第12話 おでかけ着の気合い
「なんでこの世界ではゴムが開発されてないんだ……魔物の素材とかでなんかあってもいいじゃん……」
髪を結ぶのに、慣れない紐を使ったせいで、三回もやり直した。紐で結ぶのは思っていた以上に難しい。
その上、結んだ後にヘアアレンジで弄ると、ゴムと違って緩んで髪が解けたりする。現代的ゆるふわ抜け感アレンジはほぼ不可能ということか。
なるほど……今まで貴族っぽい人しかヘアアレンジしてるのを見たことがないわけだ。みんな頭巾みたいなので覆ってるか、括ってるか、おさげかなのにも、ちゃんと理由があるらしい。
一人で髪と格闘していると、部屋の扉がノックされた。
着替えは終わっているので「どうぞー」と返事をすると、ハルニヤさんが顔を覗かせる。
「おはようございます。珍しく起きてこないと思って、様子を見にきたのですが……」
「おはようございます、ハルニヤさん。もうそんな時間ですか?」
「もうすぐ一つ目の鐘がなると思いますよ」
思った以上に時間が経っているようだった。まずい、そろそろ朝食を食べちゃわないと遅刻するな。
髪を結ぶのに手間取っていることをハルニヤさんは察したらしく、スルスルと僧侶服の長い裾を捌いて近づいて来た。
「借りますね」と私の手から紐を取り上げ、縛ろうと奮闘していた頭の後ろの部分をササっと括ってくれる。
「え、すごい。上手ですね」
「昔はよく妹にせがまれましてね。それにしても、興味深い髪形ですねえ」
「そうですか?」
くるりんぱと三つ編みを合わせたハーフアップで、ヘアピンがないから単純なものを選んだつもりだったが。
「そもそも、女性でこの短さというのがまず見ないのですが」
この世界の女性の髪は長い。
勇者神教のお風呂は男女別の大浴場で、お風呂の時に何人もかち合うことがある。
皆、短くても腰の高さまである。長いと膝のあたりまであるのだから、相当長い。
そして、大抵の人が私の髪の長さに驚いた顔をする。
一応、宗教がらみの施設なわけだから、訳ありだろうと勝手に納得して誰も聞いてきたりはしない。けど、まあ、短いのだろう。
胸くらいまで伸ばしてるし、現代日本だと十分ロングヘアの域なんだけどなー。
「この髪形、髪油もピンも使ってはいないでしょう? すみませんね、そういった類はこちらでは用意できないことになっていまして……。髪は紐だけで結うのは難しいんですよ。括ったのが解けやすいので」
「あ、やっぱりですか?」
うすうす感づいてはいたが、紐だけというのはやはり難易度高めのようだ。
地球では無精してヘアゴムだけで髪をやってたからな……。
「それにしても、今日は素敵な装いですねぇ。どこかお出掛けでしたか?」
「はい、北門広場の市場を見に行くつもりです」
「それはいいですね。どうぞ楽しんできてください。あ、しかし、商人には気をつけて」
「え?」
特定の立場の人に気をつけろ、とは、ハルニヤさんの穏やかな性格からはあまり考えられないセリフだ。
驚いて振り返ると、ハルニヤさんは私のスカートをじっと見ていた。
「このスカート、欲しがる商人がいるかもしれません。危ない目にあったら魔術を遠慮なく使うことです。憲兵などに咎められたら、私の名前を出しなさい」
あんまり真剣な声で言うものだから、無意識に唾を飲んだようで、ごくりと喉が鳴る。
やっぱりこのスカート、この世界には珍しいのか。
その上、商売の種になる価値の高さがあるのか。
ひょっとすると危険な目にあうかもしれないとハルニヤさんが思うくらいには、いいものなのかもしれないのか。
……ウワーッ、やっぱりあの店主、はやく自作の服をブランド化したほうがいいんじゃないのか?
揃えで3000テトリって安すぎるんじゃないのか!?
ブランディングとか提案してコンサルやったらめちゃくちゃ楽しいビジネスの可能性があるんじゃないのか!!?
「あの……、なにか違うことを考えてませんか?」
「エッ!? いやぁ、そんなことないですよっ!?」
年の功というやつなのか、ハルニヤさんはなんでもお見通しである。
ハハハ、と笑ってよこしまな思いつきを誤魔化す私に溜息を吐いて、「出かけるのであれば、朝食にした方がいいですよ」と続ける。
あっ、そうだ、時間がやばいのだった。
◆
待ち合わせ場所に行くと、もうキダさんはいた。
……なんか、浮いてるな。
北門通りに面した王立公園を待ち合わせ場所にしたのだが、そこのベンチに座って待つキダさんはとても悪目立ちをしていた。
ちょっと厳つめのお兄さんなうえ、お出掛け着の概念がないと言っていた通り、そのまま魔物狩りに出られそうな武骨な格好なのも相まって、王立公園の洗練された雰囲気がぜんぜん似合っていないのである。
くたびれた格好の人も普通にいるこの公園で、こんなに浮くのも逆にすごい。
本人もそう思っているのか、少し居心地の悪そうな顔をしている。
まだ二つ目の鐘がなっていないので、待ち合わせには間に合っているのだが、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
足早に近づくと、気配に気づいたのかキダさんが視線を上げる。
目が合ったので手を振ろうとした。
……しかし、キダさんはなぜか私を見落としたようで、再び気まずげに舗装された道へと視線を落としてしまう。
アレ? 視力・観察眼に優れたキダさんが、気づかないなんて珍しいな。
「キダさん、おはようございまーす」
声を掛けると、キダさんは再度顔を上げ、首を傾げてこちらを見た。
そうして、ギョッとした顔でがばりと立ち上がった。
……あれ? 私、また何かやらかしたか?
街中で魔物にでも遭遇したかのような反応をしたキダさんは、びっくりして動きを止めた私を上から下まで何度か見る。
次に胡乱な表情をしたまま視線を斜め上へとさ迷わせたかと思うと、がっくりと肩を落とした。
それからやっと、「おう、おはよう」と挨拶しながら、こっちに歩いてくる。
「誰かと思ったわ、マジで。3000テトリの服、可愛いじゃん。よかったな、だいぶ安いと思うぞ」
呆気にとられたままでいる私に苦笑したキダさんは、朝っぱらから疲れた顔をしていた。
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