第5話 初めての魔獣狩り

 今の時期は日が長い季節らしい。夕方の見回りというが、外はまだ昼間のように明るい。


 レッジさんの後ろにくっついていると、どこからともなく団員と思われる人たちが集まって来た。

 誰が休みだとか、誰だかのところに新入りが入ったとか、朝はどこになんの魔物が出たとか、軽い情報交換をしては去っていく。


「レッジ! 新入りか?」

「そうらしい。ライオットが連れてきた。勇者神教からの紹介だ」

「へぇ、妙なとこから回ってきたもんだな」

「佩理です。よろしくお願いします」


 尋ねられたり、レッジさんが紹介してくれたりするたびに自己紹介して会釈しておく。

 大体の人が奇妙なものを見るような表情になったが、気さくに挨拶を返してくれる人もいた。


「そろそろ集まったな。出るぞ」


 レッジさんに促され、南門からゾロゾロと城壁の外に出る。

 魔獣猟団はざっと50人くらいの人数で、そのうちの半数がさらに半分に分かれて城壁沿いに歩いて行く。


 きょろきょろと様子を見まわしていると、分厚い剣を持ったお兄さんが「ハイリ」と近づいてきた。


「何見てるんだ?」

「キダさん。いや、どんな風に見回りしてるのかなって」

「ああ、向うに行ったのは少し離れたところから見回りを始める奴らだ。俺たちは正面の街道を少し進んでから適当な茂みや木立ちに入るぞ」


 キダさんはレッジさんの部下みたいな雰囲気の人で、たぶん私の面倒を見てくれることになったらしい。


「班分けについては聞いたか?」

「いえ、あまり。狩った魔獣の報酬を分けるということしか」


 街道のすぐ横の小さな木立ちに分け入りながら、前を歩くキダさんの質問に答える。


「だいたいでしか決まってないんだ。レッジとか、あの辺の団員歴の長いベテランがこっちの方を見るぞ、って適当に分けて、入団から面倒見てもらってるやつがなんとなくそれに従って動く」


 それはなんとなく分かった。

 魔獣猟団は私が考えていたより組織化されていないみたいで、かなりゆるく団員同士が連携を行っているようだった。


「で、あとは気の合うやつで組んで動く。まあ、周りから離れすぎないように見ながらな」


 キダさんの言う通り、確認するとレッジさんの傍にやんわり集まってきていた人たちがバラけてそれぞれ木立ちの中を歩いているのが見える。

 離れすぎないようにしているようで、声を出せばすぐに分かるような距離感だ。


 説明を聞いているだけでその木立ちは突っ切ってしまった。

 街道に一旦戻って、同じくらいのタイミングで出てきた他の人たちと短くやりとりしたキダさんは、次に少し東側にある森の見回りを選んだようだ。


「一角ウサギの糞があったらしい。あいつら年中繁殖期だから、定期的に狩るんだ。俺たちで二、三匹やるぞ」

「一角ウサギ?」


 またウサギか。王都までに遭遇した魔物のウサギといい、どうもウサギに縁があるな。


「王都周辺はウサギ系の魔獣多いから覚えておけよ。一角ウサギのほか、耳飛びウサギだの岩鎧ウサギだの、魔獣猟団にいれば毎日なんかしら相手にする」

「へぇ~……あ、キダさん。そこ」

「あ?」


 私が示した先では、木の根に不自然に土が盛り上げている。

 キダさんはしばらくそれをジッと見つめ、ふいに指を口元に持って行った。

 ピューッと甲高い音が木々の隙間に響き渡る。

 指笛だ。え、それもしかして猟団では必須技能なんだろうか。


「キダさん?」

「ああ、いま猟犬を呼んだ」


 猟犬がいるらしい。出てくるときには気づかなかったな。


 どんな犬なのかと思ってワクワクしながら待っていると、急に背後でドサッと何かが落ちてくるような音がする。

 反射的に振り向くと、犬……いぬ? 犬と呼んでいいのかよく分からないが、犬っぽいものがいた。


 中型犬くらいの大きさで、毛足が長く、毛の先が緑色にキラキラと輝いている。

 で、身体からなんか、草と花が生えている。


「ガイシア。いい子だな」


 キダさんがしゃがむと、その犬っぽいのは嬉しそうにキダさんの前に駆けて行って、そこにお利口に座った。

 ワシワシと頭や首をキダさんに撫でてもらって、へっへっと口を開いてご満悦の表情。


 おお……動くとまんま犬だな……。


「この子、ガイシアっていうんですか?」

「ああ。緑風狼のガイシアだ。頭が良くていい子だぞ。ガイシア、新入りのハイリだ」


 ガイシアはすっと立ち上がると、尻尾をぶんぶん振りながら私の方に近寄ってきた。

 私のまわりをうろうろしながら、フスフスとにおいを嗅いでいる。


 おお……挨拶もまんま犬だな……。


 敵意がないことを示すために、私もしゃがんで地面に視線を落とす。

 いつだったか、犬だか猫だかは視線が合うとバトルが始まると聞いたような覚えがある。


 ガイシアが私の存在に馴れ、落ち着きを見せると、キダさんが再びガイシアを側に呼び寄せた。


「よぅしハイリ、まずは手本を見せてやる」


 キダさんがガイシアと目線の高さを合わせ、木の根っこの土の盛り上がりを指差す。


「いるか? ……いるのか。じゃあ、狩るぞ。行け!」


 キダさんとガイシアが同時に走り出し、不自然に風が唸った。

 ガイシアの魔法だろう。

 盛り土が突風で吹き飛ばされ、中からビョッとウサギが顔を覗かせる。

 額に一本、宝石のような角が生えているのが見えた。あれが一角ウサギか。


 一角ウサギは慌てたように穴から飛び出した。だが、その先には既にガイシアが回り込もうとしている。

 急な方向転換でガイシアを避けようとする一角ウサギだが、避けた方向から吹き荒れる風にぶち当たってよろめく。


 あ。魔法を使うな。

 一角ウサギの角が金色に光ったかと思うと、砂の塊が飛んだ。

 目くらましたが、急な砂掛けを食らったガイシアは不快そうに唸ると足を止めてしまう。


 けどキダさんの足止めはできていない。

 一角ウサギが改めて逃げようとした途端、キダさんの剣が一閃した。


「おおー……」


 キダさんかっけえ。いや、剣がかっこいいんだろうか?

 なんか非常にロマンを感じた。剣と魔法のロマン的なやつだ。


「ハイリ、ちゃんと見てたか?」


 革袋に狩った一角ウサギを放り込みながら、キダさんがそう尋ねてきた。


「はい。一角ウサギの捕まえ方、逃げ道を塞いで撹乱しながら包囲網を縮めてく、て感じで合ってます?」

「あ? あー……そうだな。それで合ってると思うわ」


 キダさんが曖昧に頷く横で、ガイシアがぴょんとジャンプしたかと思うと、そのまま空中を翔けるようにしてどこかへ行った。他所の班に呼ばれたのだろう。

 しかし、空飛ぶのか。なんでもありだな。


「よし、次、二人でやるぞ」


 キダさんの先導で森を奥に進む。

 進みながら、ときおり足を止めて、発見した野生動物の足跡や、糞、食事跡などの痕跡について説明してもらった。


 魔獣猟団は魔獣を専門に猟を行うが、基本的には猟師と似た技能を必要とするようだ。

 かくいうキダさんも普段は猟師業と兼任しているそうで、団員にはわりとそういう人が多いらしい。


「大抵は探索係みたいになる。あとは猟犬に指示を出したり、罠を張ったりな」


 普通の猟と違って魔法を使った戦闘になることが多いので、魔獣の魔法に対応できる戦闘力を持った団員と組んで動くようになるという。

 班分けが自然に出来るのはそういう理由が大きいようだ。


「……お、あったぞ。巣穴だ」


 キダさんが指差した先では、ちょうど一角ウサギが地面の巣穴に潜っていこうとしているところだった。


「じゃあ、お前が追い込んでみろ」

「わかりました」


 巣穴を挟み撃ちできるように二手に別れる。

 さっきキダさんがガイシアとやったように、私が一角ウサギを穴から炙り出して、逃げ道をふさいで、キダさんが剣でトドメを刺す、という流れだ。


 ……逃げ道をふさぐと言ってもな。使える魔術はほとんどない。とりあえず一番得意な氷の壁かな。



 穴に向かって手を翳し、魔術を発動させる。

 魔力がごっそりと動いて、周辺の水分の魔力を支配し、一瞬で押し固めるのが分かる。


「──お!?」


 キダさんのいる方に向かってしか飛び出せないように氷の壁で穴を囲って……次は一角ウサギを穴から出さなくちゃいけないな。



 翳した手のひらの先に生まれたゴルフボールくらいの氷の塊が弾かれたように穴に向かってすっとんでいく。

 ドッと地面に突き刺さったそれが巣穴の盛り土を盛大に吹き飛ばし、驚いた一角ウサギが穴から飛び出してきた。

 連続で。


「──おおおっ!?」


 うわ、三匹もいたんだ。普通のウサギと違って群れになることもあるのか。


 巣穴の向う側のキダさんは予想外の一角ウサギの多さにびっくりしたようだったが、次々に剣を振るってきっちりぜんぶを仕留めていた。


 えー。剣かっこいいなあ。キダさんに弟子入りしよっかな。

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