝てたかもしれない。いくら疲れていたからって、流石に寝過ぎだ。


 礼拝堂を覗きこむ。誰もいない。

 あー、いないのか。どうしよ。

 早く状況を理解するために探しに行きたいくらいだったが、空腹感はますますつらくその存在を主張してきていた。

 ……諦めて先にご飯か。



 野菜と魚がたっぷり入ったガッツリ系スープをモリモリ食べていると、慌てた様子でハルニヤさんが駆け込んで来た。


「ハイリさん! あっ、居た!」


 居ます。なんかすいません。


 口に入っていた分を飲み込んでから、「おはようございます」と挨拶をする。

 珍しく険しい顔をしていたハルニヤさんはそれで少し落ち着きいたのか、ほっとしたような表情になった。


「おはようございます。身体は大丈夫ですか?」

「はい。ちょっと筋肉痛がある程度で、何も問題はなさそうです。結構寝ちゃったみたいですけど、私どうやってここに帰ってきました?」

「ああ、それがですね──」


 ハルニヤさんが説明してくれた話によると、私はあの後、魔力枯渇による意識混濁を起こした、らしい。

 私の感覚としては、多分それは魔力枯渇じゃなくて体力限界によるグロッキー状態だと思う。


 まあ、朦朧としながらも、レッジさん達が帰還を決定するまでは子蜘蛛を遠隔で凍らせ続けていたようで、帰りもフラフラしつつもちゃんと自分で帰ってきたそうだ。


 全然覚えてないけど。


 支部まで送り届けられた直後に気絶してぶっ倒れたらしく、風呂や着替え、手当などは女性神官達がやってくれたそうだ。


 それでそのまま、まる1日近く寝ていた、と。


「それは、大変ご迷惑をお掛けしました」

「いえいえ。あなたの生活の世話は、もともと私達の仕事ですから」


 黒曜蜘蛛の魔物と産まれた蜘蛛の魔獣に関しては、昨日のうちにある程度討伐出来ていたらしい。


 魔物はレッジさん達が神田さんと倒し、魔獣はあのエルミーナというお姉さんと私が、昨日の森の中にいたものはほぼ狩り尽くしていた。

 外に散ったものに関しては、今日、勇者率いる傭兵ギルド、魔獣猟団が総出で捜索・討伐に出ているそうだ。


 魔獣とはいえ、普通の黒曜蜘蛛とは生き物として生態が異なる。

 狩り尽くしてしまえるよう、結構な人数が動員されたという話だった。


「あー……もっと早く起きればよかった」


 魔獣猟団が総出で魔獣狩りをしているというのに、一人だけグースカ寝こけていたというのは、ちょっと気まずい。


「あなた、まさか、今朝起きてたら討伐に出るつもりだったのですか?」

「え? そりゃまあ。出勤できるなら仕事しますよね? それに、私昨日は魔物狩るのにほとんど役に立てませんでしたし、できる仕事で挽回しないと」


 何を当たり前の事を……と思いつつ問い返すと、ハルニヤさんは首を横に振る。


「あなた、倒れたので、流石に今日のうちは絶対安静ですよ」

「あ……そうなんですか。もっと鍛えないとなぁ」


 体力消耗だけで寝込んでりゃ世話ない。体力さえ保てば、魔力的には問題ないのだから、まだまだ子蜘蛛の討伐ができたのだ。

 ああいうのは早期排除ができるに越したことはない。


「……昨日のうちに確認できるだけで、あなた一人で100匹の蜘蛛を仕留めていたとエルミーネ導師から報告が上がってます」


 死んだ蜘蛛の数を一体どうやって調べたのか非常に気になるが、それはさておき。


 倒せてたの、たったそれだけか……。

 感知できた子蜘蛛は300匹を優に越えていたと思う。数えたわけではないけど、密度としては確実にそのくらいだった。

 東街道は守れたかもしれないけど、子蜘蛛の早期対処としては明らかに結果不足、だと思う。


「魔術を覚えたてで、これは凄いことだと思いますよ、ハイリ。よく頑張りました」


 ハルニヤさんはフォローしてくれるが、別に彼は魔獣猟団でも魔術師でもない。


 まあ、猟団でも、新人にしては頑張った、と言って貰えるとは思う。

 でもなあ。

 あの少数精鋭の魔物の討伐に参加したからには、新人だからどうとか、関係ないんだよな。


 私はもっと頑張れたし、頑張らなくちゃならなかった。

 ベストを尽くさなきゃならない場で、そうできなかった原因は、私の体力切れという事前努力の不足だ。


 だって、皆走ってた。

 この世界では同じスタートを切った神田さんでさえ、息を切らさず走ってた。

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