第9話 金銭感覚とは

「全部で3000テトリでいいわ!!」


 と、威勢よく言った店主のせいで、私の財布の中身はすっからかんになった。


 観光するし、財布は一つしかないしと全財産を持ち出してきた私が悪い。

 ああ、元の世界に戻ったら、もうクレジットカードも銀行のキャッシュカードも持ち歩くのをやめよう。全財産を服に叩いたという前科ができてしまったのだから。


 オマケで付けてもらった鞄に服の一式を入れてもらい、私はいったん支部へと戻ることにした。

 もう昼食を買うお金も残ってない。


「買ってくれてありがとう。まさか、こんなに売れるとは思わなかったわ」


 店主はホクホク顔で店じまいをしている。

 数日分働きに出たのと同じくらいに収入があったから、もう今日は引き上げるのだろう。


「……刺繍と色遣いがほんとに可愛かったので。今日買わなかったら、もう二度と買えないかもしれないし」


 ハンドメイドのいいところでもあり、悪いところでもある。その上、この露店とは二度と出会えないかもしれないというのもあった。


「そうね。私、普段は働きに出てるから、お店を出す日は決まってないの。出会いに感謝しましょ」

「お店、出す場所は決まってるんですか?」

「またなにか買いにきてくれるの?」


 聞き返されて、う゛、と言葉に詰まった。

 お出掛け着は一式買ってしまった。ただでさえ、旅をするときには荷物になってしまうのだから、これ以上は買えない。

 だけどめちゃくちゃ好みのデザインだったので、また見に来たい……とも思っている。


「小物とか……見に来るので……」


 さすがに服がもっと欲しいとは言えなくて、たった今店主が仕舞おうとしているシュシュのようなものを指さしながら言った。

 あれなんだろ。ゴムが無い以上、シュシュじゃないことは確かなんだけど、刺繍の入った布にぎゅっとギャザーが寄せられていて、可愛い小物であることは確かだ。


「ほんとう? ありがとう! お店は出すときはいつもこのあたりよ。私、ここに住んでるから」


 店主は背後にある集合住宅を示して、ぺかっと笑った。

 休日はここに来ることにしよう、と、ダメなことを考えて、私は帰路についた。



 気を取り直して、午後はハルニヤさんおすすめの公園に行くことにした。


 王都は中央に貴族街というものがある。

 読んで字のごとく、貴族の住む町屋敷というものがある区画だ。

 そこは平民が用もなくうろうろしていると不審者扱いで憲兵に取っ捕まるので行けないが、その手前、平民の街との境界線として、王立公園がぐるりと作られているそうだ。


 道が綺麗に舗装されていて、花や草木も貴族の庭園のように手入れされていてたいへん見ごたえがあり、王都に住む人も散歩スポットにしているし、王都を訪れただけの人も一度は見に行くという。


 支部からの距離もそこまで遠くない。

 大通りをまっすぐ王都の中心に向かって歩いて行けば、通り沿いにあるお店がどんどん高級店みたいな雰囲気になっていって、それが途切れるところが王立公園だ。


 道路の色が変わっているので、一見してもここからが王立公園だと分かりやすい。

 暗めの橙色のような、レンガタイルが魚のうろこのような模様で敷かれていて、馬車が通れる広い道の向こうに、花壇に挟まれた歩道が整備されている。


 花壇は真ん中にトピアリーのある植え込みがあって、それを囲むように花が咲いている。


 なるほど。本当に貴族のお庭みたいに手入れされているらしい。すごく綺麗だ。


 そんな道がずーっと続いているのだ。円形に近い形になっているから、一方向に歩き続けることができるし、確かにいい散歩スポットである。


 見どころは花だけではない。

 ここは貴族街と接するところなので、人の装いも華やかだ。

 さすがに同じところを歩いているわけではないが、植え込みの向こう側には日傘を差して楚々と歩く、ドレス姿の女性がちらほらと見える。


 あー、買った服を着てくれば良かったな……。


 万民に許されているらしい公園なので、ときどきくたびれた服装をしている人もいる。同行者がいるわけでもないし、誰も他人の恰好を気にしていないので、完全に自分のテンションの問題なのだけど、こういうところを観光するときはお出掛け着で来たい。



「というわけなので、今日は魔獣を沢山狩りたいです!」


 休日明けの朝見回り。私は世間話がてら初の休日の思い出をキダさんに話し、そんな風に宣誓した。


 キダさんは顔を両手で覆ったまま無言だ。服を買って貯金が尽きた話をしたあたりからずっとこうだ。


「……ハイリ。おまえ、金の使い方どうなってんだよ……」


 ようやく、といった風にキダさんは呻いて、「身の丈に合わない買い物なんかすんな」と流れるような動きで私の頭を軽く叩く。


 でもさぁ……あんなデザインの庶民用の服、見たことないし……。

 王都で十日暮らして一度も見てないし、もちろん神都でも見てない。刺繍の入ったスカートは贅沢品なのだと思う。


「そもそも、出掛ける用の服ってなんだよ。貴族かお前は」

「え? そこから?」


 キダさんのボヤきにより、お出掛け服の概念が無いことが判明した。

 あんなにいい品物なのに、買う意志を見せたら店主がビックリしてたのはそういうこと、かな?


 素材は周囲の人が普段着ているものと同じっぽいから、平民向けのものである事は確かだけど、おしゃれ着的な考えがなければ割高な服でしかない。


 そうなると……あの店主って天才なんじゃなかろうか。少なくとも王都において、庶民向けのおしゃれ着というものを発明しているわけで。

 ウワーッ、ブランド化とかしてマーケティング考えたほうがいいよ、あれ。


「……まあいいや。次の休日も出掛けんのか?」

「はい。次は北門広場でやってる市場を見に行こうと思ってます」


 これはさっき、朝食を共にしたレッジさんから聞き出したオススメ観光スポットである。

 北門広場は王都外から商人の馬車が入ってくるところらしく、つまり輸入品の市場ということだ。


「また金使う気か? あー……しょうがねえ。俺がついてってやる」

「いや、そしたらキダさん休みズレるんじゃ?」

「もともと何か用事でもなきゃ休まず出てるから関係ねえよ。お前、市場なんかいったらボッタクられそうだし、着いていかなきゃ俺が気が気でない思いするわ」


 そういえばキダさん休みとってないな。昨日も出勤していたようだし……休日の概念はある筈だから、この人自主的に休日出勤してんのか。


「ついでにその全財産叩いて買ったとかいう服も着てこい。どんなだか知らんが、3000テトリもするようなもんなのか見てやる」


 職場の上司に付き添いされてあの服で観光行くのか……。

 うーん……。

 まあでも拒否権なさそうだし、しょうがない。


「わかりました。じゃあ、休みの日の前に詳細決めるとして、今日の仕事しますか」

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