第16話 魔物狩り・2

 少し考えて、歩いても魔術を途切れさせないよう、木の棒を拾って起点にする。

 感知の魔術は繋がっていることが重要になる。魔術を伸ばすには、水も物理的に伸ばされている必要があるのだ。

 今日は雨だから、水の方は伸び切っている。だから地面の水と接触する、濡れた何かで起点を作るだけでいい。


 朝よりも気合を入れて、草木と地面を濡らす雨水に感知の魔術を走らせた。

 今日が雨で良かった。木まで濡れているから、樹上にまで雨水を利用して魔術を広げられる。


 ……この森、異様に魔獣が少ないな。黒曜蜘蛛の魔物にやられちゃったんだろうか。


 その蜘蛛も、魔術の感知には引っ掛からない。

 近くには居ないみたいだ。


「周囲にはいないみたいです。感知を保持できるようにしたので、進みましょうか」

「おお、そうか。じゃあ進むか」


 レッジさんは首に下げた笛をとぎれとぎれに短く吹いた。

 すると、あちらとこちらから、同じ笛の音が返ってくる。

 不思議な音だ。鈴虫の鳴き声みたいだと思った。


 間を置かずに、二組は木々の間から姿を表した。

 笛で指示をやり取りできるらしい。吹くリズムとかで内容を決めてるんだろうか?


「どうだ?」

「進んだと思う方向は分かった」

「そっちは」

「周辺の魔術的な探索は終わった。そのまま移動できるっつうから、進むぞ」

「まて、まだ痕跡の検証が足りなくないか?」


 ベテラン勢がやり取りしている間は、何も言えることは無い。

 でも、レッジさんを中心に集まってきたので、内容は聞こえてくる。


 バスカルさんは、見つけた痕跡の総数自体が少ないから、まだ先に進むのはどうかと思っているようだ。


 痕跡……痕跡ね。うーん。

 探索魔術が使えるのは私だけのようなので、私が痕跡も探せるようになればいいという事か。


 とはいえ、どうやるかっていうのが問題なんだけども。


 私の感知魔術は、基本的に魔力を識別することで魔獣や魔物を感知している。

 この世界では万物が魔力をもっているけれど、魔法を使える存在は特別な波長の魔力を持っているのだ。


 魔法というものは、魔術と違って属性が魔力そのものに定着しているので、その違いだと思う。

 そのおかげで、波長の長短のようなものによってなんとなく属性の区別も可能だし、大小のようなものによってそれがどの程度強い魔物なのかもなんとなく分かる。

 その組み合わせを覚えておけば、知っている魔獣なら種族が分かるというわけだ。


 痕跡に何か魔力の波長みたいな特徴があれば識別は簡単なんだけど、ちょっと分からないな……。

 簡単な識別条件じゃないと、私の一語詠唱の魔術では盛り込めなくなってしまうし。

 二語詠唱ができるようになればもうちょっと魔術の効果を強めることができるんだけど、そもそもそれができるならこの痕跡の形状を記録して同じパターンを探知する、みたいに、物体の形状をキーにする事が可能になる、と思う。今は二語詠唱ができないのだから、考えても仕方ないんだけど。


 あ、分からないなら調べればいいのか?

 そういう調査用の魔術なら作れるかもしれない。


「もし魔物が引き返して別の方角に移動していたら二度手間だろう。その間に被害が出るかもしれないと考えると、少し時間を取ってでも周辺をもっと見た方がいいんじゃないか?」

「この広い森を本気で虱潰しする気か?」


 ベテラン勢たちが話し込んでる間に、さくっと魔術の形を決めて、目の前の草むらに試してみる。



 感知魔術に既に乗っている機能の拡張なので、詠唱はそのままだ。


 拡張した部分は普段魔力の波長がどんな長短大小をもつのかを解析しているところで、これを使って折れた草と折れてない草の魔力に変化が無いかを解析する。

 大小は生物の生命力や気力的な違いだと思われるので、長短の方だけを念入りに。


 …………あー、あるな。なんかある。波長に、ものすごく微妙な違いがある。


 折れた方の草は、微妙に波長の長短に歪みがあって、一定じゃなくなっている。歪のパターンを感知魔術に乗せられたら便利だよな……と再度二語詠唱のことを思いながら、自分の頭で覚え込んだ。


 感知の魔術の識別条件を、魔力の波長の歪みの有無だけに変更すると、反応がほとんどなくなった。


 この草むらが倒れた先に続くのと、感知範囲ギリギリのところを掠めるようなのがあるな。


「レッジさん」


 さすがにベテラン勢三人の話に割り込む気にはならず、バスカルさんとマークスさんが二人でやり取りしているタイミングを見計らってレッジさんの裾を引っ張った。


 なんだ、とこっちを向くレッジさんに、「痕跡も感知の魔術で分かるように今やってみたんですけど、この草むらの先にあるやつの他にもう一つあるかなと思います。あっちなんですけど」と指差してみる。


「お前の感知はンな事もできたのか?」

「あ、はい。今、ちょっとした変更でできそうだったのでやってみました」

「そうか? じゃあ、行ってみるか。おい、バスカル、マークス。ハイリが感知魔術で気になる方角があるってよ」


 なにやら話し込んでいた二人がじろりと揃ってこちらに視線を向ける。

 うわ。こわ。

 ササっとレッジさんの後ろに隠れて視線を遮る。その途端、いつの間にか近くにいたエラッジさんに小突かれた。


「お前、いま、何した?」

「え?」


 エラッジさんの、フードと前髪から覗く顔はなにやら険しい。


「使っていた魔術の形を途中で変えた、だろう」

「ああ、そうですね。ちょっと拡張やりました」


 分かるのか。どうやっているんだろう。魔術を感知できるなんらかの手段があるのかな。


 エラッジさんはまだ何かもの言いたげだったけど、ベテラン勢が私の示すポイントを調査することに決めた。先導を任され、彼の次の言葉を待つことはできなかった。

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