第10話 水魔術の習得

 氷の属性から魔術を始めたのは、常識外れではあるらしいけど、確かに便利ではある。


 固形の物質として自由な形に生成ができる上、魔力だけで生成して溶けない氷を作ることもできれば、大気中の水分を利用して魔力の節約をすることもできる。


 拘束も出来るし、攻撃もできるし、壁も作れて防御にも使える。殴ったり蹴ったりができない私が魔術だけで戦闘を行うには、ほぼ最適解の属性選択と言ってもいい。


 でもまあ、魔術なんてこの世界でしか使えない技能なわけで、そうなるととことん使ってみたいわけで。



 今日も今日とて地面の穴に魔術を打ち込んでいる。


 ただ、試しているのは氷の魔術ではなく、水の魔術だ。

 氷の魔術が問題なく使えるので、その応用元である水の属性をやってみたら、問題なく生成が出来た。そういうわけで、今日は水の魔術なのである。


「あー、いますね。何匹だろ……7匹? 結構巣穴がデカイですよこれ。あ、捕まえました」


 水は形を持たないので、動きを指定しない場合、詠唱が非常に短くて済むようだ。

 その上、魔力で生成した場合、あとから魔力による操作の幅が広いという特性も持ち合わせている、と思う。

 応用である氷属性もその特性を受け継いではいるけれど、水は勝手に広がっていくので、操作で使用する魔力は氷の魔術より少ない。


 今やっているように、魔力を通して水に触れたものを感知することも出るし、感知した先で氷の魔術と組み合わせて獲物を捕まえるという応用も利く。


 水より氷の魔術の方が拘束や攻撃なんかの決定打にしやすいので、たぶんこういう使い方でいいんだろうな。

 魔術師は得意な属性の偏りがあるのが普通で、他の属性はその補助として組み合わせるのが多いらしい。


 魔力操作が高いレベルで要求されるので、使える人は少ないとも聞いたが……元々の相性がいい属性だからか、まったく問題なくやれている。


「マジかー……。魔術で探知まで一人でできるようになったら、俺もう魔獣狩りで教えられることなくね?」


 キダさんはちょっとショックを受けているような様子だが、いつも通り、穴から飛び出たウサギ型魔獣を華麗に袋へ詰めたあと、ついでのように飛び出してきた泥水でできたスライムのような魔物をほとんど見もせず一刀両断した。


 魔術なしに気配とかで魔物退治やってる人にそんな事言われてもな……。


「すいません、魔物が混じってたのは気づきませんでした」

「ん? ああ、そういう可能性があるのは分かってたし、凍っててむしろやりやすかったぜ。いやー、しかし、今日の成果多すぎ。水の魔術便利すぎじゃねえ?」

「そうですね。今までは氷で巣穴を探ってたので、細い穴とかは無視してたんですけど、水だとそういうの考えずに広がってくので……」


 一つの巣穴の入り口から出てくる数が多いなとは思っていたけど、もしかするともとからその数はいて、今までは捕捉率が低かっただけの可能性が高い。


「効率がいいのはいい事だ。ただでさえ手が回ってない部分があるからな」


 ウサギ型魔獣はほんとうにいくらでもいる。

 なんでも、一匹のメスが一年に4回も5回も子供を生むし、その子供も一度に7匹前後産むらしい。

 土魔法や風魔法を使うので、普通の動物に比べて餌にも困りにくいし、安全な地面の下に簡単に巣も作れる。

 成長も早いので、生まれた仔ウサギ魔獣はだいたい半年後には繁殖サイクルに加わる。ほぼほぼねずみ算式である。


 それに対して、魔獣猟団は城壁を一歩外に出れば大自然、みたいな場所をたった五十人弱でざっくり見回っている。


 人の通る街道沿いの木立ちや茂み、森林を優先して魔物狩りをしているし、逆に言えばそれ以外のところは殆ど手つかずだ。

 時々レッジさん達みたいなベテラン勢が昼間に調査に入ったりして、問題は起きないようにはしているようだけど、狩った魔獣より増える魔獣の方が多いのが実情なのだそうだ。

 単純に増えるだけなら、いくらでもある森に広がって行くだけなので、そこまで影響はないらしいが……。


「しかし、魔物も2日続けてか。増えてるのかは分からんが、見る機会が増えると本当に魔王がこの世のどこかにいるんだって実感するぜ」


 スライムの残骸と呼ぶべき灰の中から魔結晶を広いあげ、袋に放り込みながら、キダさんがそんなことを言う。


「勇者が早く魔王を倒してくれるといいですね」


 神田さんの旅立ちまで、あと10日ほどだろうか。

 勇者である彼女は単なる旅行者になった私と違って、魔物や魔王との戦闘に備えて近接戦闘も訓練しないといけない。

 一ヶ月半で旅立たなくちゃならないのも大変だろうなぁ……。



「スゲェな! もう日当が1000テトリ超えたのか! この大型新人めが!!」


 グワハハハハ! みたいな豪快な笑い声を上げ、レッジさんのでかい手のひらが私の背中を叩いた。

 痛ってえ……。そんな男社会の体育会系みたいなノリには乗れないので、そっと酔っ払いからは距離を取り、キダさんの影に隠れる。


「おう、なにコソコソやってんだ?」

「背中叩かれるの痛くて……」


 キダさんはあんまり絡み酒はしない方で、酔っても静かにジョッキを傾けて笑っている方だ。

 軟弱だな、と笑って、座りやすいように少し移動してくれた彼の隣に小さくなって座り、久々のお酒に口をつけた。


 今日は稼ぎの額が大きかったからか、団長から酒が振る舞われている。

 本人は経理事務に忙しくて天幕から出てこられないようだけど……団員はかなり出来上がっている。


 このお酒は何だろうな。アルコールの匂いはするが、何からできてるのかが分からない。果実っぽさはないが、甘い香りがする。


 未成年に戻ったと思しき身体はあんまりアルコールに慣れていなくて、チビチビ舐めているだけで体温の上がる感じがする。

 あんまり飲むと支部まで歩いて帰れなくなるから、気をつけて飲まないといけない。


 でも、ちょっと気分は良かった。


 リーダー格の人に大型新人と褒められて、お財布は昨日までと比べて倍くらいに膨れたし。稼ぎが良かったからとお酒も貰えて、魔術も進展した。


 明日も頑張ろう。

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