第8話 休日の王都観光

 就職から十日目、私は初の休日を迎えた。

 いつも通り、アラーム代わりの鶏の鳴き声で目を覚まし、身支度を済ませてから礼拝堂へと向かう。


 どうやって目を覚ましているのか分からないのだが、ハルニヤさんはいつも私より先にそこに居る。

 今朝のハルニヤさんは朝のお祈りの真っ最中のようだ。

 私が来たことに気づいた素振りは見せたけれど、祭壇の前を動かない。


 昨日までにも、こういう事は何度かあった。

 私が朝食も魔獣猟団の炊き出しに参加して摂るようになったので、お祈りの邪魔をしないよう、顔を見せるだけで出かけていたけど、今日は休日だしな……。


 熱心にお祈りをするハルニヤさんの邪魔にならないよう、礼拝堂に並べられた椅子に座って待つことにした。


 ……そういえば、勇者神教のお祈りをまじまじと見るのは、これが初めてかも。


 『城』にいたときは、宗教的な区画に行く用事がなかった。

 説明担当官は部屋まで来てくれていたし、旅の準備や訓練をするにも、礼拝堂や大聖堂には本当に用がなかった。


 ハルニヤさんは、祭壇に向かって膝をつき、額に手の甲をつけて両手を重ねる独特のお祈りポーズをしながら、勇神への祈りを呟いている。

 魔王の力に脅かされる人がありませんように、とか、魔物に脅かされる人がありませんように、とか、そういう事を言っているみたいだった。


 この宗教の僧侶は、勇者の近くで手助けを行うぶん、魔王が存在することへの恐怖も身近で大きいんだろうなと思う。


 神田さん、無責任な応援なのは分かってるけど、頑張ってね。



 ハルニヤさんと朝食をとって、近況報告などをしてから、私は支部を出た。

 今日は観光をするのだ。


 魔獣猟団は居心地が良くて楽しいが、忘れてはいけない。

 私の旅の目的は、この世界を見て回ることなのだ。

 仕事のある日は、日中には身が空いてはいるが、なんとなく観光という気分でなくなってしまう。せっかくの休日、王都観光をして過ごそうとおもう。


 王都カーヘティナは、神都レヴォーシャに比べ、雑多な印象を受ける街だ。

 悪い意味ではない。なんというか、生活感と活気があってにぎやかな感じがする。


 支部が面している東門通りを北側に入ったところは住宅地となっている。

 魔獣猟団で聞いた話だが、住んでいるのは王都の中で働いている人達が多いらしい。

 サービス業だったり、技術職だったりはいろいろみたいだけど、職場と家が分かれる職業に就いている人達が集まっているそうで、集合住宅が並んでいる。


 で、その集合住宅の軒先には、屋台的なお店が出されていて、道の続く限りその光景が続く。

 テントが張ってあったり、敷物を敷いただけだったり、テーブルだけだったりと店の形態は百者百様といった具合だ。


 品物の方も、バザーみたいな雰囲気で、様々なものが売っている。

 食べ物だったり、ハンドメイド品みたいなのから、中古の生活用品まで本当にいろいろ置いている。


「めっちゃ旅行感あるな……」


 両側にテントの店があるせいで、通路がほとんど塞がれているような狭さになってしまっている道を通り抜けながら、思わずそう呟いた。


 こういうのはレヴォーシャには無かったし、日本でも見たことはない。

 日本でやろうとしたら道路使用許可がどうのという話になるだろうし、レヴォーシャは宗教都市だからか、店は店、道は道、家は家、みたいに、整然としているところがあった。


「お兄さん、お兄さん!」


 一軒一軒店を眺めながらゆっくり進んでいると、手招きと共に呼び止められた。


 お兄さん……性別を間違えられているな……。


 普通の女性に比べて髪が短いとか、勇者教団から貰っている服が男物に近い形をしているとかの理由で、勘違いされている予感は薄々あったけど、本当に間違えられているんだと実感する。


「お兄さんじゃなくてお姉さんなんですけど、なんですか?」


 呼び止めた声の主は若い女の人だ。ふわふわとした濃い金色の髪をポニーテールにしていて、吊り気味だけどぱっちりとした、猫みたいな目が印象的な。


「えっ、女の子? ごめんね、間違えちゃった!」


 ぺろり、と舌を出して朗らかに謝ると、彼女は「でもそしたらなおさらウチの商品を見ていってよ」と両手を大きく広げる。なんて商魂たくましい。


 彼女の店の商品もいろいろ置いてあるけれど、服飾品がメインのようだ。

 サッと身を翻した彼女が私の目の前に広げたのは、柔らかい布でできたロングスカートだった。

 腰の部分には紐ではなくて幅広のリボンが入っているらしく、紐を結ぶ部分の装飾になっている。

 裾を縁どるように細かな草花模様の刺繡がされていて、全体的に繊細なデザインだ。


「わあ、可愛いですね!」

「そうでしょ!? 私が思いついて、作ってみたの! 今なら800テトリで売るわよ!!」


 800テトリ……。ううん、安いのか高いのか分からないなあ。


 彼女の言う『作ってみた』がどこからの作業なのかは分からないけど、この世界の工業は基本的に手工業だという話は、説明担当官からされている。

 だから服なんかは高い、というのも、なんとなく察していることではある。


 糸を縒って布を織って縫い合わせて、それだけの作業だけでも何日掛かることやら……その上、このスカートには細かな刺繍が入っていて、そのデザインも繊細で可愛い。元の世界で売ってたら、普通に欲しいと思うレベルだ。


 迷う。

 私の手持ちの服は、全部勇者神教から支給されているものだ。

 神官用のものを縫い直したというそれは至ってシンプルな作りで、デザイン的には男物に分類されるらしい。


 ああ……ふわふわの生地の、可愛いロングスカート……。

 今日みたいな休日のお出掛けに着るおしゃれな服、欲しいか欲しくないかで言えばたいへん欲しい。

 なんたって、観光旅行なのだから。


「欲しいけど、その前に、これ他の色あります? 見せてほしいです。あと、これに合わせられるシャツとかもありますか?」

「!!」


 私がそういうと、店主は一瞬びっくりした顔をして、それから、猛然と背後にある箱を開いて中身を漁り始めた。


「あるわ!! 灰色の布に黒で刺繍したスカートと、脱色してから青色に染めてみたシャツがあるの!!」


 それとベルトはこれで、靴下でしょ、つけ襟も……と、トータルコーデをし始めた彼女に、財布の中身のことを考えて焦る。


 勇者神教に衣食住の保障をしてもらっているので、魔獣猟団で稼いだお金は夕食を買い食いするときぐらいにしか使っていない。

 使ってないけど……それは次の旅費として貯めているものだ。


「ちょっとまって! そんなにいろいろ付け足されても、全部は買えないですよ?」

「いいから。この組み合わせ見て!!」


 店主の圧に押されて、テーブルに並べられたコーディネートを見た。見てしまった。


「う゛っ……カワイイ……」


 私の負けである。

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