第14話 雨の日

 お菓子。携行用の調理セット。ポーチ。お菓子。水の携帯濾過器。お菓子。

 十日後に迫った旅立ちを見据えて、今日はサバイバル用品を購入してみた。

 お菓子はまあ、観光みやげだ。


 神都と王都の間の街道は整備が行き届いていて、途上に点々と旅人宿はたごやがある。

 なので、最初の旅の時にはサバイバル的なことはほとんどしなかった。必要ないからだ。

 夜は旅人宿に泊まって、食事もそこで食べるし、昼用のお弁当も買える。さらに、私みたいに歩くのに慣れたいという理由でもない限り、大抵は乗合馬車という、バス的な運行がされている馬車で移動も行う。

 そのくらい、街道というものが整った場所だ。


 でも他の道はそうではないらしい。

 東西南北に伸びる街道のうち、旅人宿という設備が整っているのは東だけで、次に通りやすいという北の街道は食事が出なかったり、食材の持ち込みが必要なところがあるそうだ。


 西と南に至っては、宿と宿の間を数日歩く必要があるらしい。

 馬宿と呼ばれる、急ぎの人が馬を乗り継いで進むときのお馬さん交換のための宿ならあるそうだが、そういうところは寝具には期待できないという。当然、食事も無し。


 と、いうわけで、王都からはどこに行くにしてもキャンプご飯ができた方がいいらしい。

 べつに携行食を買い込むでもいいみたいだけど、たぶん飽きると思う。


 キダさんが値切りをしてくれたので、調理セットと濾過器はずいぶん安くなり、これだけいろいろ買ったのに出費は服一式と同じで済んだ。


 デザインや作りを加味したモノの価値としては3000テトリは安いけど、やっぱり身の丈にあってはいない買い物ではあったんだな、と今更ながら実感する。


 今は稼げるようになったから、まあ、気にしない事にして。


「ん~……ハイリ、お前煮込みだと、どんなんが好きなんだっけ?」


 忘れずに寄った野菜のお店で、キダさんが鋭い目で手に持った黄色いトマトみたいな野菜を睨みつけながらそう問いかけてきた。


「えーと?」

「野営できるようにするんだろ? 説明がてら、明日の昼になんか作ってやるよ」

「……あっ! 明日は魔物狩りがあって、お昼はちょっと時間が取れないと思います」

「あ? そうなの。じゃあ明後日だな」

「よろしくお願いします。凄い助かります!」


 魔獣は食肉として利用されるものも多いらしく、猟に関しては問題ない。

 しかしそれを食べれるようにする手順はさっぱりなので、つきっきりで教えてもらえるのは本当に助かる。


「で、何食いたいよ?」

「うーん……」


 料理名が分からない。材料名も分からない。

 困った。

 いつだかに食べたブラウンシチューのようなやつは、確かキダさんと一緒に屋台で買ったものだったので、それをどうにかこうにか伝える。


「……野菜の名前とかも覚えていこうな。できる限り教えてやるからよ」

「うっす。ありがたいっす」


 キダさんはとことん察しと面倒見が良かった。



 翌日は雨だった。


 王都周辺では、一日中雨という日は珍しい。夜のうちに少し降るくらいで、日中は穏やかに晴れている事が多いのだ。


 濡れた木立ちにキダさんは憂鬱そうだ。


「雨の日はなぁ……魔獣も巣に潜って活動しないことが多いから、稼ぎが悪ぃんだよなぁ……」


 なんかぼやいてるけど、それは私がいたら話は別じゃないだろうか。


 だって、雨なのだ。どこもかしこも水浸しなのだ。

 水の魔術で雨の水を制御下に置けば、大した魔力も使わずに広範囲を探査する事が可能なのだ。


 試しに、足元の水溜りを起点に水の魔術を使い、周辺を感知してみた。

 少ない魔力で本当にびっくりするほど範囲が広がる。


 ちょっと数え切れない反応が帰ってくるなか、ちょっとレアな獲物を見つけ、私は足を止めた。


「キダさん。岩鎧ウサギ見つけました」

「え、マジ?」


 岩鎧ウサギは穴ではなく、茂みなどに巣を作るタイプの魔獣だ。

 王都周辺のウサギ魔獣の中でも、ひときわ臆病で警戒心が強いため、こちらが巣を見つける頃には既に逃げたあと、というパターンになりがちで、罠猟に掛かったヤツしか見たことがない。


 私の水の魔術も、晴れの日には異様に感じられるらしく、逃げられてばかりだった。


 しかし、今日は雨。水があって当然の日なので、岩鎧ウサギは私の感知魔術に気づかなかった。

 感知さえすれば捕まえられる。氷に閉じ込めた岩鎧ウサギを、私とキダさんはなんなく回収した。


「おお……スゲェ。こんな簡単に岩鎧ウサギが捕まんのか」


 キダさんは感心しきりで、獲物を入れる袋の中を何度も覗き込む。


 岩鎧ウサギは魔法で表皮の殆どを硬い岩のように変化させている魔獣で、その硬質化した部分は素材としての価値が高い。

 最低賃金を覚悟していたであろうキダさんには嬉しい収穫の筈だ。


「よーし、ハイリ」

「はい!」


 にんまりと笑ったキダさんに、狩るかぁ! と気合を入れながら返事をした。

 今日は大漁、じゃなかった、大量に獲物が取れる。雨の日って素晴らしい。


「お前は今日はもう見学だ。魔術禁止。雨の日の猟がどんなもんか見ておけ」

「……えっ、なんでですか?」


 雨の日の魔獣の生態が分からなくても一切問題ない、ということをたった今証明したと思ったんだが。


「お前、これから魔物狩りだろうが。魔力は温存しとけ」


 ああ、そういえばそうか。


 昨日行った筈の、魔物の調査の結果がどうだったかはまだ聞いていない。

 標的のハッキリとした位置が出てなければ、私の魔術の出番が来る。運が悪ければ、森をまるごといくつも探査する必要があるわけだ。


「わかりました」


 頷くと、キダさんは「まあ、見とけ。俺だってやる気出せば、雨の日だろうと少しは稼げるからよ」と笑った。


 ……宣言通り、木や茂みの中で雨から身を守るウサギ魔獣を次々と見つけては剣の一閃で仕留めていくキダさんに、ちょっと顔が引き攣りそうになったのは内緒だ。


 この人、なんであんなプライド傷付きましたみたいな落ち込み方してたんだ? 魔術がなくても問題ないじゃん……。

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