第3話 王都の就活
「えっ、徒歩で来たのか?」
「そうですけど……」
「流れの傭兵か? 冒険者?」
「違いますけど……」
王都カーヘティナに順調に辿り着いた七日目の朝である。
今すぐ宿を取ってシャワーを浴びてベッドダイブをキメたい私だったが、なぜか入国(入国でいいのか?)審査に躓いている、気がする。
「もう一回確認するけど、名前は?」
「
城門に併設された詰所の一室のようなところに通されてから、実に四回目の自己紹介を私はしていた。
「アンムァハ……」
「天原」
「アムア……、アムァハー……」
「ハイリで大丈夫です」
どんだけ私の苗字は発音しにくいんだろうか。
カーヘティナの城門の兵士さんは納得いかないというような、もの言いたげな表情をずっと浮かべ続けている。
「本当に勇者じゃないのか?」
「じゃないですね。手荷物検査で出てきた手紙の内容の通り、勇者はあと一か月くらい準備してから旅立つ予定です」
「で、お前は?」
「観光遊学目的の者です。一応、勇者神教の伝令という名目もありますが」
「……で、神都レヴォーシャから徒歩で来た?」
「そうですね。歩きで旅してみたかったので」
「勇者神教の教会騎士だったりするのか?」
「違いますけど」
一体何回このやりとりをするのか。いい加減うんざりしてきた。
兵士の方も質問を繰り返しているくせに同じことを思っているらしく、しばらくすると「少し待ってろ」と言い置いて部屋を出て行ってしまう。
なんなんだ。
もしかして世間的には勇者神教って評判悪かったりするのか?
もし王都に入れてもらえなかったらどうしよう、と心配し始めたころ、兵士は別の兵士を連れて戻ってきた。
「悪いが、見張りをつける。勇者神教の寺院まで一緒に行け」
「分かりました」
王都に入れるならなんでもいい。
勇者神教の支部みたいなところに行く予定も、もともとある。お使いを頼まれているのだ。
宿を取って寝て身支度を整えてから行こうと思っていたけど、こうなったらその寺院とやらに泊めてもらえばいいだろう。
泊めてと言えば泊めてくれるはずだ。たぶん。
「じゃもう行きましょう。はやく。さあさあ」
厳めしい顔をした兵士をグイグイ押して進もうとしたのは、今思うと眠すぎたのか疲れすぎていたのか、とにかく正気の沙汰ではないが。
ともかく、私はカーヘティナに無事到着した。
◆
迷子になりかけたのを見張りの筈の兵士さんに案内してもらい、寺院とやらにやってきた。
らしい。
記憶があいまいだ。
後から聞いた話によれば、私は寺院にやってくるなり高位神官にまっすぐ向かっていき、手紙を押し付けて「眠い」と一言喋ったという。
寺院側はとりあえず私に休息を取らせる事にしてくれたようだ。
休憩所に案内された私は、うつらうつらしながらしっかり身体を清めて寝台に飛び込み、それきり動かなくなったようだった。
「ご迷惑をおかけしました……」
「いえいえ。初めての旅路だったのことで、お疲れでしょう」
手紙を受け取った高位神官、ハルニヤさんという人は、宗教家らしく穏やかに笑う。
「手紙読んだんですか」
「はい、拝読いたしました。勇者様の先触れ、大儀でしたね」
お使いの内容である。
任されたのは、勇者の動向について王都に知らせる手紙を王都の支部に届けること。
路銀を出してもらったり、旅券を発行したりするのに丁度よい理由づけという意味合いが強いようで、それほど重要な任務というわけではないらしいが。
「それで、あなたは王都を見て回りながら、旅の資金を稼ぎたいとか」
「そうですね」
最初にいたところ、勇者神教の都市である神都レヴォーシャは非常に特殊な都市で、稼げる仕事というものが無い。
宗教都市ってそういうものらしい。
皆だいたい同じくらい裕福だし、同じくらい清貧に生きていて、お金を稼ぐための仕事というものが殆どない。
なので、王都で仕事を探すことになった。
予定としてはまず一ヶ月くらい。真面目にそのくらいの期間を働けば、神都レヴォーシャに戻る路銀くらいは貯まるらしい。
一応、今回はお試し旅なので、その期間で区切って旅の報告をしに戻る事になっているのだ。
「わかりました。仕事の紹介は私が行いましょう」
「よろしくおねがいします」
「……一つだけ聞いても?」
仕事斡旋するのに一つだけしか聞かなくていいのか、と思いつつ、なんでしょうかと聞き返す。
ハルニヤさんはほんの少し困惑を微笑みに混ぜて、「これは単なる疑問なのですが……」と前置いた。
「世界を旅したいということであれば、勇者の旅に同行すればよかったのでは?」
「……えーと。それはですね」
なんというか、まあ、ご尤もなご意見なんだが。
「できる限り勇者と関係ない状態でいたくて……」
「それは、元の世界で勇者様と何か問題が?」
「イヤ……」
自分の気質の問題なので、非常に言葉にしづらい。
冷や汗をかきながら唸る私に哀れみでも感じたのか、ハルニヤさんは「わかりました」とその話題を切り上げてくれた。
ありがたい。
◆
昼食を頂いた後、ハルニヤさんが早速仕事の紹介状を持ってきてくれた。
会話には召喚の魔法陣の効果で翻訳がかかるが、文字はそういうわけにはいかないらしく、勉強がてらハルニヤさんに読み上げてもらって意味を赤字で書き込んでいく。
一つはこの支部での仕事だった。
別棟で養老院を経営しているらしく、そこのスタッフ。
日当は400テトリ。
一つは貴族の邸宅での下働きで、掃除や洗濯などをするらしい。
日当は300テトリ。
最後に魔獣猟団の団員募集。
これはもともと目当てにしてきた仕事で、城壁の外の見回りと、魔獣の猟を行う。
日当は200テトリしかないが、インセンティブがあるという。
魔獣。種族として魔法を使う獣の総称である。
魔物と違って殺しても身体が崩れたりしない上、種族として安定して魔法が使えるという特徴上、魔力保有率云々の関係で骨や革にも高値がつくそうだ。
似たような仕事を行う職業に冒険者と傭兵があるとも聞いたが、都市周辺の森林は王侯貴族が権利を持っているので、魔獣猟団の領分となっている。
都市から離れずに魔獣狩りをするなら、魔獣猟団に入団するべしということだ。
ちなみに、王都生まれの労働者の一日の稼ぎはだいたい500テトリを最低とするらしく、このラインナップは余所者用の安い仕事という事がわかる。
「うーん……魔獣猟団にします」
「えっ、いいのですか?」
ハルニヤさんは私の返事にびっくりしていた。
「持ってきた手前、こんなことを言ってよいのかわかりませんが、とても、その、女性のする仕事ではありませんよ」
盛大に濁したが、まともな人間のする仕事じゃないという意味だと思う。
魔獣猟団は年中団員募集で、入団拒否されることはほとんどないという話だ。
つまりそれだけ人の出入りが激しいんだろう。
死ぬのか、怪我するのか、嫌になって辞めていくんだかは分からないが。
「私、魔術の素養が多少はあるようでして。旅に向けてその素養を伸ばしたいので、いいんです」
「そうですか……」
釈然としない、といった様子のハルニヤさんだったが、紹介状はちゃんと渡してくれた。
気が変わったら他の紹介状でも大丈夫ですので、と念押しもされた。いい人だ。
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