第11話 新人卒業

 お疲れ様、と渡されたのが、いつもの袋じゃなくて小さな木箱だった時点で何か違和感があった。

 開けて確認すると、金貨が入っていた。


「いやあ、本当に凄いねぇ。毎日ありがとうね。今日もお疲れさま」


 団長はニコニコと笑って、「少し多めに出しておいたから、お世話になってる人とかいたらお酒とか買ってみなさい」と付け足した。


 あー、稼ぎ過ぎた、かも。



「明日は休日だったか。休み明け、ちょーっと一日、出られっか?」


 レッジさんがいつになく真面目な様子で声を掛けてきて、私は「はい」と頷いた。

 一人寂しく夕食を摂っていたので、話し掛けてもらえたのはありがたい。


 先程、団長に言われたとおり、酒を買い込んできてキダさんに渡した。

 彼はそれを黙って受け取って、一人で飲みたいと焚火から離れていってしまったのだ。


 言外に、独り立ちしなさいと団長のお達しが出てしまった。

 キダさんによる新人研修は終わってしまった。思った以上に早く。


「朝の見回りの後、少し休んだら、カーヘティナの北にある森に魔物退治に向かう。お前も頭数に入れたい」

「魔物……」

「蜘蛛型のやつらしい。詳しい事は明日調査するからよ」


 あー、これか。これが独り立ち催促の、直接的な原因か。

 ベテラン勢で行う魔物狩り。そこに連れて行くなら、教育中の新人だと聞こえが悪い。確かにね。


「私、魔術しか使えませんけど、大丈夫ですか?」

「1日で5000テトリ稼ぐほど魔術で魔獣を狩れるってのに、何言ってんだお前は」


 懐に仕舞った小箱の事を考える。

 これは班の報酬だから、別に私一人で稼いだわけじゃないんだけど……。

 逆を言えば、一日だいたい1000テトリを稼ぐキダさんに、4000テトリを乗せられるほどの儲けが出たということで、それをやったのは私だ。


 捕まえるのが難しいという、血が希少な素材となる鹿の魔物をまるごと三匹、出血無しで捕まえた。

 見つけたのは偶然だった。広範囲探索ができないかと試したの水の魔術で私が見つけて、そのまま凍らせることで私が捕まえた。


「……運が良かっただけですよ」


 肩を竦めると、隣に腰を下ろしたレッジさんは、ジョッキを傾けながら「そんな悄気るなよ」と言う。


「別にキダに二度と会えない訳でもねえ。気が合ったんならそのまま班を組んでりゃいい」


 それも……どうなんだろうか。

 今日、キダさんはあの鹿の魔物を捕まえた後から、明らかに口数が減っていた。

 魔獣の狩猟に関しては、もう、私の方が出来るようになってしまったんだと思う。

 その事にキダさんは引け目を感じているし、たった20日でそうなった私に感情が追い付いていない気がする。


「キダさん、真面目だからなぁ」


 新人に自分の稼ぎで稼がせてやるにはなんとも思わないくせに、新人の方に稼がれると心が痛む人だ。

 正直、損する一方の考え方なんだけど、好感のある気真面目さでもある。


「どうせ組んでもあと十日だろ。うじうじしてねえで、口説き落としゃいいだろが」

「うー……そうですね。お礼したいですし、最後まで常識面の事とか教えてほしいですし……」


 よし。肚括って頼み込むか。

 あんなに面倒見の良い人なんて、なかなかいないのだ。魔獣猟団の新人教育は修了したが、この世界の新人教育はまだまだなんだから、あと十日くらい付き合ってもらおう。


 丸太からのそりと立ち上がった私の背を、レッジさんがバンと叩いた。

 痛ってぇ……。



 キダさんは拠点の柵に行儀悪く腰掛けて、お酒をチビチビ飲んでいた。


「なんだよ、もう来たのか」


 寄って来た私に、仕方のないやつだというような笑みを浮かべて、彼は私の奢ったお酒を呷る。


「美味いなぁ、これ。お前酒詳しくないのに、どうやって見つけたんだ?」

「アドルフ通りにある酒場で買いました。あれ、ほら、いつも夕食に買って食べてる、お肉と野菜とお芋をなんかで巻いたやつ。あのお店におすすめ聞いて……」

「パジア巻きか?」


 パジア巻きって言うのか、と思いながら、頷く。キダさんがよく買って食べているので、くっついて屋台を回っていた私もこの二十日で何度も食べた。


「……そうか。悪いなぁ、こんな美味い酒奢ってもらったってのに、俺、なんか感傷的になっちまって……」


 この人、なんというか、湿度高いな。お酒飲むと悲しくなるタイプか?


「俺のくだらないプライドが原因だからさ、明後日にはどうにかしておくから……」


 しょんぼりとしながらモソモソと喋るキダさんから、聞き捨てならない言葉が出てきた。


「明日そのテンションで出掛けるんですか!?」


 流石にそれは勘弁してほしい。観光旅行だぞこっちは!

 しかもあの凄いカワイイ服を卸して街を歩くのだ。

 ガイド的な立場のキダさんに、こんなテンションでついて回られちゃ台無しである。


「は……明日?」


 キダさんはポカンとした表情で私を見た。

 忘れられてるのかな、と思ったが、怯まず「市場!」と畳み掛ける。


「あー、あ〜……まじか。いや、そうだよな、俺が言い出したやつだもんな」

「そうですよ。何勝手にキャンセルしようとしてるんですか。私がボッタクられないように着いてきてくれるって言ってたじゃないですか」

「いや悪い。ほんとに。明日な、そうだよな」


 よし。キダさんから湿っぽい感じが消えた。


「魔獣猟団では少しは稼げるようになったかもしれないですけど、私まだ市場すら行ったことないんですから。常識について教えてくれるんでしょ、キダさん」


 こちとらもう、ガイドしてもらう気まんまんでいるのだ。

 新人教育終わったからといって、明日の約束まで反故にされるのは納得がいかないというものである。


 キダさんはもう一度、「そうだよな。悪い」と呟くように言う。


「あー、俺が悪いぜ、本当に……。あと十日だもんなぁ、お前。最後まで面倒見てやるのが筋ってもんだよな」


 なんだ、知ってたのか。まあ、そりゃそうか。


「じゃあ、明日、何時に待ちあわせしますか?」

「おう、そうだな──」

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