第7話 研鑽

「おはようございまーす」

「おはよう。お仕事ですか?」

「です。いってきまーす」

「神の導きと共に勇の心在れ。昼食はどうされますか」

「街の探検がてら外で食べます」


 朝のお祈りをしているハルニヤさんに挨拶をして、私は支部を出た。


 今日から魔獣猟団にフル出勤だ。

 昨日はキダさんの反応がとても微妙だったので、もしかして入団お断りされるかと思ったが、常識が危うくてとても都の中では働かせられないとのことで就職が許されたのだ。


 魔獣猟団は基本的には余所者の受け皿なので、訳アリが多い。

 あまりにも私が常識知らずなのでキダさんは不審に思っていたようだが、レッジさんはライオットさんが連れてきた時点でどんな事情があっても受け入れてくれるつもりだったらしい。


 早朝の王都はまだ静かだ。太陽はもう登っていて、目覚まし代わりのニワトリの鳴き声が時折響く。


 いい空気感だな、と思った。

 非日常的なんだけど、ここではこれが日常で、気楽な旅行だと思えばこういうのはいい体験だ。


 準備運動がてら、軽くジョギングしながら魔獣猟団の拠点に向かった。

 早めに来たと思ったが、既に天幕にはかなりの人数が集まっている。

 昨日の夕方はあんなにルーズに集まってきてたのにな、と思ったが、広場の真ん中で炊き出しをしていた。なるほど朝食狙いか。


「おはようございまーす! なんか手伝うこと、ありますか?」



よ」


 耳飛びウサギの巣穴を覆うように氷が張り、地中の水分をギジギジと固めながら根を伸ばすように拡がっていく。

 穴の中を逃げようとする耳飛びウサギに触れた瞬間、氷の蔦がそれを掴まえるイメージを何度も練って──やがて、魔力の流れが止まり、魔術が止まったのを感じた。


「終わりました。引っこ抜きますよ」

「分かった」


 キダさんが袋を広げて前に出るのを待ってから、自分の魔術の氷を穴から引っ張り出すイメージで魔力を繋げて再操作した。

 穴から空中へと出た先から消滅する蔦状の氷。暫くずるずるとそれが続いたかと思うと、スポッと穴から土を撒き散らして小さな生き物が飛び出してくる。

 凍りついて絶命した耳飛びウサギだ。空中に投げ出されたその獲物を、キダさんはひょいと袋にしまった。


「成功だな。外傷がないから、高く売れるぞこれ」


 ポンポンと飛び出る耳飛びウサギの凍死体を、手早く捕まえては袋に突っ込むキダさん。今日の彼は、至極ご満悦といった笑みを浮かべている。


 ここ数日、私の魔術により獲物がズタズタになってしまい、インセンティブが非常に少なかったのだ。

 それは私の魔術を色々試す必要がある、というキダさんの指示によるものではあったが、その日暮らしの魔獣猟団員にとって、連日の収入低下は悲しみを覚える事だったのだろう。


「魔力、どうだ?」

「んー……あんまり疲れはないですね。いつもより集中してたので、頭のほうが疲れた感じします」

「そうか。結構複雑な制御してそれなら、魔力は多いんだろうな」


 キダさんのお達しに、私はこくりと頷いた。

 私の魔力は普通より多い。そう覚えておく。


 私には、この世界の一般的な感覚、というものがない。

 とりわけ、魔術や魔力なんて地球にはなかったものなので、分からんことしかない。


 その感覚の無さはちょっと危険だ、というのがレッジさんの判断だった。

 魔獣猟団で面倒を見てもらえるようになった理由、常識のなさのうちの一つだ。


 そういうわけで、ここ数日は私の魔術について把握するべく、キダさんの指示でいろいろ狩りに魔術を使っていた。


 もちろん金銭感覚や、日常的なことについても会話をしながらこの世界の『普通』の基準を擦り合わせている。しかし、とりわけ飯の種になる魔術については早めに理解を深めるべきだという意見から、実地で探らせてもらっているのだ。


 まあ、初日になんとなく分かっていたことだけど、私は魔術の習得速度が異様に速いらしい。

 新しい形の魔術を考えて、やってみて、使い物になるレベルに持っていくのが尋常じゃない速度なんだそうだ。

 とはいえ、現在の魔獣猟団には魔術師が他にいないので、どうしてそうなるのかとかは分からないままなのだが。


 それから、氷の魔術以外をまだやってみたことがないということも、一般的な認識ではおかしいということも分かった。


 魔術師はたいてい、火、水、風、土の4大属性を操るところを基本として魔術を覚えていくみたいだった。

 それをすっ飛ばして、私は水の属性の応用・発展である氷の魔術を使っている。


 ……説明担当官が「魔術が使えるといろいろ便利だから」と試しに魔術を教え始めたとき、最初に見せてくれたのが氷の壁の魔術だったんだけどな。

 魔力の操作と、トリガーとしての呪文の決めかた、魔術の発動に重要な確固たるイメージの簡単なレクチャーを受けてから、やってみたら、規模は小さいながらも見本の再現ができたのだ。


 その時の説明担当官は「あ、できましたね」と言っただけだ。あとは、その規模のコントロールについて幾らかアドバイスしただけで、次の氷魔術を教え始めた。


 つまり、四大属性とか、まったく説明されてないのだ。


 ……あの説明担当官、世俗と感覚の乖離が激しすぎて、説明がぜんぜん説明になってない。


 魔術の基礎の話は、一語詠唱についてしか喋ってなかったはずだ。

 詠唱を重ねることで、魔術は規模を大きく、複雑化させる事ができるが、まずは基礎である要素だけの単純な一語詠唱魔術をしっかり身につけるようにって言ってたはずだ。


 その一語詠唱が基礎云々の話も、レッジさん曰く市井の魔術師は多くても二語詠唱の魔術しか使わないとのこと。

 それ以上を目指すとなると、王宮付きの魔術師でも目指すのか、みたいなレベルらしい。


 駄目じゃん。



「はいこれ、今日のお手当。凄いねえ、魔獣をあんなに綺麗に仕留められるなんて」


 団長は、今日も今日とて穏やかにニコニコしながら日当を手渡してくれた。

 渡された袋がずしりと重い。


「魔術の練習をしてるのかい?」

「はい。キダさんが許可してくださって、いろいろ試してました」

「そうなの。頑張ってて偉いね」

「ありがとうございます」


 うっ……やっぱこの団長の感じ、ゾワッとする。

 ちょっと強引に頭を下げて、そのまま離脱する。毎日こんな感じである。


「おおい、ハイリ」

「キダさん」


 早足にレッジさんたちが集まるいつもの焚き火スペースに向かい、キダさんの傍らに立った。「給金、どうだったよ」と言われ、袋を覗くと、昨日の3倍くらいは銀貨が入っているように見える。


「お、すごい。700テトリぐらいありそうな気がします」

「そうだな、それくらいあると思うぜ」


 魔獣猟団には昇給はないようで、ベテラン勢は魔獣を効率的に、かつ、損傷の少ないように狩ることで給与を稼ぐしかない。


 つまり、私と班を組んでいるキダさんの給与は、新人の私と同じ。


「……キダさん、ご飯もう買いましたか?」

「いやまだ。お前も買うだろ?」


 魔獣猟団の拠点のある南門広場は、夜になると屋台が出るので、皆そこで適当に夕食を買って食べる。

 私もそうするようにしているけれど、まだ慣れない買い物なので、キダさんの買い出しにくっついて行って、同じものを買うようにしていた。


 新人なので給与の受け取りは一番最後になるのに、キダさんはいつも待っていてくれている。


「今日、奢らせてください」


 重みのある袋を握りしめて、そう申し出ると、キダさんは丸太から立ち上がろうと中腰の姿勢のまま、びっくりした顔をこちらに向けた。


「え、もう? ……じゃねえか。分からんもんな」


 途中で何かに気づいて、いやいやと首を横に振っている。

 これは、アレだ。またなんか私の常識が足りてない。


「新入りが飯を奢る側に回るっていうのは、独り立ちするの意味がある。お前はまだダメ。まだまだまだまだ早い」


 あー、なるほどそういう。


 確かに、まだキダさんにはついていて欲しい。

 大人しく自分の分の夕食だけを買う。

 まあ、奢れなくても暫く今日のように魔獣を狩るようにすれば、キダさんの懐を温めることもできるだろう。


 今日の夕食は、耳飛びうさぎで作ったブラウンシチューにした。

 噛むほど旨味の出る肉の塊がなかなか美味くて、キダさんの給与への気まずさはあっという間に吹き飛んでいった。

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