第15話 魔物狩り・1
朝の見回りを終えて拠点に戻ると、レッジさんに呼ばれた。
「んじゃ、頑張れよ」
とキダさんは手をヒラヒラさせて去っていき、私はレインコートの泥を洗い流してからレッジさんのいるテントへと向かった。
「ああ、来たね。どうぞ入って」
テントの一番奥では団長が微笑み、それを各班のリーダー格であるベテラン勢が囲んでいた。その他に、邪魔にならなさそうな隅っこに静かに座っている団員が二人居る。
見かけたことはあると思うが、交流の無い人達だ。レッジさんの班ではない。
彼らに倣ってテントの端に立ち位置を決めると、ベテラン勢の一人が立ち上がってぐるりとメンバーを見回し、話し始めた。
「今日の魔物討伐の要員はこれで全てだ。新人もいるから、紹介を兼ねて確認しておく。まず、レッジ。バスカル、それから私、マークス──」
リーダー格の人は皆、体格がいい。
見た目からして強そうというのも、魔獣猟団を纏める資質の一つなのかもしれない。
レッジさんは熊みたいだし、バスカルさんはレスラーみたいに筋肉モリモリだし、ガッシリしたマークスさんは警察みたいな
「──エラッジ、ラカーティ、最後にハイリ。ハイリとエラッジは、魔物退治は初めてだな」
共通点が出てきたので、エラッジさんという人にちらりと視線を向けると、むこうも同じようにこちらを見ていた。
背の高い金髪の男の人で、黒いフードを被っている。
会釈をすると、エラッジさんはゆるく首を傾げた。
この世界、会釈で挨拶する文化が無いんかな……意味が通じてない感じがする。
ラカーティさんは、見かけたことは何度かあった。時々レッジさんの班が集まる焚火に顔を出すことがあるからだ。
残念ながら挨拶するタイミングが無かったが、今日で知り合いにはなれるだろう。
「目標の魔物だが、昨日の事前調査で大体の位置は特定できた。だが、発見には至っていない。推論だが、元になったのは黒曜蜘蛛という土魔法系統の蜘蛛型魔獣だな」
発見には役に立てると思う。今日の私の探知性能の高さは、ちょっと自分でも凄いと思うレベルだ。
しかし……蜘蛛かぁ。
キダさんにより伝授された魔獣知識で、黒曜蜘蛛の事は知っている。
机ほどの大きさの……まあ、だいたい1メートルくらいある蜘蛛だそうだ。
気性は比較的大人しいが、巣を張らないことと、肉食であることから危険な魔獣に分類されている。
土魔法で全身を硬く覆っていて、牙は研ぎ澄ました剣より鋭く、黒曜の名前はそこからつけられているらしい。
うう、想像するだけでゾワゾワする。蜘蛛のフォルムは苦手な分類なのだ。現代人なので。
◆
「しかし、ハイリは凄い早いよなー。エラッジもかなり早いってのに、それより新人が来るってのは驚きーって感じだ。魔物退治に呼ばれるの、一番早くて半年かかったらしーぜ?」
リーダー格に続く形で移動していると、なんとなく隅っこ勢三人が集まった。
黙っているのも気まずいので、主にラカーティさんが喋る形で、私たちは自分の事を少しずつ話すことになった。
「たまたま条件が合っただけだと思いますよ。私の魔術、探索範囲がちょっと広めで少し便利みたいなので」
「風の属性なのか?」
ぼそり、とエラッジさんがそう言ったので、普通の感覚では探索範囲の広い魔術は風属性のものなのだと知る。
考えてみれば、そうか。確かに風は水より早く広がるよな。
「いえ、水属性です。たぶん風ほどは広くないので、そんなに期待はしないでください」
「え? じゃあなんでお前が選ばれたんだろ。雨降ってるからガイシアが外されたのは分かるけどー、探索の代わりができる程度に風の魔術を使えるやつ、マークスさんとこの班にいるぜ?」
こてりとラカーティさんが首を傾げるが、正確なところは私にも分からないので聞かれても困る。
「そうなんですね。じゃあ、別の理由があるのかも」
知らんけど、と思いながら首を竦めてそう言うと、「まあ、雨の日だからかも。雨降ってると風の探知魔術は精度落ちるらしいし、水属性の範囲広がるのを期待してーとか?」とラカーティさんは一人で答えを出して納得したようだった。
数日前から声を掛けられていたし、雨が降っただけでめちゃくちゃ範囲が広がることが分かったのは今朝のことなので、その推論は間違っている。
でも別にわざわざ訂正するようなことでもないので、そのまま黙ることにした。
なにしろ、自分でも呼ばれた理由は知らないのだし。
その後は、罠師だというエラッジさんに罠について尋ねたり、弓矢が得意だというラカーティさんの腕前についてぽつぽつと聞いたりした。
そうして暇を潰しながら、目的地までの道のりを熟していれば、やがて前を歩くレッジさん達の進行速度が落ちる。
「目撃情報があったのはこのあたりからだ。魔獣や獣の死骸や不自然な折れ方をした枝なんかを探すぞ」
マークスさんの号令に、エラッジさんとラカーティさんはそれぞれバスカルさん、マークスさんの傍へとするりと移動した。
たぶん、二人の普段所属している班のリーダーなんだろう。
私達の能力については、自分のところのリーダーが最も詳しい筈なので、効率的な組分けなのだろう。
私もそれに倣ってレッジさんの方へと向かうと、レッジさんはうんうんと頷いた。
そうして、これを見ろ、と草むらを示す。
少し背の高い草が、私の膝くらいの中途半端な高さで一定方向に揃って折れている。
「これ、蜘蛛の痕跡ですか?」
「そうだ。少しデカいな、魔物になってそういう変質をしたのかもしれん」
蜘蛛の這ったと思しきその道は幅が2メートルくらいあった。
聞いてた倍の大きさじゃん。そんな大きさの蜘蛛が急に襲ってくるかもしれないのか。
たとえ狂暴化していないとしても、問答無用で討伐対象になるのが分かる。
「ハイリ、蜘蛛型の痕跡は少ねえが、性質が
「あのー、レッジさん。今更なんですけど一つ報告いいですか?」
「あン?」
呑気に痕跡探しをしていていいのか不安になって、タイミングを伸ばしていた朝の見回りの件を報告することにした。
「今日は雨水のおかげで、探索範囲が広がってて、魔力の消費も抑えられるみたいです。今朝気が付きました」
「おお、そりゃあ凄え! そういや、そうか、雨か。そりゃあそうなる……のか? 魔術については俺は分からんが、どんくらいだ?」
「普段の3倍くらいだと思います。体感ですけど」
普段の範囲は歩いて1000歩くらいで突っ切れる木立をまるごとサーチできるくらいなので、今日の範囲は相当広い、と思う。水属性にしては。
「……じゃあ、ちっと、魔力を使い切らない程度に感知を挟んでおいてくれや。使い時は任せる。俺ぁ魔術については本当にからきしだからよ」
「わかりました」
レッジさんの指示に頷きながら、なんとなく、今日の自分に求められた役目を察した。
たぶん、私が今日呼ばれたのは、捜索のためじゃなくて安全確保のためだろう。
水の魔術の範囲に入るか、私の視界にさえ入れば、氷の魔術で魔物の動きを止めることができる。
防御や足止めが主な目的だから、風属性の魔術師じゃなくて私を選んだ。たぶん、レッジさんが。
頑張ろう、と改めて思った。そういう期待には、応えたいのが人情だ。
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