第13話 市場観光

 案の定、やらかしていた。


 キダさん含め、魔獣猟団の人達は、私の性別が女だと分かっていなかった、という衝撃的な事実が、私の服装によりすべてを察したキダさんによって説明されたのだ。


 髪は短いわ、服装は男の神官のものだわ、買い食いするわ、挙句の果てに魔獣猟団に入ってくるわ、とても女だとは思えなかったらしい。


 会ったばかりのお店の人に間違われるのはともかく、もう二十日も一緒に仕事している魔獣猟団にまで男だと思われていたの、普通にちょっとショックだな……。

 男兄弟育ちで口が悪いほうではあるが、さすがに男に間違われたことはほとんど無かったのにな。


「元居た世界では、女も男も好きな髪の長さにしているし、服も好きなものを着ていいし、女でも店売りの食事をそのへんで食べてもいい事になってるんですよ」

「へェ~、変わってんな。男か女か分からねえやつがウジャウジャいるってことか」


 まあ、都市部でもない限り髪の長い男性はなかなか見ないし、反対に男性のように髪の短い女性もなかなか見ないのが実情ではあるが。


「恰好だけでそんなに女ってわからないもんですかね……」

「あー…………いや、お前は恰好だけじゃないだろ。いろいろ他に理由があるっていうか、そっちの理由の比重の方がでかいからな。つうか、今日みたいな恰好してれば、ちゃんとかわいい女の子にしか見えないからな」


 わたわたしながら早口ぎみでフォローするキダさんに、少し機嫌が直る。


 ていうか、この恰好に対する評価わりと良いな、キダさん?


 試しにくるりと回ってスカートを翻してみせると、キダさんはウンウンと頷いて、「かわいいかわいい」と述べた。


 なんか、親戚のおじさんみたいな褒め方だ……。



「詫び。いろいろな。悪かった」


 市場に着くなり、キダさんがお詫びと称して珍しいスイーツを奢ってくれた。

 いろいろ、というのは、性別の勘違いだけじゃなくて、昨日の件も含まれているんだろう。


 お世話になっているのは私の方だから、そんなに気を遣わなくて大丈夫ですよ、と喉まで出かかった言葉は、しかし、出てくることなく引っ込んだ。

 差し出されたスイーツの方に、完全に興味が惹かれてしまったからだ。


「ウチで出したばっかりの新商品だ、ゼフィールっていうんだよ! よかったら、土産に詰めたのも買って行ってくれ!」

 

 市場の出入り口に店を構えるだけあって、お店の人も商魂たくましい。

 美味しかったら買ってもいいな、と思いながら、早速そのゼフィールという菓子に噛り付く。


 おお……ふかふかだ。噛むともっちりともしている。

 触感はマシュマロに近い。もっと言うと某天使のチョコパイに挟まってるやつに近い。

 ただ、味と風味にはリンゴっぽいさわやかなフルーツ感がある。ジャムみたいなのが練り込んである気がする。


 美味しい。

 大きさも、へたなマカロンより大きいので満足感がある。

 うん、お土産買って行こうかな。


「美味いな。帰りに買ってくか」


 同じようにゼフィールを頬張っていたキダさんがぽつりとそう言ったので、私はそれに「賛成!」と返した。


「ハハ、期待して待ってるよ! そうだ、あんたら。甘いものが好きなら、ホランドってやつが出してる店にも行ってみな。王都にもない、アッシュダールの方の伝統菓子ってのが並んでるぜ」


 貴族街のある王都には、お菓子は結構いろいろ存在している。

 お茶請けとして需要があるので、どんどん新しいお菓子が開発されるし、改良されるようで、神都とは比べ物にならないほどお菓子産業は盛んだ。


 そんな王都にも無いようなお菓子が並んでいるとは。

 外から来た商人の市場というのは伊達じゃなく、珍しい品が世界中から集まっている様子に少しワクワクする。


「だってよ。菓子好きなら見てみるか?」

「焦らず順に行こうと思います」


 隣のテントに並んでいるカラフルな布の山を眺めながら返事をすると、キダさんはふんと小さく鼻を鳴らした。


「そういや、観光……つったか。珍しい場所を見て回るんだったな。貴族みたいな時間の使い方だぜ、本当に」

「ほ?」

「食いながら喋ろうとすんな。普通はさ、買いもしないもん見て回るほど、暇じゃねえのよ。それで何か買いたくなっちまっても、買う余裕はねえし」


 ゼフィールを頬張りつつ亀の歩みで店という店を覗きながら進む私に、キダさんは小さな声で『普通』はどうだか説明してくれる。


「まあ、周りの店を軽く見るくらいはするけどな。市場まるごと練り歩くってのは、なかなか優雅な遊びだぜ」


 ウインドウショッピングはあんまりない、という事か。


 この世界の平民と呼ばれる人たちはどんなことを娯楽にしているんだろう。

 他と比べてもおそらく豊かな暮らしをしている方である王都の人でさえ、ファッションも買い物も楽しまないし、観光旅行もしない。家で読書とかばっかりなんだろうか。

 住宅街の出店の様子からするに、ハンドメイドが活発みたいだから、創作活動に励む人が多いのかな。


「キダさんは普段、休日は何して過ごしてるんですか?」

「言ったろ。用事がなけりゃ休みなしで魔獣狩りしてるよ」


 そういえばそうだった。

 聞いたときはワーカーホリックなのかと思ったけど、今の話からすると、大体の人は似たような感じかもしれない。


「……まあ、たまにはいい経験かもな。今日お前に着いてこなきゃ、こんなところでこんなに安く野菜が売られてんの、知らなかったぜ」


 木箱に積まれた野菜が並ぶという、市場っぽさのすごい店を見ながら、キダさんは珍しく目を輝かせた。


「いらっしゃい! 農園から直接運んだ、新鮮な野菜置いてあるよ!!」


 お店の人が元気に声を掛けてくる。

 キダさんが「帰りにここも寄っていいか?」と真剣な顔で言うので、私は黙って頷く。


「そんなに安いんですか?」


 通りすがりに見たところ、ハロウィンのカボチャみたいな野菜が一つで200テトリ。カブみたいなやつが50テトリ。

 この王都で生活するにあたり、日当の目安になるのが500テトリと考えると、半日分近くの値段がする野菜が安いのかどうか分からない。


「ああ、王都じゃ野菜は高いからな。この鮮度でこの値段なら通ってもいい」


 物凄く重要なことのように、キダさんの声は重々しい。


「キダさん、料理するんですか?」

「昼飯くらいはな。夕飯も、家に戻ってから食いなおすとき結構ある」


 意外と頻繁に自炊しているらしい。

 これから先、旅に必要だろうから、後でおすすめのレシピとか聞いておこうかな。

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