第21話 所詮勇者のオマケなので

 お姉さんは指示通りに、波長を探る感知の魔術に魔力を走らせてくれた。

 さすがは勇者神教が大事な勇者に同行させた人材。見ず知らずの他人の、全く知らない魔術に、あっさりと魔力を繋いでくれる。


 そのまま、魔獣の波長を読み取る感知の魔術を起点ごとお姉さんに向かってと、まだ走らせたままの自分の魔力から、ちゃんと魔術の形をそっくり受け取ってくれたのが分かった。


 すげ。これ、絶対めちゃくちゃ難しいのに。

 一発では無理かもしれないから、吐いてでも何度かやらないといけないと思ってたのに。


 お姉さんは眉一つ動かさず、涼しげな顔だ。

 これがホンモノの魔術師ってやつか。かっこいい。


 次に、まだ共有状態を維持したままの氷の魔術を、その感知の魔術を利用して放つ。


「なるほど……」


 お姉さんは氷棘の棺のイメージをちゃんと理解してくれたようで、間髪入れずに再現を放ってくれる。

 うわー、この人、今範囲指定した? 一箇所に固まってた子蜘蛛の反応が10匹くらい一気に消えたんだが。すっげえ。


 これはもう大丈夫だろう、と魔力を止めて、完全に魔術を明け渡す。

 よし。これで、だいぶ楽になった。

 ぐわんぐわんと回っていた視界と頭痛がかなりマシになり、深呼吸して上がっていた息を整える。


 吐き気が収まって来てから、お姉さんの手を借りる形でやっと立ち上がると、周囲の蜘蛛を威勢よく切り飛ばしていた神田さんが駆け寄ってきた。


「天原さん、大丈夫!?」

「……うん、なんとか」


 私のへろへろの返事に頷いて、「で、どうなってるの?」と神田さんは端的に問う。


「黒曜蜘蛛の魔物の討伐中。魔物が生んだ魔獣が、急成長して大量に溢れかえってるとこ」

「そう。……状況はわかったけど、天原さんはなにがどうしてここにいるの?」

「討伐に同行してたよ。そっちの魔術師のお姉さんに引き継いだ水属性の魔術で魔物や魔獣の位置を感知してたんだけど、途中で子蜘蛛大発生に気づいたからそれの対応してた」


 神田さんは傍らのお姉さんをちらりと見上げて、「エルミーネさん……」と名前らしきものを口にした。


「魔物と、討伐の本隊はどちらに?」


 お姉さんの問いかけは更に簡潔だ。神田さん勇者の案内人を兼ねているのか、王都の事情にも詳しそうだった。


「西南のほうでまだ戦ってます」

「あなた、援護などの任は?」

「私の魔術の威力だと、黒曜蜘蛛の硬い外皮に阻まれてなんの有効打も与えられないので、子蜘蛛の方に専念しました」


 話しているうちに、大蜘蛛の反応は動きを止めた。

 レッジさん達の方に怪我人とか、出てないといいけどな……。


「彼らにも子蜘蛛の対処に参加してもらった方がいいとは思ってたんですけど、ちょっと周囲の子蜘蛛を遠隔で叩くくらいしかできませんでした」

「……そうですわね。氷の魔術は強度のある対象には不利」


 ゆっくりと頷いて、お姉さんは「わかりました」と頼もしい声で言った。


「私もそこまで攻撃力の高い魔術に長けているわけではありませんが、周囲の黒曜蜘蛛のであれば対処できるでしょう。ですので、あなたは勇者様を大蜘蛛へと誘導してくださいませ」

「わかったわエルミーネさん。私は天原さんと一緒に来てた人たちが戦ってる魔物をやっつければいいのね」

「そうすれば子蜘蛛に対応する人手が増える……」


 お姉さんは魔物の位置は分からないし、この三人の中で大蜘蛛討伐の役に立てる可能性があるのは神田さんだけ。

 妥当な振り分けだと思って、私も頷いて同意を示す。


「それでお願いします。よろしくお願いします、



 共に駆けだした神田さんは、非常にもの言いたげな視線を何度もこちらに寄越した。

 けど、今はそんな場合じゃない。

 しかも一回限界ギリギリだった私はすでに息が上がっていて、問答ができるような状態でもない。


「そこを、右、に」


 道案内に徹する私に対して、神田さんは近づいてくる子蜘蛛を蹴散らしながら示した方へと進んでいく。

 そんな状態なのに、私は神田さんについていくのもやっとだ。


 これでも少しは体力つけたんだけどなぁ。


「……! 天原さん、先に行くわ!」


 もうすぐ着く、といったところまで来ると、神田さんは放たれた矢のような勢いで飛び出していった。


 一瞬、理解が追いつかなかった。

 なんだ今の。人間やめてるみたいな速さじゃん。

 

 万全の状態でも追い付けないその速さに、次第にこみ上げてきたものは、気の抜けるような笑いだった。


「大丈夫ですか!? 皆さん、今、回復を──生命の息吹リザレクションブレス!!」


 木の影から窺い見えた、地獄絵図のような血みどろの戦いの痕跡が、神田さん一人の登場であっさりと綺麗に塗り替えられていく。


 黒曜蜘蛛の魔物と、殆ど地面を這いずるようだったレッジさん達の間に身を滑り込ませた神田さんは、剣を掲げた。

 それがまた、可笑しいくらいに様になっている。


「さあ、立って!!」


 神田さんの放った特別な魔術で傷を癒やされたレッジさん達は、呆然としながらも、それぞれの武器を抱えてしっかりと立ち上がる。

 そして、勇者の背中に続いて、魔物へと闘志を漲らせ、向かって行った。


 まるで、物語のような一連のシーンだ。


 そう思って、笑う。泥塗れの手で構わず口元を抑え、クツクツと喉で笑った。

 笑うしかないやろ、というくらい、勇者は凄かった。


 いいや、神田さんが凄いのか。


 ──ああ、良かったな。

 1人で旅に出たのは、やっぱり、間違ってなかった。


 異世界に来てしまったなんとなくの心細さから、神田さんに纏わりつくような無様な真似をせずに済んで、本当に良かった。


 レッジさんとラカーティさんが魔物の注意を引きつけ、バスカルさんとエラッジさんが魔物の動きを抑え、マークスさんと神田さんがひび割れた黒曜の外皮を切り剥がす。


 やることないな。

 じゃあ、先に子蜘蛛の掃討を再開するか。


 やっぱり、勇者のオマケの私には、雑魚ちらしくらいが担当範囲って感じだな。

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