第4話 魔獣猟団

 ハルニヤさんにお礼を言って、さっそく紹介状を持って魔獣猟団の拠点に行ってみることにした。


 魔獣猟団の拠点は南門広場に面する位置にあるらしい。

 今私がいる勇者神教の支部は、東門の大通りから入った中央寄りだから、道は……。


「おい、どこ行くんだ」

「あれっ? まだいらっしゃったんですか?」


 呼び止められて振り返ると、解せぬというような顔をした兵士が立っていた。

 今朝、入国からこの支部まで付き添ってくれたあの人である。


 門が開いて早々の早朝から、昼過ぎの今までかなりの時間が過ぎている。

 もしかして私が爆睡しちゃったせいで戻れなくなった……?


「いや。いつまでいるんだみたいな意味ではなくてですね。私のせいで引き止めちゃってたら申し訳ないなと」

「お前の事情を神官様から伺っていたらこの時間になっただけだ。お前の監視は解けたぞ、一応な」

「あ、そうなんですか。お疲れ様です」


 一応ぺこりと頭を下げると、ますます不可解なものを見るように兵士さんの表情が険しくなる。


「……で、どこ行くんだ」

「就活です」

「は?」

「えーと、その、仕事を求めに。魔獣猟団の拠点に行こうかと……」


 ハルニヤさんの反応を思い出して、気が引けながらもぽそぽそと説明した。


 兵士さんの眉間の皺がさらに深くなったらやだなー。


 などと考えていたのだが。


「……なるほどな、魔獣猟団か」


 予想と正反対の反応をされても、それはそれで困る。

 なんかわからんが、兵士さんは謎の納得を見せた。


「で、道は分かるのか?」

「お手すきでしたら、案内をお願いできますでしょうか」

「バカ丁寧な喋り方だな」


 親切の気配を感じてすかさず下手にでたら、嫌そうな顔をされる。

 よくわからない人だ。



 兵士、ライオットさんは門の守衛をしている都合上、毎日城壁を出入りする魔獣猟団に顔見知りが多いそうだ。


 道すがらぽつりぽつりとお互いの事を尋ねているが、まあ、当然だろうが、ライオットさんは私よりも勇者の方が気になるようだった。


 勇者は本当に召喚されたのか、とか。

 勇者が召喚されたって事は魔王出現の噂は本当なのか、とか。

 勇者は強いのか、とか。

 どんな人間が勇者になったのか、とか。

 勇者と私がどんな関係なのか、とか。


 私がライオットさんに年齢が31歳、27歳の妻と6歳の子持ち、門の守衛になって5年、兵士業は10年、その前に3年ほど傭兵業を務めていたということを聞き出すまでに、この人は私が勇者の元の世界での同僚だった事しか私についての情報を得てない。


 不審がられてないと安心するべきか、それとも無関心を嘆くべきか。


 更にライオットさんの幼なじみが魔獣猟団でベテラン団員をしている、という情報をゲットしたあたりで、目的地が見えてきた。

 南門広場のだだっぴろい空き地のようなスペースの一角に、天幕を並べて簡素な木の柵をたててあるのが魔獣猟団の拠点らしい。


 危なかった。

 一人で来てたら、いつまで経ってもこれが拠点とは思えずウロウロ広場を彷徨うことになっていたかもしれない。

 パッと見、単なるキャンプ場に見える。


「オウ、ライオット。何してんだ。今日は非番じゃねえだろう」


 こちらに気づいた大柄な男が先に声を掛けてきた。

 片手を肩の高さあたりに上げた彼に対し、ライオットさんも同じように手を上げて応えている。

例の幼なじみだろうか。


「レッジ。いや、なに、道案内だ」

「道案内ぃ? 衛士長がそんな下っ端みたいなことをするたぁ、そのガキ、どこのボンボンだ?」


 ジロ、と男の視線がこちらを向く。

 上から下までザッと値踏みするような目の動きのあと、男は首を傾げた。


「……あー、勇者神教の神官か?」

「いや、客分らしい。魔獣猟団で仕事をしたいそうだ」

「そりゃなんだってまぁ……いや、本人の希望次第だから構わねぇけどよう」


 なんとも奇妙なものを見る目で再度、男の視線が私の頭から爪先までを行ったり来たりする。

 あ、そういや、紹介状。

 ふと思い出して、懐から紹介状を取り出し男に差し出す。


「はじめまして。珮理といいます。魔獣猟団に入団希望です。よろしくお願いします」


 丁寧に挨拶したつもりだったが、男は黙ってたいへん困ったような顔をライオットさんに向けた。

 ライオットさんはそれに、やはり黙って首を横に振って返す。


 それはどういう意味なんだ。ノンバーバルコミュニケーションは割と高度な文化の部類なので、異世界初心者には理解が難しいんだぞ……。



 なんだかよく分からんが、と前置きした上で、レッジという男は私を天幕の中に通し、入団希望書を持ってきてくれた。


 読めるか、と聞くので素直に読めませんと答えると、思ったより丁寧に読み上げてくれる。


 まあ、だいたい雇用契約書みたいな内容だった。

 死んでも補填は無い、とか、1回目の鐘と7回目の鐘の時刻に城壁外の見回りを行うとか、狩った魔獣の対価は班で分割だとか、退団する際はちゃんと退団希望書を書けだとか、そんな感じのことだ。


 事前に教えられていた事と殆ど同じだったので、ササッとサインをしてレッジさんに返した。


「……あー、じゃ、このまま夕方の見回りやっか? くたばらなきゃだが100テトリは日当が出るぞ」

「あ、はい、参加します」

「…………あー、じゃ、とりあえず今日は俺の班だ。武器は貸し出しが隣の天幕にある。時間まで好きに漁っとけ」


 難しい顔をしてレッジさんがそう言うので、言われたとおり、隣の天幕で武器を見繕うことにした。


 私の戦闘技能は低い。

 2週間しか準備しなかったのだから当然なのだが、魔術しか戦闘に役に立ちそうな素養は無い。

 その魔術だって基礎である一語詠唱とかいうやつしかまだ使えない。


 このあたりの魔獣や魔物と戦う程度なら問題ない、と説明担当官からは言われているが……ほんとかな。


 とりあえず、腰に付けられそうなベルトのついた短剣があったので、それを借りることにする。

 木立ちに踏み込むときに枝払いとかに使えそうだし、一つあれば便利な類だろう。


 「なんか見つかったか?」と後からやってきたレッジさんはそれを見てひどく微妙な顔をしたが、ベルトの付け方に一言二言述べただけで、ぐっと口を閉じるようにして黙ってしまった。


 とりあえずどんなもんか見てみてから口を出すって事なんだろう。

 手持ち無沙汰に他の武器を眺めていると、時々その武器はナントカだ、使い方はこんな感じだ、と説明をいれてくれたが、持ってけとは言われなかった。


 やがて、都市の中心から、鐘の鳴る音が響いてきた。

 初仕事の時間だ。


「行くぞ、新入り」


 レッジさんはひどく不安そうな目でこちらを見下ろしながらも、そう言って私の背中をポンと叩いて押した。

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